5話 行動開始

「というわけで~……アリス様、こちらを着ては頂けないでしょうか~!?」


 前言撤回。

 俺の人生、やっぱ繰木瞬でいいや。


「……なぁ、イグラス、こいつはその……一年の間で頭がおかしくなったのか?」

「いえ、通常運転でございます」

「マジかー……」


 イグラスの淡々とした回答に、俺は思わず天を見上げる。


 いやまぁ、さ? 別に、この姿に似合う衣服を着るのは別にいいんだよ?

 例を挙げるなら、ゴスロリとか普通に似合いそうだし、ミニスカートも穿けないことはない。

 ワンピースだって、今はエプロンドレスを着てるわけだから、問題なんてあるはずがない。


 はずがない、んだけどなぁっ……!


「お前これ、スク水じゃねーか!?」


 だがしかし! こいつが俺に着て欲しいと懇願してきたのはスク水である! しかも、旧スクという、マジでマニアック過ぎて、現代じゃ骨董品扱いされているアレである。

 それなぜか、こいつは俺に着てほしいと懇願してきているッ……!


「はい、それがなにか~?」

「それが何か? じゃねーよ!? 普通着ないからな!? ってかこれ、普通に着て歩いたらただの痴女だぞ俺!」

「でも、アリス様はサキュバスですよね~?」

「ぐっ、そ、それはそうだがっ……!」


 確かにそれを言われるとマジでぐうの音もでねぇ……。

 古今東西、サキュバスなんてのは、性的なことを主食としているし、実際性行為自体を文字通りの食事としている存在として知られている。

 で、VEOにおけるサキュバスってのも、良くも悪くもその部分を踏襲した種族だったってわけだ。


 ……実際、サキュバスを選択した奴らはなんつーか……軒並み、変態だったしなぁ。

 下手すりゃ、あいつらマジで悪の組織よりも滅ぼした方がいいんじゃね? なんて思われてる組織もあったりした。


 その名も、秘密組織『聖なる夜と桃色の城』である。

 ……いや、うん。まぁ、字面だけ見たら全然問題ないし、なんかの作品のタイトルもしくはサブタイトルっぽいんだけどさぁ……意味を理解すると、ある意味酷いっつーか……ってかこれ、ようはクリスマスのラブホですよね? 『聖』なる夜、じゃなくて、『性』なる夜ですよね? 

 なんて散々言われてるような組織である。


 何が恐ろしいかと言えば、この組織の所属条件は、サキュバス、及びインキュバスであることと、何より下ネタが大好物である事の二点。

 で、一番厄介なのはあいつら、組織間抗争の時、えっぐい下ネタを平気で言ってくるわ、それで不意を突いてくるわ、果ては奪った陣地を桃色に変えた挙句、マジで年齢制限かけた方がいいだろ案件レベルの歓楽街を作り出しやがったからな……。


 過去に抗争を仕掛けようとする奴なんかもいたんだが、誰一人として陣地を取らなかった、という裏話があったりする。

 理由としては、ほんっとに酷い(ある意味では最高かもしれないが)エリアを奪ったところで、変態集団より上手く運営なんてできないし、何より奪ったら社会的死が待っているからな……。

 だって、歓楽街を奪うって、そういうことに思われても仕方ないだろ。


 ……ちなみに、さすがに18禁機能はなかったので、実際はNPCがそういう匂わせをしただけである。

 あいつらなぁ……変態なだけで悪い奴らじゃなかったんだよなぁ。

 リアルでそういう罪を犯してそうなのに、イン率が減っていないところを察するに、マジでリアルじゃ罪を犯してないんだろうし。


 ……人間、腹に一物を抱えている奴の方が怖いってことか。

 おっと、あまりにも酷い配下の懇願に、過去の忌々しいドピンクな記憶を振り返ってしまっていた。

 いかんいかん。


「とりあえず、それは着ない」

「えぇ~!? どうしてですか~!?」

「俺は変態になる気はねぇ! じゃあ仮に、お前がそれを着ろと言われて、お前は着ることができるか?」

「ん~、アリス様の命でしたらまぁ~」

「マジで!?」

「はい~。その代わり、アリス様に責任を取っていただいて、私は永久就職、という形になりますね~」

「お前の場合、ロビンウェイクに永久就職してるだろ」


 何言ってんだこのバカエルフ。


「……今はそう言う事にしておきますね~」

「お前は何を言ってるんだ」


 一年の間にこいつに何があったというのか。

 まあ、俺が知ってるのは、一年前までのこいつら(しかもNPC)なんだが。


「ですが、サキュバスやそれに類する上位種は露出が多ければ多いほど強い種族ですし~……」

「マジで!?」


 何そのシステム知らないんだけど!?


「アリス様はご存じなかったのですか?」

「知らない。え、イグラスは知ってたのか?」

「はい」

「マジかー……なぁ、それってどういう内容かわかるか?」

「簡単に申しますと、露出が多い、もしくは性的興奮を与えるような服装をすると、その度合いに応じて全体的な身体能力、それからそう言った気持ちを抱いている者に対しての攻撃力やデバフの成功率が上がるなどがあります。それ以外ですと、速度もかなり上昇します」

「な、なるほど……」


 クッソ有能やんけ……。

 だって今の説明を聞く限りだとさ、本来男性特攻がメインだったサキュバスが、下手すりゃ女性にも特攻が入る可能性があるってことだろ?

 何それクソゲー?


 つまりだよ? ロリコンの女とかいたら、俺は強くなれる、と。

 ふむふむ…………いやこれ、ようは変態特攻じゃん。

 男性女性両方に入る変態特攻じゃん。

 性別特攻の上位なのか下位なのかようわからん互換してるんですがはい。


 つまりそれ、サブカル好きな日本人相手だったら高確率で勝てるよね? だって、変態多いよ? 実際、ロリの検索件数異常だよ? トップに躍り出てるよ?


 とはいえ、ここは異世界だ。そんな奴いる? って話になるが……まあ、わからん。

 ってか、そんな能力サキュバスにはなかったはずなんだが……俺が知らなかっただけか? これ。

 あのゲーム、よくわからんスキルの取得方法とかざらだったし。


 ……思い返してみりゃ、例の変態組織、実際に異性相手にやたら強かったし、明らかに種族の固有能力以上の倍率だった気がするし……もともとあった可能性は高いなこれ。


 う、うーむ……つまり、何か? 俺が最も効率良く相手と戦うには、エロい格好をしなければならないと?


 ……嫌だなぁっ……!


 ようは、恥を捨てて最高倍率とまではいかんでも、高倍率で戦うか、普通に今の服装で戦うか、の二択なわけだ。


 あとこれ、もう一つの選択もでてきたりする。

 それは、防御力を取るか否か。

 恥を捨てれば当然防御力なんて下がるし、捨てなければ防御力は上がる。

 VEOの時、露出の多い服ってのは、それと比例するかのように防御力も低かったからな。

 う、うーん、結構究極……。


 恥か、常識か……。

 痴女か、ノーマルか……。


 ……うん。


「すまん、普通の服で行くわ」


 俺に恥を捨てることはできなかったよ。

 その先は、俺には未知の世界過ぎるしな……。

 結局、俺はいつも通りのエプロンドレスを着ていくことにした。


 ……その際、最後まで俺にスク水を進めるバカがいたが、俺は無視した。




 自分のとこの所属員が、もしかしたらただの変態なのでは疑惑がありはしたものの、俺とその変態は共にとある街を目指していた。


「あー、ファストラがねーからなぁ……」


 道中、エヌルとの会話により、そこそこの距離が離れていると知ったが。

 一応乗り物なんかもあるにはあるんだが……ハッキリ言って、この世界でどれだけ普及しているかわからない以上、下手に乗り回すのは危険と判断した。


 現実じゃ車とバイクの運転免許自体は持ってはいたが、車やバイク自体が無かったから、ゲーム内じゃよく乗り回していたもんだが、さすがに転移の次の日から異世界でバイクを乗り回す勇気はねぇ。

 まぁ、割とすぐ乗りそうだけどな!


「アリス様、目的地までは少し距離がありますよね~?」

「ん? あぁ、そうだな。あの街、マジで遠いんだよなぁ。いやまぁ、仕方ないっちゃ仕方ないが」


 俺たちが目指す街は、組織の基地からはそこそこ離れている。

 先ほど、俺がファストラを欲しがったり、乗り物を使用することを考えていたと思うが、その理由は目的地がふっつーに遠いからだ。

 距離的にはそうだな……大体車かバイクで一時間かかるような場所、と言えばいいか。

 徒歩ならクッソ時間がかかるのは自明の理だ。

 なので、今回の旅路は途中の街や村で宿泊することも込みで考えているのである。


「お金の方は大丈夫なんですか~?」

「あぁ、金? おう、大丈夫。幸い、俺が貯めておいた金は全部手持ちにあるしな」


 アレ全部、アイテムボックスモドキに入ってたし。


「あ、そうなんですね~。じゃあ安心ですね~」


 ……まぁ、マジでアイテムボックスが使えないとなった時は、死ぬほど焦ったけどな!




 さて、ここで一つ語りたいと思う。


 VEO内におけるプレイヤー、及びプレイヤーが作成したNPCというのは、よっぽどの物好きじゃない限り、リアルと比べると、遥かに容姿が優れていると言っていい。

 それはなぜか?

 そんなもん、カッコいい、可愛い、綺麗、渋い、そんな風に褒められたいからにほかならず、そしてその方がプレイしていて気分がいいからである。


 どんなに現実での容姿が悪くとも、ゲームの中でだけは自分はカッコよく、綺麗になれるわけだ。

 故に、キャラクリがかなり優れているゲームというのは、そう言ったニーズを満たすことができ、そう言ったコンプレックスを抱いている者たちにそれはもうぶっ刺さるわけだ。


 で、俺が何を言いたいかと言えば、だな。

 まず、俺の容姿は言っちゃなんだが、ものすごい可愛いのである。

 ゆるふわな銀髪に、くりくりと大きな瞳(尚、垂れ目である)に、表情の起伏自体は少ないが思わず見惚れそうなほどに可愛らしい顔立ち、小柄な体躯。美少女ならぬ、美幼女の方が近いかもしれない出で立ちである。


 で、エヌル。

 こっちはこっちで、肩よりも少し伸びたサラサラな金髪に、柔和な印象を与える目元、可愛いよりも綺麗と言った方が正しい顔立ちに、男なら思わずガン見してしまうであろうグラマラスな体型。しかも、ハイエルフというこの世界では珍しい種族というおまけつき。


 そんな見目麗しい二人組がいたらどうなると思う?

 答えはシンプル。


「へっへっへ、おう嬢ちゃんら、殺されたくなかったら大人しくしてな」


 下衆な男たちに絡まれることである。

 うーん、なんつーか……随分とまぁ、前時代的な絡み方だこと。

 数は十人で、そこそこ多いが……。

 まぁ、絶対あり得ないけど、敵対しない可能性もあるし、ここは一つ対話から入るか。

 よーし、ロールプレイ開始ィィッ!


「……あなたたち、盗賊の類? それとも、人攫い?」

「はっ、どうした嬢ちゃん。俺らが怖くて動けねぇってかぁ?」

「いえ、普通に動けるけど」


 ぴょんぴょんとその場で跳ねつつ、相手の挑発を文字通りの意味と受け取って、そのまま返す。

 そうすると、男はイラっとしたような表情を浮かべた。

 あれ、意外と挑発に乗りやすい?


 まあ、小物の悪党なんてそんなもんだしなぁ……。

 あ、俺も悪党か、一応。


「まあいいや、小生意気な嬢ちゃんも、そこのエロいエルフのねーちゃんも高く売れそうだしなぁ。おいお前ら、さっさと仕事を済ませるぞ!」

『『『おう!』』』

「はぁ、手が早い上に、短慮」

「まあまあ、アリス様~。学が足りない者たちではこんなものですよ~」

「言うわね」

「ふふふ~。ところで、アリス様~? ここはアリス様が戦うのでしょうか~? それとも、私ですか~?」

「あなたにやってもらってもいいけれど……ふふっ、ここはわたしがやるわ。少しでも体を馴染ませないと、ね?」


 小さく微笑み、エヌルにそう返した後、俺は一歩前に出る。


「さて、見たところ、かなりの弱者……なら、これでいいわ」


 俺は頭の中で『籠手』を選択し、ショートカットに設定した物を手に装着する。


「籠手……というより、グローブだけれど、ね」


 俺が取り出したのは黒い革手袋のような見た目の籠手系の武器だ。

 今回は体の動かし方を馴染ませるのが目的なんでな。

 武器じゃなくて、徒手空拳で戦う。


「はっ! そんな貧弱なもんで、俺たちが倒せ――」

「遅いわ」

「はっ――? ぐごはぁっ!!?」



 隙がありまくりの上段切りをしようとしてきた男の懐に瞬時に潜り込むと、俺は掌庭を鳩尾に叩き込んだ。

 男は体をくの字に曲げてすっ飛んでいき、その後ろにいた他のメンバーもろとも地面に倒れた。


「ん、なかなか好調」


 ぐっぱぐっぱと殴った方の手を開いたり閉じたりして感触を確かめる。

 リアルだからか、ゲームの時よりも殴った衝撃が強いし、生々しい。

 それに、体の動かし方も前と一切変わらず、むしろこれがリアルの体になっているから、正直戸惑ってはいる。


 リアルの肉体、本当に平々凡々だったし。

 ともあれ、今後はこれがリアルになるんだ。

 今のうちに慣れなきゃな。


「さて……まとめてかかってきなさい? 悪党の格の違いを見せてあげるわ」


 まぁ俺、別に悪党らしいことあんまししてないけどな!




「ふぅ……ん、なかなかいい運動になったわ」

「お疲れ様です、アリス様~」


 そう言いながら、どこからともなくタオルと飲み物が入った水筒を俺に手渡すエヌル。

 それを受け取りながら、俺は水分補給。


「さて……あなたたちは一体、どんな目的でわたしたちを襲ったのかしら?」


 男たちを返り討ちにした後、俺は男たちを縛り上げて地面に転がし、俺たちを襲った理由について尋ねていた。

 いやまぁ、理由はさっき聞いたけどさ、一応、なんて言うの? こういうムーブしてみたかったし。


「へ、へへっ、誰が言うか――」


 ドゴンッ!


「……わたし、気が短いの。頭が潰れたトマトのごとく、地面のシミになる前に喋った方が賢明よ」


 少し微笑みながら、リーダーらしき男の顔面すれすれに拳を叩きつける。

 すると、地面にクレーターが出来、男は顔を青ざめさせながら冷や汗を流す。


「め、命令だよッ! 見目がいい女を攫って来いって命令があったんだよ!」

「命令、ね。それは、誰から?」

「そ、それは知らねぇ! ほんとだ!」


 ふーん、と言いながら、俺は拳を引き絞る。

 そんな俺の様子を見たからか、男はさらに慌てだす。


「だ、だから本当に知らねぇんだよ! 信じてくれ!」

「……その様子、嘘は無しみたいね。まあいいわ。信じてあげる」


 俺がそう言えば、男はほっと目に見えて安堵した様子を見せた。

 おいおい、そう言う反応はいくらなんでも愚策ってもんだろう。

 まあ、いいけどさ。


「その命令、どこで受けたの?」

「こ、この先の街だよ」

「この先の……ありがとう。さて、最後に一つ。わたしたちを襲ったのは偶然、ということで合っているかしら?」

「あ、あぁ、そうだ。ちょうどいい上玉が来たから……」

「なるほど。ならいいわ。……エヌル、さっさと行くわよ」

「放置でいいんですか~?」

「えぇ。わたしたちは正義の味方ではないもの。わたしたちは、わたしたちの手に届く範囲にいる本気で困っている人の味方、よ」


 別に、俺は正義の味方がしたいわけじゃないんでね。

 どっちかと言えばこう、裏で何かしている義賊っぽい感じのことがしたいのだ。


「ふふ、さすがですね~。ですが、放置のままですと、また何かするかもしれませんよ~?」

「えぇ、それは理解しているわ。だから……こうしておくわ。『誘惑』」

「へ――?」


 俺はサキュバスの固有能力の一つを口にし、対象をここにいる男たちに設定。

 すると、男たちの表情がカクン――と抜け落ち、茫然自失に近い状態になる。


「ふふ、あなたたちはこれから、縛られたまま、近くの街まで歩きなさい? そして、自首をするの。いい?」

『『『わかりました……』』』

「じゃあ、行きなさい」


 そう命令すると、男たちは縛られたまま歩き出していった。


「よし、これでOK」

「男性相手ですと、無類の強さを発揮しますよね~」

「まぁ、それが特性であり、ある意味弱点だけどな」


 実際、男相手にはクッソ強いサキュバスだが、女相手だとそこまででもない。

 まぁ、どうも露出を増やせば特攻が入るらしいが……俺にそこまでの勇気は無いので却下。

 ちなみに、俺とエヌルしかいなくなったので、ロールプレイはやめている。


「よし、じゃあ街を目指すぞ」

「かしこまりました~」


 ……しっかし、見目のいい女を攫う、ね。


 もしかすると、ちょっと面倒なことに巻き込まれるかもしれないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る