3話 検証と微妙な腕前

 再び異世界。


「ふぁ、ふぁぁ……ひくちっ! うぅ、噂でもしてるのか……?」


 色々考えては、あーじゃな、こーじゃないと浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していると、なぜか鼻がむずっときてくしゃみが出た。

 なんか、俺の知らない俺のくしゃみが出てるんですが。


 俺、現実世界だと、


『ぶえっくし!』


 だったんだが?


 いつから俺のくしゃみは、


『ひくちっ!』


 なんて可愛らしいくしゃみになったんだろうか。

 やっぱ可愛い女の子は、何をしても可愛いという事か? くしゃみすら可愛いって……俺のキャラクリ、クッソセンス良かったんだなー。


 実際、VEOのキャラクリ系のコンテストだと割といい線行ってたし、いつも。


「はぁ……にしても、やっぱ情報が少なすぎてここから先がマジでわからん」


 そう言いながら、俺は体を机に投げ出す。

 どうしようもないじゃん、これ。


 いやまぁ、いつまでもうだうだ考えてないで、行動に移した方がいいんだろうけどさー……。


「よし! じゃあ考えるのはやめやめ! 差し当って、この部屋を物色しよう!」


 もしかすると、何か変化があるかもしれないしな!


「例えばこの引き出しの中とか何か入ってるはず! ……なーんて。さすがに何もないよな! ……って、え? なんか入ってんですけど」


 あっはっは、と一人でわざとらしい笑い声を上げながら引き出しを開ければ、その中には謎の錠剤が入っていた。


 こんな薬あったっけ?

 んんん……わからん。わからんが……なぜか、俺の直感がこの薬を飲め、と言っている気がする。

 なんというか、これを飲まなきゃいけない、そんな気になっているのだ。


 そう思っていると、気が付けば俺は薬を手に取っていた。

 いつの間に……。


 見た感じはカプセル型だな。

 でも、一体何の薬だ? これ。

 種族的なアレで、一応魔力のような何かが込められてるっぽいのはわかるけど……。


「まぁ、飲んでみればわかるか! では……南無三!」


 まったくもって楽観的すぎる行動だが、この時の俺はマジで何も不思議に思わなかった。

 なぜ見知らぬ薬剤が俺のマイルームにあるのか、そもそもなぜ引き出しの中にあったのか、なぜ何も感じなかったのか、などなど、色々と不可解な点は多くあったが……まぁ、結論から言えば、この時の選択は間違いではなかった、と思いたい。


 まぁ、もっとも……


「え、あっ、まっ……ぐぅぅぅぅぅぁああぁああぁぁああああああああああああッッッ!?」


 全身、特に頭部を異常なまでの強烈な痛みが襲いかかってきたんだがな。

 鋭いのか、鈍いのか、はたまた熱いのか、冷たいのか、本当にわけわからない強烈すぎる痛みが俺を襲っている。

 ってか、マジでいてぇ!? なんじゃこれは!?


 特に頭! 頭がヤバいんだけどぉ!? なんかこう、頭の中をぐちゃぐちゃと、手のような何かでかき混ぜられているようなそんな不快感もあるし、それで痛みとは別に今にも胃の中どころか、下手したらその先にある物も逆流して、それらを全部ぶちまけそうなくらいの激流の如き酷い吐き気もある。


 吐き気と激痛のダブルパンチに体はもんどりうち、びったんびったんと陸に上がった魚の如く跳ね、全身からはぶわっ! と汗が吹き出し、脂汗なんかも浮かんでいるほどである。

 いや、であるじゃねーよ俺、何流暢に俺の状況をモノローグしてんだよ、死にたいのかアァンあたたたたたたたた!?


 ちょっ、マジやんばい! 死ぬしぬしぬゥゥゥゥゥゥ!?


「んあああぁぁぁぁぁっ!? んっ、くっ、ふぅっ……あっ、んんぅ……!」


 あ、ヤバい、ちょっと喘ぎ声っぽくなっちまった。

 下手にこらえようとすると、なんかエロくなるとかなんてそれ呪い。

 いや、よくよく考えりゃこれ、別に不思議でも何でもないし、呪いでもねーわ……だって俺の種族、サキュバスだし。

 そら、色々と堪えようとしたらエロくなるわなぁっ……!

 おれのぇ、過去の俺! なんでサキュバスなんぞにした!?


『へー、サキュバスかー。男性特攻持ちで? 尚且つ相手の生命エネルギーの残量やら魔力量も見られる、と。ほっほーう、まさに悪役っぽい! 他にも面白そうなもんがあるし、よっしゃこれにしたろ!!』


 じゃねーよ!?

 そんな理由でやった結果、俺の体がサキュバスになって、しかも痛みをこらえると喘ぎ声になるんですが!?


 ってかこれ、もしかしなくても、あらゆることがエロ系に変換されるんじゃねーだろうなァ!?


 さ、最悪だ……たしか、サキュバスの固有スキルに、面倒な物があった気が……いや、うん、やめよう。マジで。考えるな。

 下手すりゃ、男を誘惑することになるとか……うわー、それなんてクソゲー?

 これあれだ。

 スキルが使えるようになったら、至急その固有スキルをある程度封じるアイテムを創らねば……って、あれ?


「痛みが、ない?」


 なんか、知らん間に痛みが嘘のように消えていた。

 痛みもないし、吐き気もない……それどころか、すっごい体の調子がいいような……? 今なら何でもできる、そんな全能感すらある。


 ……ハッ! もしや!


「アイテムボックス!」


 ………………いや何も起きんのかーい!


 くっそぅ……やっぱ俺が恥ずかしいことを言っただけじゃねーかよぅ……なんなんだよマジでもぅ……。

 ってか、なんか行けそうな気がしたんだけどなぁ……キーワードが違うとか?

 だが、どうにもならない時もあるし……だが、だがしかし。


「うーむ……でも、武器は必要だしなぁ……」


 武器。武器は欲しい。

 せめて使い慣れた武器は欲しい。

 できれば十個ほどは欲しい。


 え、欲張り? うるせぇ! 俺は武器を多く使うんだよっ!

 侍にとっての刀が一本であるように、俺にとっての武器は、十が一なんだよ!


「くっ、せめて……『剣』があれば……」


 ブン――。


「……はい?」


 あの、なんか、目の前にあるんですが……。

 そのー、これ、俺の見間違いじゃなければ、俺が今までに作成した剣とか、あとはどっかの秘密組織との抗争で得た剣とか、ドロップアイテムの剣とか……そういった物が入ってるんですが?


 なにこれ、どういう事?

 なんで剣だけ? 他の武器は? ねぇ、他の武器は?

 ……いや、剣だけ?

 剣だけ……そういや俺今、『剣』って言ったらこれが出たよな……?


 ……ふむ。一つ試してみるか。


「あー、じゃぁ……『槍』」


 ブン――。


 なるほどなるほど……なるほどなぁ……。

 ……え、これもしかして、クッソめんどい感じ?


 ま、待て。待つんだ俺……まだ慌てるような時間じゃない。

 少なくとも、そう。少なくとも、アイテムボックスという概念が完全に抹消されていたわけじゃない……ただ、系統別にされているだけだ。

 だけ、うん。それだけなんだ……いや待てよ。


「これ、俺のバトルスタイルとクッソ相性悪くね……?」


 ポツリと呟いた俺の言葉が、やけに響いた気がした。

 う、うーん、これはクソ……。


「だ、だが。まだ検証は終わってない……まだ、確認せねば!」


 そう思い、俺はこの謎のアイテムボックス? の検証を開始した。




 結論から言おう。

 あのアイテムボックスモドキは、別に相性が悪いなんてこたぁなかった。

 むしろ、相性がいいまであるな、これ、とさえ思ったほどである。


 じゃあ、簡単にまとめるとしよう。

 まず、よくあるイメージのアイテムボックスと言えば、


『アイテムボックス!』


 と言えば、よくわからん板が出て来て、そこを操作したり、わけわからん穴に手を突っ込んでアイテムを取り出すわけだが……このアイテムボックス(?)は、言ってしまえばそんなことをする必要がない。

 だってこれ、なんか知らんけどショートカット設定できるんだもん。

 いやほんと、マジで。


 例えば、剣のアイテムボックスを開いて、ショートカットで出したい武器を出そうとする。その場合、あらかじめ設定しておけば、頭の中で考えるだけで出せるのである。


 いやこれぶっ壊れだろ、と思ったが、これ俺だから割といい効果なだけで、普通だったらショートカットに設定できるのは各武器一つ限りだから、メイン武器だけで戦ってる奴にとってはクッソきついだろ。


 弱点を突ける武器を出したのに、第二形態になった瞬間、その武器が無用の長物になるわけだし。

 うーん、クソ。


 だが、俺の場合は違う。

 基本的に武器は悪食だし、どれか一つを極めるわけじゃないので、むしろこの方がありがたい。

 まあ、別にショートカット設定しなくてもいいので、時間さえ稼げれば問題ないけどな。


 はい、そんでもって、他の検証結果ね。


 素材や回復アイテム、その他、武器というカテゴライズができないものに関しては、それぞれ、『素材』『回復アイテム』『強化アイテム』『特殊』と言った感じでカテゴライズされている。

 素材に関しては別にどうでもいいけど、回復アイテムとか、強化アイテムに関しては、どれをショートカットにするか迷うところだな……。


 とりあえずは、回復倍率の高いアイテムをセットするのが現実的、ってところか。

 強化アイテムは……まぁ、順当に、攻撃、防御、速度、この三つのうちどれかだな。

 それ以外は知らん。どうでもいい。


 ただこの世界、アイテムボックスモドキはあっても、ステータスなんてもんはないから、ゲームの時のように残り体力を確認する、なんてことはできないので、マジで気を付けないと死ぬ。

 一応鑑定系のスキルはあるが、あんまり使わなさそうである。


 え? 基本、チート系スキルにカテゴライズされるスキルを使わない理由は何かって?


 ……お前たちは、九割方『性的なこと』しか表示しない鑑定をどう使えと言うんだい?


 いやほんとなんでだよ。


 ゲーム時代の俺の鑑定系スキルって、普通に色々と使えたんですが? なんで俺のスキル、バカみたいなことになってんの? なんでサキュバス色に染まってんの? バカなの? 死ぬの?

 なんか異世界転移を果たしてから、俺のスキルがいくつかサキュバス色に染まってるんですが。

 これはあれか? 俺にサキュバスとして、色欲に染まりまくったエロエロな生活を送れと言っているのか? だとしたらそうしようと考えた神はクソだ。死ねばいい。つか死ね。


 どこの世界に、ロリっ娘サキュバス(中身男)でR18に染まった世界を楽しむバカがいるんだよ。

 相手が女ならまだしも、男とか純粋に嫌なんですがそれは。


 あれだろ、男の方が好きとか、バイの奴だったら問題ないかもしれないけどさ、明らかに俺はそっちじゃないぜ? 普通にノーマルだぜ? 男に興味はないぜ?


 ……あー、あの時の俺、マジで言う、サキュバスはやめとけ。マジで。切実に。本気で。心の底から。


「はぁ……正直、今んとこそういう欲はないが……ちょっとこれ、最悪の場合を考えた方がいい気がするなぁ……」


 なんか俺、明らかに異世界転移する前よりも、この種族に対して頭を悩ませそうな気がするぜ……。

 種族的設定がマジで如実に現れそうでなぁ……。


「まあ、検証は終わったし……今はいいか。あー、うん。こんなもんか。とりあえず、ショートカット設定もやったし。じゃあ、次は……」


 そろそろ次のことをしようかと思った瞬間、


 くぅ~……


「……お腹空いたな」


 腹が鳴った。


 そういえば、もう外が暗いな……。

 ってか、やっぱ美少女は腹の虫すらも可愛くなるというのか。

 あれか、今までがきったねぇその辺のクソ虫だとするならば、美少女はモルフォ蝶なのだろうか。


 ……ある意味、武器になりそうだなぁ。


「とにかく、エヌルかイグラスに飯でも作ってもらうか……」


 やってくれるといいんだが。




「「お任せください!」」


 二人はものすごくいい笑顔で、飯を作ってくれると言った。

 いやー、さすがだわ、メイド&執事。


「いいのか? こう言っちゃなんだけど俺、ある意味お前たちを一年間放置したようなもんだぜ……?」


 いくら信頼が厚かったとしても、一年音沙汰無しは普通に離反する可能性あるだろ。なのにこいつら、俺の命令聞いてくれるの? マジで?

「もちろんでございます。我らの主は、アリス様ただ一人ですので」

「そうですよー。アリス様以外に従いたくはないですねー」

「うぅっ、おまえら……!」


 あかん、涙が出てきた。

 まだ初日にもかかわらず、見知った人間(種族違うし、元々NPCだけど)がいて、こっちを信頼してくれているという状況が、マジで俺の涙腺にダメージを与えてきやがるよ……。


「よし! じゃあ、お前たちに任せるよ。で、この後色々と方針を話したい」

「「かしこまりました!」」


 俺がそう言った後、二人は機敏な動きでキッチンへ向かっていった。


「あのゲーム、味覚は無かったが、今ならあると思うから、ちょっと楽しみだなぁ……」


 特に、イグラスの方なんて、プロレベルー、なんて設定があるから、余計に。

 ……あれ、エヌルはどういう設定にしてたかな。


 たしかあの時はギャップ萌えに少し嵌ってた気がするが……まあいいや。

 美女の手料理とか楽しみにするよな!




 というわけで、料理が到着。


「さっきも言ったが、普通に三人で食べようぜ」


 二人は明らかに俺が食べ終わるのを待ってますな空気だったんで、俺は三人で一緒に食べようと提案する。

 ってか、一緒に食べようって言ったんだが……あー、もしかしてこいつら、俺が食べている横で、二人はそれを見守る、という状況と取ったんかね?


 その辺は従者ってことか。


「いいんですか~?」

「おうよ。ってか、今俺が知っている存在ってのは、お前たちしかいない。あいつらがいない以上、だから、まぁ……なんだ、俺にとって精神的支柱はお前らになるんだよ」


 照れくさくて、頬を熱くさせながら、俺は苦笑い交じりにそう話す。


「「アリス様っ……!」」


 そんな二人は、よくわからんが、かなり嬉しそうな表情をした。

 あれ、なんか感極まってるな……。


 別に俺、この二人に忠誠心が高くなるような設定は施してないんだけど……。

 うーん?

 まあいいか。


「というわけだから、お前たちも座れ座れ。食べようぜ」


 そう言うと、二人は頷き、それぞれ席に着いた。

 うんうん、やっぱ飯は大勢で、だよな。

 ……元の世界じゃ、久しくそう言うのが無かったし。


「んじゃ、いただきます」

「「いただきます」」


 あー、異世界なのに、なんで日本人特有のいただきますという食前の挨拶があるのかと言えば、俺がそう言う風に設定したからである。

 だって、なんか言わないとどうもしっくりこないじゃん? だから、設定だけでも、と仕込んであるのだ。

 故に、この二人は口にしているわけだね。


「ではまずはこれを……はむっ。むぐむぐ……んっ、んんん~~~~っ! 美味しい!」

「それはよかったです。私めとしましても、久々にアリス様に振舞う料理でしたので」

「あぁ、美味いよ、イグラス」


 いやマジで美味いな、これ。

 今食べてるのはステーキ(何の肉かは知らん)。

 味付けは塩コショウにハーブらしいんだが、よくわからんくらい複雑な味をしてる。

 正直食レポなんてできないんで、簡単に言えば……ステーキめっちゃ美味い。

 これしか言えないくらいの美味さなんだよ、マジで。

 肉は柔らかいし、肉汁は泉の如くあふれ出るしで、クッソ美味い。

 他の料理も美味いの一言。

 サラダのドレッシングは、野菜本来の味をすんごい引き立てて来て止まらないし、スープもものっすごい旨味がありすぎて、何杯でもいけそうだし、パンも柔らかくて美味い。あと出来立てなのが嬉しい。

 あぁ、マジで美味いなぁ……。

 なんて思ってたところに、


「……ん?」


 なんか一つ、すんごい微妙な感じの料理があった。

 いや、うん。不味くはないんだよ? 不味くは……。

 ただ、なんだろう、この……美味しくもないし、決して不味いとも言えない……かといって普通かと言われると……うーん、みたいな、そんな味。


「……なぁ、この煮物、どっちが作った?」

「私ですよ~」


 相変わらず、ぽわぽわ~っとした反応をするエヌル。


「……なぁ、イグラス」

「……エヌルは、なんと言いますか……あまり、料理が得意ではないのです。ですが、苦手とも言えないような、少々中途半端なレベルでして……」

「なるほど、なるほどなぁ……」


 つまりこれ、イグラスも何とかしようと頑張ったが、結局どうにもならなかった、ということだな?

 だってこの二人、少なくとも一年の間は二人だけで過ごしていたようなもんだろ?

 その間、この二人は当然、食べるという行為は必須。

 その過程で、エヌルが一度も料理を作っていないとも限らないわけで……つまり、その間にイグラスがエヌルの料理力を何とかしようとした感じはある、ということだ。

 だってさっきからイグラスの顔が、


『大変だったなぁ……』


 みたいな、諦めの入った顔で遠くを見つめてんだもん。

 そっかー、うん。なんつーか……。


「大変だったな、イグラス……」

「……身に余るお言葉でございます」


 口ではそう言ってるけど、普通に表情は報われた、みたいになってるからね? 老紳士執事。


「あー、んんっ! エヌル、今後は料理をもっと練習しような……」

「え? あ、はい、わかりました~」


 一体何のことを言ってるんだろう、という美人なのに可愛いという印象しか抱かない表情を浮かべた後、嬉しそうに笑った。

 うーん、我ながら随分と素晴らしい側近を作ったなぁ。

 これなら、結構モチベが上がりそうだ。

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