2話 考察と残された側
パタン。
ビル内にある自室に入るなり、俺は椅子に座る。
机の上には軽くノートを開き、今日起きたこととわかったことを書き込みながら、頭の中を整理する。
頭の中の整理をしながら、疑問点も書き出していく。
こういうのは、後々見返すのに使えるからな。
やっぱメモは大事。
さてさて、まずは今日のことの整理だ。
どういうわけか、俺宛にヴァルフェリアからメールが届き、その内容が俺を招待するという物。
試しに応じたところ、俺の意識は暗転し、気が付けば基地近くの草原に落下。
そこから少し歩いて基地に到着して、軽く情報を得た。
そして今ここ。
ふむ、簡潔にまとめてみたが、現段階ではそこまで濃密ではない、か?
いや、プレイしていたゲームにそっくりな世界観の異世界に転移した、という点で言えばかなり濃密ではあるんだが……こう、よくあるファンタジー小説のように、初日にイベントが目白押し! ってわけじゃないんだよなぁ……。
アリスはかなり可愛らしい外見をしてるから、盗賊とか人攫いなんかに襲われる可能性があったんだが……結局なかったしな。
うーん、正直厄ネタってほどのネタじゃないが、グラント聖王国にはそう言う類の設定も盛り込まれてたし……どうなんかね?
もしそれが現実でも適応されるんであれば、基地がグラント聖王国にあるロビンウェイクは地味にその余波を受けることになるわけだが……まぁ、まだ起こってもいないことを心配しても仕方ないか。
何か問題が起きたら考えるとしよう。
とりあえずは、情報を集めるとしようかね。
さて次。
この一年間のこと。
少なくとも特に変化はないと言っていたが、果たしてそうだろうか?
そもそもなぜ、俺は一年経過した時にこっちの世界に来たんだ?
そもそも、何が目的でこの世界は俺を呼び寄せた?
大きな疑問はそこそこある。
それらを解決すれば、案外元の世界に帰れるのかもしれないが……なんか、面白そうなんだよなぁ、こっちの生活。
俺にとって一番の困惑は間違いなく……男から女になったことだろう。
幸いだったのは、情報が一ミリたりとも存在しない体などではなく、俺が常日頃から動かしまくっていた『アリス=ディザスター』という存在だったことだな。
見知った低い視点に、動かしやすい四肢、声は聞きなれないが……それでも、十分すぎるくらいに体は動かしやすい。
これなら戦闘になっても問題は無いと思う。
この体の影響か、まだ戦ってすらいないのに、相手を傷つけること自体に忌避感はさほどないらしいし。
殺すことに抵抗はあるかもしれないが(むしろあってくれ)、それ以外は問題なさそうだ。
あーでも、固有能力の使用とかスキル、魔法なんかはどうしたもんかね……。
俺の戦い方ってこう変則的だから。
あれ、アイテムボックスありきの戦い方だったし、それが無いとなると、俺は本気戦闘が出来ないことになるわけで……うーむ、ちょっと調べないとかなぁ。
それに、アイテムボックスの中には、結構重要な物とかもあったんだけどなぁ……。
どうにかして回収したいところ。
差し当って、まずはこの部屋を探した方がいいのでは?
あのゲーム、マイルームとかあったし。
おそらくVEOにおける最も安全性の高い部屋だったし。
あのゲームなぁ……ヒーロー側もヴィラン側も、等しく通常の宿屋が戦場、もしくは奇襲スポットとして選出されるからなぁ……おかげで、初期スポーンに設定されている街三つ全部、いきなり宿屋が戦場になるという、インオブウォーという名称で名物扱いされてたしな。
そのため、このゲームにおける安全地帯というのは、場所の割れていない組織の基地と、マイルームのみという状況だった。
尚、前者に関してはバレた後のことは考えないものとする。
……世紀末かな?
いやそもそも中世ヨーロッパのテンプレ的異世界ファンタジーに、近代的要素も取り入れた正義対悪の争いがそこらかしこで行われていた時点でお察しだけども。
「あー、いかんいかん。脱線するな……」
どうにもゲーム時代のことを思い出しちまう。
でも実際、宿屋はあれだったしな。
あそこに泊まるのは、何も知らない初心者か、蛮勇か、ただのアホ、この三つの評価で割れてたし。
まぁ、たまに勇者と呼ばれる奴もいたけど。
「しっかし、これからどうしたものか……」
わからないことは適当にノートにまとめておくとして、重要なのは今後だ。
ハッキリ言って、元の世界に帰れるとは思えないわけよ、俺的には。
だってそうだろ?
あの招待状、あくまでも応じる、応じないの二択だったわけで、そこには帰還できるとも、そもそも異世界への招待とも書かれていなかった。
つまり、最初から帰らせる気などないのでは? という疑惑が出てくる。
帰らせるつもりなら、どっかに記載してもいいだろうし、異世界へ来てください、とか書いてもいいわけじゃん。
俺だったらそうするし。
だが、あのメールにはそんな文面どこにもなかった。
なら、帰れないということは念頭に置いておいた方がいいだろう。
十中八九帰れないと思うけども。
だから、今後はこの世界でどう暮らしていくか、ということを考える必要がある。
とりあえずは……まぁ、『繰木瞬』ではなく、『アリス=ディザスター』という人物として生きていくしかないだろう。
それに俺……種族的な問題で寿命が実質ないようなもんなんだよなぁ……。
うーむ、こんなことになるなら、『種族:人間』にするべきだったか?
でも、今の種族もかなり面白そうだし、実際に役立つ場面がやたらあったし……うーん、まあ、そこはもう今さら考えても仕方ないか。
じゃあ次。
この組織の経営だ。
ってか、これが一番重要かもしれん……。
もともとVEOの組織システムには、かなり重要なシステムがあった。
それが『Vポイント』と『Eポイント』だ。
前者はヒーロー側の組織が得るポイントで、後者が悪の組織側が得るポイントのことだ。
これはまぁ……簡単に言えば、組織に所属するプレイヤー、NPCに対して渡せる一種の通貨だ。
その組織ごとにポイントは付与され、付与される量は、自身の支配地としている陣地の数とそこの生産量、あとは質。それから、ヒーローなら善的行動、ヴィランなら悪的行動を取れば、その分だけポイントが手に入る。
今話したのは、通常以外の方法で、本来はそれぞれの『ヒーロークエスト』と『ヴィランクエスト』をクリアすることで、報酬としてポイントが手に入るようになっている。
そして通常以外の方法で得たポイントが組織の運営者に入り、分配用のポイントを組織に所属している奴らに渡せる、というシステムだ。
所謂給料である。
これがなかなか曲者で、このポイント収益、実は組織運営者以外は基本的には見ることができないのだ。
しかもこれ、運営は何を考えたのか、その余った分を運営者の懐に入れることができる、なんてシステムにしていた。
これについては、とあるゲーム内事件によって明るみになり、ゲーム自体がサ終するのではないか、と言われるほどにヤバイ事件が昔あったのである。
一度俺がこのゲームはバグも不具合もない、と言ったが、おそらくこのゲームにおける唯一と言っても過言ではない問題点はここだったと思う。
俺自身ですらあの事件は心底腹が立ったし、同じ運営者として(それ以前に私的な理由でも)殺意が湧いたもんだけど……結局その事件の発端になったプレイヤー、永久BANされたらしいし。
ちなみにだが、この一件以降、組織運営者が指定した人物にもポイントの収益が見られるようにアップデートが施される結果とり、横領したらログが残るように変更された(補足として、このゲームはサービス開始してから俺がプレイしていた瞬間まで、この件以外一度もアプデが入ったことはない)。
またしても脱線したが、このポイントでできることとはなんぞや? とお思いだろう。
できることというのは、組織共通のショップでの買い物や、それぞれの陣営の武器や防具の購入、強化だ。
プレイヤー的にはこれらが最も重要な要素と言っても過言ではないのだが……ことNPC相手となると、色々と意味合いが変わってくる。
あのゲーム、なんか知らんけど表示されない隠し要素とかよくあったんだよなぁ。
その中に一つ、どういうものか確定はしてないけど、一つだけハッキリしている物がある。
それは、ポイント配布によるNPCたちのステータスの差異だ。
多くポイントを渡せば、なぜか戦闘時のステータスが上昇し、反対に少なければステータスは下がるし、指示を聞かない場合があったのだ。
つまり、NPCにとっては重要なポイントなんだよ、これ。
で、このポイント……正直言って、今も入手可能なのか、という問題が降りかかってくるわけだ。
後、運営するのに必要な金についても。
一応ウチの組織、ゲーム内じゃ結構上位の組織だったんで、資金は少なくとも数ヶ月は何もしなくとも回せるし、ポイントについてもうちのNPCたちへの給料もまぁ何とかなると思うんだが……。
それはあくまでも数ヶ月。
具体的に言えば……大体三ヶ月くらいか?
三ヶ月何もしなくても問題はないという意味にほかならないが……それは裏を返せば三ヶ月何もしなければ組織は回らなくなる、ということでもある。
うっわー、地獄じゃん……何それ死ねる。
あのゲーム確か、まともに給料を払わなかったり、酷使したりするとNPCが反逆してくる、なんてのがあったよな…………うちのNPCたち、下手なプレイヤーを瞬殺できるんですが。
さっきの二人とか、タッグ組んで殺意マシマシ凶器多めで襲いかかってきますが? 即死コンボ使ってきますが? え、死ねと?
……これは、早急にどうにかしなきゃいけない問題だな……。
はぁ、せめて我が身内たちのうち誰か……できれば、ロリ巨乳かロリっ娘がこっちの世界に来ねーかなァッ! 産業的な意味でェッ!
所変わり、2093年の地球、日本。
「で、どうよ、相変わらずボスは見つかってねー感じ?」
VEO内、『ロビンウェイク』の基地にて、三名のプレイヤーが話し合っていた。
話題から察することができるように、現在の話の中心はアリスである。
「手がかり無しねー……」
赤髪短髪男こと、マッスル権蔵(名前はふざけてつけたと言っており、現在は後悔中)が切り出した問いかけに答えたのは、ロリ巨乳ことクルン。
普段は少しおちゃらけていたり、変態的言動を見せる彼女だが、今ばかりは少し疲れの色が見える。
「一ヶ月以上も音沙汰無し……はっ! まさか昔流行りの異世界転移!?」
場に似合わない明るい声で叫ぶのは、メガネイケメンのグラッセス(意味:メガネ)。
「んなこと言ってる場合かよ、ってか、ほんとどこ行ったんだか。クルンさん、やっぱボスの家に何か手がかりはないのか?」
「んー、本当にある日忽然と消えたらしいんだよねー……」
ある日、それはつまるところ、アリスが例のメールを受け取った日のことである。
もとよりクルンはリアルでアリスこと瞬とは従弟の関係性にあったため、失踪の情報は教えられていた。
しかし、その内容は全く持って理解不能だったのである。
まず、失踪したのは間違いないのだが、アリスが使用していたVRチェア内のデータはどうしようもないくらいに文字化けしていたり、バグだらけ、まともに動くことはなかったことが一つ。
つい先ほどまでその部屋にいたことはわかるくらい、荷物も何もなくなっていなかったことや、連絡用のAR端末がそのまま放置されていたことが一つ。
外出用の靴やカバン等も家の中にあったことが一つ。
以上の三つの点から、本当にその場から忽然と消えたかのように、瞬は失踪していたのである。
色々な技術が進歩しまくった現代の警察の捜索による発見率は90%を超えており、ら見つからない方が稀とも言われる時代において、瞬の手掛かりは何一つなかった。
だからこそ、これはかなり不思議過ぎる失踪事件となっているのである。
このことを仲間であるこの二人と、この場にいない二人には伝えてあり、全員が思わず頭を悩ませることとなっている。
「あーもう! こんななら、もうちょいっと接しておくんだったなぁ!」
「まぁ、クルンさん総帥相手には過保護だからな」
「うむぅ、昔からの可愛い弟分だったからねぇ……でも、ほんとどこ行ったんだろ? しかも、なぜかアリスちゃんの名前、フレンド欄から見ると変なバグ起こしてるし……」
そう言いながら、クルンは手元にフレンド欄を表示させある一点を見つめる。
『ア??=?ィザス??。オンライン?????? 現在地:???ト?王?』
どういうわけか『?』でバグっており、名前は見られないし、現在地も見えない。
「そもそもさー、オンラインの後に、なぜかハテナが多いのも謎だーよねぇ……」
「わけわからんよな」
「今まで一度もバグらなかったゲームがバグってるわけなんだぞ? 明らかおかしいよね、って話じゃん? なんこれ」
「……なぁこれ、やっぱボスはこっちにいるってことだよな?」
「でも、思い当たる場所はグラント聖王国だし……いなかったよ?」
「「「うーん……」」」
ゲームにいる可能性があって、尚且つ現在地の文字数にある場所にも行ったのに、そこにはいないという事実に、三人はさらに唸り声を上げた。
しかし、そこでクルンははたとあることを思い出す。
「……ロビンウェイクの今はリアルで仕事中の『探☆偵』ちゃんがね、一応一つだけ妙なメールを見つけて、それをサルベージしたよ! っていうことで、それがここにあるんだけど……見るかな?」
「「え、何それ超気になる」」
クルンが無言で出したのは、例のあのメールである。
だがしかし、瞬のVRチェアはバグりにバグっていたので、完璧な復元はできなかったのだが……。
ちなみに、復元前が、
【螳帛??壹い繝ェ繧ケ?昴ョ繧」繧カ繧ケ繧ソ繝シ
縲?蟾ョ蜃コ莠コ?壹Χ繧。繝ォ繝輔ぉ繝ェ繧
縲?莉カ蜷搾シ壽魚蠕
縲?譛ャ譁?シ壼ソ懊§繧具シ丞ソ懊§縺ェ縺】
これで、復元後が、
【宛????ア??ス??ディザ???ー
??差出人???????リア
??件名:招?
??本????応じる/応じな???】
これである。
「「えぇ……」」
「あー、あははー……困惑する気持ちはよぉ~~~く! わかるけどねぇ……あの人、なんで文字化けを復元できるんだろぉねぇ……」
クルン、本気の困惑。
他二名ももちろん困惑しているが。
というか、このメールはどうやって手に入れたんだとか、どうやって復元したんだとか、色々と気になることはあるものの、手掛かりになりそうなものが転がり込んできたのは事実。
三人はこれを見て頭を働かせる。
「あたし的には、その……判断に困っててねぇ……どー思う?」
「この、件名の部分。これ、招待、だと思うぞ、僕」
「その場合さ、何の? って疑問が出てくんじゃーん? うーん、みたいな」
「そうだな……オレもよ、これは意味不明過ぎる。しかも、本文が応じるか応じないの二択ってのも謎だ」
「「「うーん……」」」
マジで何?
そんな言葉が三人の頭の中に思い浮かぶ。
どうしようもないじゃん、と。
「はぁ……手掛かりはこれだけ……アリスちゃん、どこにいるんだろ……?」
結局本日も特に成果を得ることはできず、溺愛する人物を思い浮かべて、クルンは遠くを見つめるのだった。
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