第101話 ガランドの旅行
俺の名前はガランド・レンジャー。いい加減、木っ端貴族だった頃が懐かしくなってきた有名人だ。……中身は立派に木っ端なままなのにな。
だからというべきか、王都から逃げるために妻のミラウと一緒に旅行に出かけたんだ。
そろそろミラウに構ってやらないと、あいつが拗ねてしまうっていうのも理由だけどな。
そんな理由で出掛けた旅行だけど、やっぱり妻と二人で旅に出るっていうのはいいもんだよ。ソルドが生まれてからは、子育てでずっと忙しかったしなぁ。
気分転換にもなったし、そのままのノリで国境近くの森に森林浴に出かけて……。
油断していたからか、見るからに訳ありでボロボロになってる貴族の親子っぽい男女と遭遇してしまった。
(まずい、非常にまずい! 絶対に厄介事だぞこれは!! これまで散々なことに巻き込まれ続けて来た俺の勘がそう告げている!!)
今すぐ回れ右して逃げなければと、一歩後退る。
俺一人だったら、そのまま退散していただろう。けれど、困ったことに……この場にいるのは俺だけじゃなかった。
「どうしたの、あなた……って、その人達は誰!? 怪我しているの!?」
「あ、待てミラウ!!」
(俺に対して以外は)心優しいミラウが、傷だらけの男女に迷わず駆け寄り、その体を支えている。
やっちゃった!! と固まる俺を、ミラウはギロリと睨む。
「何してるの、早く手を貸しなさい!! 町まで連れていくわよ!!」
「は、はい」
本音を言えば見捨てたいくらいなんだが、妻にこう言われては拒否もしづらい。
どうしたものかと思っていると、当の本人達……もとい、少女の方が口を開いた。
「すまない、迷惑をかける。このお礼は必ずするから、父上を助けて欲しい」
「お礼なんていいのよ、困った時はお互い様ってね」
口調の節々から育ちの良さとプライドの高さは感じながらも、今は平民同然の恰好をしている俺達にも頭を下げることが出来る人の良さまで併せ持っている。
やめてくれ、そんな態度を取られたら、見捨てるのが後味悪すぎるだろう!!
「……肩を貸そう、掴まってくれ」
「すまない……」
腹をくくって、男の方を支えに行く。
……間近で見ると、やっぱり良い服を着ているな。
ボロボロではあるが、質そのものは王都でも滅多に見ないほど良いものだ、最近そういうのを見る機会が増えたから間違いない。
だが、王族の関係者にこんな男はいなかったはずだし、上級貴族でも見た覚えがないんだよな。
……厄介事の匂いしかしない、本当に!!
「町に着いたら、手紙の用意を頼めるだろうか? ちょっとした……古い知り合いに、連絡を取りたいのだが……」
古い知り合いって言ってるけど、絶対に貴族だよなぁ……正直なところ、あまり長く関わりたくはない。
俺はあくまでここに旅行に来たんだ、いつまでも厄介事の種を傍に置いておきたくはない!!
「誰に連絡を? 俺はこう見えて貴族で、王族にも顔が利きます。良ければ俺の名で繋ぎますが」
というわけで、さっさとこいつを知り合いだというお貴族様に押し付けて終わりにしよう。それがいい。
「そう、なのか? ならば話は早い、この国の王家に、連絡を取りたいんだ」
「そう、ですかぁ」
予想はしていたが、やっぱり王家の縁者なのか。
……って待て、この国の?
「私の名は、クルデシオ・フォン・グランシア。グランシア帝国の皇帝だ。我が国の……そしてこの国の未来にも関わる、大事な話があるんだ」
「…………」
想像よりずっとヤバい案件に関わってしまったぁぁぁぁ!!
まさか、政変でもあったのか? もしそうなら大事件だぞ。
これなら知らないままでいた方が良かったんじゃないか? 今からでも何とか逃げられないだろうか?
そんな俺の逃げ腰を察したのか、ミラウはとんでもない発言を口にする。
「安心してください。私の夫はこの国で"剣聖"と呼ばれるほどの凄腕ですので、あなた方のこともきちんと保護してくれますよ」
ミラウ、お前何言っちゃってんのぉぉぉぉ!?
お前は俺がなんちゃって剣聖だって知ってるだろ!? よりによって他国の皇族を相手に何て大ボラ吹いちゃうんだよぉ!!
あれか、俺が逃げないように予め退路を塞ぎに来たのか!? おい、俺を見て笑うな、「逃がさないぞ」じゃないんだよ、ミラウーー!!
「剣聖? まさかそれほどの……いや、失礼。私もまだまだ、人を見る目がなかったようだ」
「お気になさらず。よく言われますので」
事実大した人間じゃないからな。
「それほどの御方が力になってくれるのでしたら心強い。どうか、よろしくお願いします」
「ああ、我が国にも関わることと言われれば見て見ぬふりなど出来るはずもない。任された」
少女に頭を下げられ、俺は偉そうな態度でそう答える。
見て見ぬふりをしたい。心の底からしたい。
けど、妻からあんな風に言われたら、今更逃げることなんて出来るわけがない。
心の中で滂沱の涙を流しながら、俺は堂々と胸を張るのだった。
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