第100話 帝国の悲劇
アルバート王国と隣接する、大陸最大の覇権国家、グランシア帝国。
史上最強と謳われた皇帝、クルデシオ・フォン・グランシアを頂点に頂き、栄光の限りを尽くしていた国だ。
元々は小さな国の集合体だったのだが、クルデシオが一代で周囲の国を武力で制圧・併呑することで一気に成長した国なのだが……彼の恐るべき点は、そんな力技を用いながらも併呑した国の民からも多くの支持を得ている所だ。
武力だけではなく、皇帝としても一流のカリスマと頭脳を持った男。彼の治世が続けば、グランシア帝国の更なる繁栄は間違いないと誰もが信じていた。
今日、この日までは。
「くっ……なぜだ、お前達……なぜ私を裏切った……?」
皇帝の座す玉座の間にて、クルデシオは血だらけになって膝を突いていた。
これまで数多の敵を屠って来た巨大な戦斧も折れ砕け、周囲を取り囲むは敵だらけ。
皆、クルデシオにとっては長らく国を支えて来た腹心であり、なぜ裏切られたのか彼の頭脳をしても全く理解できない。
特に……その中心にいるのが、彼がいずれ後継者にと考えていた愛息子であれば、なおの事。
「なぜ、か。オレの理由を語るなら、"コレ"がオレを受け入れるのに都合の良い体だったってとこだな。あまり落ち込むなよ? コレも、そして周りにいるコイツらも、よく抵抗した方だぜ? このオレの力の前では、無駄な努力だったがなァ」
「……その口ぶり、やはり邪なる者がクレビオを乗っ取っているのか。周りの者も、同じだと……」
「そういうこった。まあ、今更それを知ったところで……お前にはこのままあの世に逝って貰うんだがなァ」
「くっ……!!」
彼の息子……クレビオ・フォン・グランシアを乗っ取った"何か"──悪魔王サタンの言葉を、クルデシオも否定できない。
この状況で自身が逃げ延びる術は、いくら考えようと何一つ思い浮かばないのだ。
(無念……!!)
ようやく戦乱の世を平定し、これからというところだった。
しかし、息子の体を乗っ取った目の前の存在が、自身に代わって帝国を正しく治めてくれるとは、到底思えない。
今再び乱世に逆戻りすれば、帝国の空中分解は必至。下手をすれば、統一前よりも酷い状態になる可能性もある。
そこで失われる多くの命を思って涙し、そして何より……体を乗っ取られ、自身の意思とは裏腹に帝国史上最悪の暴君として名を残すことになる息子を思い、心に火が着いた。
(たとえここで死ぬことになろうと、貴様だけは道連れにしてくれる。私の息子に、そんな血塗られた道を歩ませてなるものかッ!!)
戦斧は砕けたが、柄さえ残っていれば魔法の刃は生成出来る。
見たところ、クレビオを乗っ取った"何か"こそがこの反逆の首謀者であることは明白であるため、こいつさえ仕留めればあるいは立て直せるかもしれない。
息子の命も奪うことになるかもしれないが、構うものか。
全ての罪は、この私が背負うと覚悟を決める。
(クレビオ……許せとは言わん。愚かな父を、いくらでも恨むといい。だから……共にあの世へ逝こうぞッ!!)
勝負は一瞬だ。トドメを刺すために間合いに入り込んだ瞬間、命の全てを燃やし尽くして必殺の一撃を放つ。
クルデシオが扱う戦斧に仕込まれた魔法……"
(今だ……!!)
命を捨てる覚悟で、最期の一撃を放とうとしたクルデシオ。
しかしそれは、すんでのところで止められてしまう。
玉座の間に、新たな乱入者が現れたからだ。
「父上!! お逃げください!!」
「お前は……シフェア!? なぜここに……放浪の旅に出たのではなかったのか!?」
壁をぶち破って現れたかと思えば、即座にド派手な魔法をぶちまけ、部屋をめちゃくちゃに破壊する。
それを為したのは、グランシア帝国第一皇女、シフェア・フォン・グランシア。息子の方と違い、自由気ままでロクに帰って来なかった娘の登場に、クルデシオは目を見開いた。
「何となく嫌な予感がしたので、舞い戻って参りました!! さあ、逃げましょう!!」
「待て、クレビオをこのまま放っておくわけにはいかない、あいつのためにも……!!」
「相打ちで終わらせるのはクレビオのためになどなりません!! まずは父上自身が生き残って、あのバカ兄を正々堂々ぶちのめして止めてください!!」
シフェアがどこから聞いていたのかは分からないが、随分と過激な思考だとクルデシオは頭を抱える。
しかし、それでこそ自分の娘だとも思うので、複雑なところだった。
「ええい、問答無用!!」
「ぐふっ!?」
しかも、これ以上対話をするのが面倒だと判断したのか、既に結構な重傷だったクルデシオの腹をぶん殴り、気絶させてしまう。
お前、それが父親にすることか──と声に出す前にがっくりと力が抜けた彼を、シフェアは荷物のように雑に担ぐ。
そんな彼女に、爆炎を裂いてサタンが顔を出した。
「おいおい、お前……それが親に対する行いかァ? 随分と容赦がねえな」
「命があれば同じことよ。あなたも、変なところで勝手にくたばるんじゃないわよ」
「はッ……心配するなら、まず自分のことを心配するんだな!」
逃げようとするシフェアを、サタンが攻撃しようとする。
しかし、それを遮るように、シフェアは全力で魔法をぶちまけ、妨害に入った。
明らかに殺すつもりとしか思えない怒涛の攻撃に、「変なところでくたばるなってのはなんだったんだ……?」と首を傾げる。
そうこうしている間に見事逃亡を果たしたシフェアの逃げ足に、サタンは「おーおー」と拍手を送った。
『サタン様、追撃を……』
「放っておけ。オレの目的は王国にいるオレの伴侶を手に入れることだ、この国を乗っ取るのは、それに相応しい舞台を整えるための手駒に過ぎん」
『ハッ』
適当に呼び寄せた部下の悪魔にそう答えながら、サタンは口の端を吊り上げる。
遠く離れた地にいるティルティのことを思い浮かべ、正しく悪魔のような笑みを浮かべるその姿は、周囲の悪魔達からしても恐ろしいものだった。
「待っていろ、もうすぐ行くぞ」
「父上、ご無事ですか?」
「あまり、無事とは言えんな……ごふっ」
帝国から逃げ出したシフェアとクルデシオの二人は、それから一週間の時をかけて国境を隔てる山脈を越え、王国内に亡命を果たしていた。
とはいえ、シフェアはともかく元々ボロボロだったクルデシオに山越えはあまりに辛い道のりで、今にも力尽きそうなほどフラフラになっている。
このままではまずいと、シフェアにも焦りの表情が見え始めた。
「もし、私が力尽きたら……クレビオのこと、帝国のこと……お前に託すぞ、シフェア……」
「バカなことを言っていないで、しっかり意識を保ってください!」
どうしたものかと、シフェアも悩みだす。
一人で近くの町を探して助けを呼ぶというのも手だが、クルデシオは帝国の皇帝だ、王国からすれば仮想敵国の一角であり、正体がバレるとどうなるか分からない。
それでも、リスクを承知で人を探すしかないか──と考え始めた時、不意に人の気配がした。
「ちょっと森の奥まで来すぎたな、そろそろ引き返さないと、ここは流石に危な……うおっ、誰だお前ら!?」
そこに立っていたのは、冴えない一人の男。
しかし王国民に聞けば、冴えない見た目など一瞬で吹き飛ばすだけの名声を口にするだろう。
ガランド・レンジャー。なぜか本人の意思とは裏腹に運命の中心にいるその男が、此度も運良く(悪く?)その場に居合わせるのだった。
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