第97話 ソードマン家訪問

 俺はティルティの勧めもあって、ルイスの様子を見に行くことにした。


 ライクが励ましに行ったはずだけど、「しばらくは放っておくしかなさそうだ」って言ってたし……俺も無駄足になる可能性は高い。


 それでも、俺達が心配してるってことを示すだけで変わるだろうし、何もやらないよりはいい。


 というわけで、ソードマン家の本邸がある町までやって来たんだけど……。


「……武家屋敷、か?」


 その屋敷を見て最初に抱いた感想が、それだった。

 この国にしては珍しい木造建築の平屋建て、大きな門にもあまりこの国では見られない意匠が施され、家紋がデカデカと掲げられている。


 なんというか……本当に、転生してからこれまで見たことがないタイプの屋敷過ぎて、本当にここで合ってるのか不安になってきた。


「おい小僧、こんなところで何をやっておる?」


「うおわぁ!?」


 一応事前にアポイントの手紙は出してあるけど、入っていいのかな……なんて躊躇していたら、急に後ろから声をかけられた。


 全く気配がしなかったぞ……!? と戦慄しながら振り返れると、そこには綺麗に禿げ上がった頭を持つ、背の低い老人が立っていた。


「怪しい輩め……さては盗人じゃな? 天下に名だたるソードマン家の屋敷から盗みを働こうなど、いい度胸じゃ! どれ、このワシが叩きのめしてや──ぬおぉ!?」


 老人が箒を振り回し、ビシッとポーズを決めたところで突然停止する。


 こ、今度はなんだ!?


「こ、腰が……持病の腰がやられた……!!」


「…………」


「おい、何をしておる……!! は、早く助けんか!!」


 ええと……よく分からないが、ぎっくり腰で動けなくなった老人をそのままにしておくわけにもいかないので、何とか屋敷の中へと運び込む。


 特に誰からも引き止められない現状に、警備の人とかいないの……? とごく当たり前の疑問を抱きつつも、庭から入れる部屋の布団に老人を寝かせる。


「ふぅ……すまん、助かった。あまりにも怪しい挙動をしておったから盗人かと思ったが、そうではなかったようじゃの」


「ははは……まあ、俺も少し軽率でした」


 実際、今にして思えば不審者にしか思えない動きをしてたから、そう思われてしまうのも仕方ない。


 しかしそのお陰で、屋敷に入るところまではすんなりと行けたわけだし、当初の目的を達成しないと。


「それで……お主は何者じゃ?」


「俺はソルド・レンジャーです。ルイス様に会いに来たのですが……いらっしゃいますか?」


「おお……! お主がソルドか、ははっ、じゃったら最初から言わんかい!」


 来訪を告げる手紙は送っていたので、俺の事を認識されているのは特に驚くことじゃないけど……ここまで喜ばれるとは思っていなかった。


 意外な反応に首を傾げる俺へ、老人はにこやかに笑った。


「おっと、まだ名乗っていなかったな。ワシはルグル・ソードマン、お主の父親に剣を教えておったジジイじゃよ」


「えっ!? 父さんの……師匠!?」


 あまりにも予想外過ぎる発言に、俺は目を丸くして……そんな俺の様子が可笑しかったのか、ルグルさんは更に大きな声で笑い、腰に響いたのか悶絶するのだった。





「……ダメでした」


「じゃろうな、あやつはワシに似て不器用じゃから。……いや、この場合は倅に似たというべきかの?」


 自己紹介が済んだ後、俺はルイスの様子を見に部屋へ向かったんだが……残念ながら、話を聞いても貰えなかった。


 そのことをルグルさんに告げると当然だとばかりにこんな反応が返ってくる。


「まあ放っておけ、あやつももう少しすれば気持ちの整理もつくじゃろうて。それより、お主の話を聞かせてくれ」


「それは……まあ、俺も気になっていました。父さんの師匠だったっていうのは、本当なんですか?」


 俺も父さんという師匠がいるんだから、父さんにも師匠がいたっておかしくはないんだけど……今までそういった話は一切聞くことはなかった。


 父さんがいかにして剣聖とまで呼ばれるほどの絶技を身に付けたのか、気にならないといえば嘘になる。


「もちろんだとも。とはいえまあ、半年かそこらしか教えていないがな。こう言ってはなんだが……あやつは才能がなかったからな」


「……そうなんですか?」


 意外だ。父さんのことだし、最初から天才剣士として目を付けられているものとばかり。


「ああ。とはいえ、それは剣の才能ではなく、戦いの才能……いや、素質と言ってもいいかもしれんな。ガランドは、とにかく戦いを嫌う心優しい少年じゃった」


「…………」


 それは……分かる気がする。

 父さんは女にだらしないところはあるけど、基本的に平和主義者で、戦いとは無縁の生活を送りたがっているというのは、普段の振る舞いを見ても明らかだ。


「どれほど綺麗事を並べようと、剣は人殺しの技術。それと向き合いながら、なおも極めんとするだけの……ある種の倫理観の薄さが奴には足りんかった。じゃから、あやつは剣以外の道を進んだ方が良かろうと、修行を打ち切ったんじゃが……そうか、まだ剣を捨ててはいなかったんじゃな」


 修行を打ち切った相手だというのに、まるで愛弟子について語るようにルグルさんは語る。


 父さんも、いい師匠に巡り会えたんだな。


「その点……お前さんも、ガランドよりはマシかもしれんが、本質的にはあまり違いはないように思える」


 思わぬ形で俺に話が回ってきて、少し驚いた。


 そんな俺に、ルグルさんは試すように言う。


「お前さんは、何のために剣を取った?」


 俺を……心配してくれているんだろうか?

 だとしたら、素直に嬉しいし……それに対する答えも、決まっている。


「守ると決めた大切なものを、死んでも守り抜くためです」


 今も昔も変わらない。ティルティを守る、それが俺の目標だ。


 まあ……そうは言っても、最近は色々と守りたいものが増えて、困ったことになってるけど。


「そうか。いつかなる時も、その初心を忘れるでないぞ。その想いに、剣は必ず応えてくれる」


「はい!」


「ふふっ、いい返事じゃ。……ルイス、今の答えはお前さんの迷いを晴らせたか?」


 ルグルさんの言葉に合わせて振り返れば、襖の隙間からルイスがこちらの様子を覗き見ていた。


 ……誰かいるとは思っていたけど、ルイスだったのか。


 少しバツが悪そうな顔で出てきたルイスは、一度ルグルさんを見て、俺を見て……勢いよく、頭を下げた。


「頼む! 俺を……俺を一から鍛え直してくれ!!」

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