第93話 ガランドの門下生育成術(?)

 ガランド・レンジャーはこの日、道場を放り出してレンジャー領へと逃げ出そうとしていた。


 理由は簡単。悪魔などというとんでもない脅威が間近にある今、下手に留まれば確実に巻き込まれるからである。


(俺は戦う力も何も無い凡人なんだ、下手に頼りにされて最悪のタイミングでそれが露見するくらいなら、今のうちから逃げておいた方がみんなのためにもなるだろう!)


 単なる言い訳だが、事実として悪魔の襲撃を受けた生徒がよりによってガランドを頼った場合、諸共に捻り潰されてより甚大な被害を生む可能性はないとは言えない。


 その意味では、彼の“逃亡”という判断は決して単なる腰抜けと批難されるものではないだろう。


(バレないようにこっそり抜け出すための準備に手間取ったが、王都から出ちまえばこっちのもんだ! 一応、生徒達のために置き手紙は残しておいたし、あいつらなら大丈夫のはずだ)


 心配する気持ちは持ちつつも、今は自分の身が大切だと王都の裏路地を走り抜けるガランド。


 人目につかないこのルートで、誰にも見付からずに王都の門まで辿り着ければ、妙な勘ぐりをさらずに脱出出来る──


(って誰かいるぅ!?)


 そんなガランドの企みを打ち砕くように、裏路地の先で無数の人影がたむろしていた。


 一度立ち止まったガランドは、物陰からこっそりとその様子を窺う。


(くそぅ、一人二人なら適当に誤魔化して走り抜けようと思っていたが、この人数は流石に想定外だ! というかこいつら、何をしているんだ……?)


 ガランドの目から見ても、奇妙な集団だった。


 衛兵に商人にごく普通の主婦、子供から老人まで様々な立場の人間が十人ほど集まっており、とてもまともな集会とは思えない。


 しかも……その会話内容も問題だった。


『まだ待機か? いい加減暴れてぇぜ』

『もう少しだろう。あと少しで、この町を滅ぼし、俺達悪魔の楽園をこの地上に顕現させることが出来る……!』


(ぎょえぇぇぇぇ!? 悪魔ぁぁぁぁ!?)


 件の騒ぎの元凶が目の前にいると分かって、ガランドの表情は一瞬で青ざめた。


 まさか、悪魔から逃れるためにこうして抜け出したというのに、その途中で当の悪魔と遭遇するとは。


(いくらなんでも運が悪すぎるだろ!! 俺は何か悪いことしたか? 最近の俺に対する仕打ちが酷すぎるぞ女神様ぁ!!)


 己の不運を神に嘆きながら、それでも何とかバレないようにその場から逃げ出そうとして……パキッ、と。


 都合よく足下に落ちていたガラス片か何かを、ガランドは踏み付け割ってしまった。


『あぁん? なんだ今の音は?』

『おい、悪魔憑き以外の人間がいるぞぉ?』


(嘘だろぉぉぉぉ!? なんだこの今時本でもやらないようなド定番のやらかしは!! 俺のバカぁぁぁぁ!!)


『あ、逃げたぞ!』

『追え! 計画発動前に騒ぎになったら、俺達が消される!』


 なりふり構わず逃げ出したガランドを、悪魔達が追い掛ける。


 捕まったら確実に殺されると分かっているガランドは、必死に足を動かすのだが……ここで悪魔を振り切れるほどの逃げ足があれば、そもそも自分を凡人だなどと評してはいない。


 あっさりと追い詰められ、袋小路に迷い込んでしまった。


(詰んだぁぁぁぁ!!)


『ハハハ、もう逃げられねえぜ?』

『どこの誰か知らねえが、運がなかったと思って諦めるんだなぁ……まあそう落ち込むな、所詮は早いか遅いかの違いだ』


 ジリジリと迫り来る悪魔達。


 何とかこの状況を打破しなければ死ぬ──生への執着から、未だかつてないほどに頭を高速回転させたガランドは、思い切って開き直ることにした。


「ふふふ……果たして、追い込まれたのはどちらかな?」


『何ぃ?』


 堂々と悪魔達と向き合い、さも狙い通りの展開ですよと嘘八百を並び立てる。


 内心では冷や汗ダラダラ、膝もガクガクに震えているが、大道芸で鍛え上げられた演技力は悪魔相手にもしっかり通用するようで、少しばかり警戒するように足を止めていた。


(これまで散々勘違いされ続けて来たんだ、いっそここでも勘違いされてやる!! 俺は凄まじい才能を持った剣士だぞ!! だから下手に手を出そうとしないで撤退してくださいお願いします!!)


 覇気すら感じられる佇まいとは裏腹に、頭の中は情けなさの極みのような叫び声を上げ続ける。


「この場は一本道だ、正面をこの俺が、そして背後を他の仲間が挟撃すれば、お前達には逃げ場も勝ち筋もない」


『ハッ……挟んだくらいで、俺達に勝てるとでも? 舐められたもんだぜ』


 しかし、いくら口だけでビビらせても、流石にそれだけで退くほど悪魔達は慎重な性格ではない。


 これでは時間稼ぎにしかならないと察したガランドは、何とか次の手を考え始めるのだが……思い付かない。


「ふっ……この様子では、俺が手を下すまでもなさそうだな」


『何だと?』


「お前達ごとき、俺の門下生達で十分だと言っているんだ」


 思い付かないまま、自信たっぷりなトークをノータイムで続けた結果、平然とトンデモ発言を繰り返してしまう。


 当たり前だが、そんな煽られをして悪魔達が黙っているはずもなく、彼らの怒りのボルテージが際限なく上がっていくのが素人目にもハッキリと分かる。


『ほざきやがる……そこまで言うなら見せて貰おうか、その門下生とやらの実力をよぉ!!』

『本当にそんな奴らがいるのならの話だがな!! 周囲に人の気配なんざ全くねえってのに!!』


(バレてるぅーーー!!)


 図星を突かれ、頭が真っ白になるガランド。

 もはやなるようになれとばかりに、上空を指差した。


「ふっ、それに気付くことも出来ないから、お前達は三流だというんだ。──ほら、来るぞ」


『あぁ?』


 悪魔達の目が、一瞬だけ上を向く。


 その隙に、何とか脇を抜けて逃げられないか──とスタートダッシュを決めようとしたガランドだったが、結果としてその必要はなくなった。


 本当に、上空から彼の門下生達が降ってきたからである。


「やあぁぁぁ!!」


『ギャァァ!?』

『こいつら、本当にいやがった!? 一体どこに潜んで……!?』


 先頭の少女が剣を振り下ろし、悪魔憑きの一人を斬りつける。


 その後も続々と少女達が二十人ほど周囲から現れ、悪魔憑き達を取り囲んでいく。


 あまりにも予想外の展開に、悪魔憑き達……どころか、ガランドも驚きのあまり硬直する。


「ふん、あんた達ごときド三流に見付かるほど、甘い訓練を積んでないわ! 私達はね、王国最強の剣聖の教え子なのよ!」


(いや、甘い訓練しかしてなかったんだけど。隠密行動のスキルなんて何一つ教えてないんだけど)


 門下生の少女達に心の中でツッコミを入れるが、口に出さなければ当然伝わるはずもない。


 そして悪魔達もまた、当然のようにガランドを憎々しげに睨み付ける。


『くそっ、まさか本当に罠だったとは!』

『あの情けねえ逃げっぷりも、全部演技だったってのか!?』


「当然よ、先生は最初からこの展開を予想していたの」


「そう、私達に置き手紙で指示を残して、あなた達をこの場所に釣り上げたの」


(いや置き手紙に指示なんて書いてないけど!? 一体何をどう勘違いしたらそうなるの!?)


 手紙の内容は、“大事な用があるから道場を空ける”という報告と、“後のことは任せた”という丸投げの言葉のみ。


 まさかそれを、“先陣を切って悪魔とやり合うから後詰めは任せた”などというトンデモ解釈をされてしまったなどとは、いくらなんでも想像の埒外である。


 ついでに……ガランドのお粗末な隠密行動が、“自分達でも後をつけられるようにわざと手を抜いている”などと思われていることも。


『ふざけんな! たかが倍の人数を用意したくらいで、俺達悪魔憑きに人間の小娘が勝てるとでも思ってんのかぁ!?』

『返り討ちにして後悔させてやらぁ!!』


 自分達が掌の上で踊らされていたと思い込んだ悪魔達は、反撃の魔法を放つ。


 人の扱う魔法より出も早く、自由自在な動きを見せる概念魔法。


 魔法を満足に扱うことも出来ない少女達に、これを防ぐことなど不可能だ。


「あらよっと」


「ふふん、どんな魔法も当たらなければどうということはないのよ!」


『このっ、ちょこまかと……!!』


 しかし少女達は、それらの魔法をひらひらと舞うように回避し、悪魔達との間合いを潰していく。


 一対一であれば、これほど上手く回避は出来なかっただろう。悪魔達と少女達の間に、さほどの実力差はない。


 であれば、人数比が単純に二倍である少女達に有利であるのは、火を見るよりも明らかだった。


 そもそも、下っ端中の下っ端とはいえ、悪魔と互角にやり合える少女がこれほどいることがおかしいのだが。


「魔神流門下生舐めんなぁーー!!」


「これで観念しなさいーー!!」


『くそっ、なんなんだコイツらは!? う、うわぁぁぁ!?』


 あまり巧みとはいえない剣さばきで、斬るというよりは殴打するように悪魔達をボコボコにしていく。

 剣技そのものよりも、体捌きと連携力で悪魔を圧倒する少女たち。


 その光景を呆然と見つめながら、ガランドは呟いた。


「……俺、もしかしてまた何かやっちゃったのか?」

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