第91話 ティルティの実験
ソルドが悪魔憑きに脅される形で誘導されている頃……その様子を、ティルティは“異界”の中から覗き見て、大喜びしていた。
主に、ソルドが自分のために本気でブチキレているという事実を目にして。
「兄さん、そんなに私のことを心配してくれるなんて……えへへ、えへへへ……!」
『随分と余裕だなぁ……お前、状況分かってんのか……?』
当然といえば当然だが、ティルティは自らの足でこの空間にやって来たわけではない。
今回の騒動にタイタンズの残党が絡んでいる可能性が高いと判断した彼女は、その拠点の位置を密かに割り出し、乗り込んでいたのだ。
しかし、そこは既にタイタンズの拠点ではなく、悪魔達に全てを乗っ取られた、悪魔の巣窟と化しており……ティルティは、異界へと誘拐されてしまったのである。
理由はもちろん、悪魔に対抗出来るイレギュラーの一人、ソルドを釣り出す餌にするため。
異界の中でたった一人、無数の悪魔憑きや魔獣に囲まれれば、もはや泣き崩れて恐怖に震えるしかないと悪魔達は思っていたのだが……ティルティは泣くどころか、当然のように悪魔の隣に並んで“裂け目”を覗き込み、現世で今まさに罠へと誘導されていく兄の姿を見て頬を赤く染めていた。
不気味過ぎて、連れてきた悪魔達の方がドン引きである。
「もちろん分かっていますよ? 私は今まさに囚われの姫君、兄さんはそれを助けに来るヒーローです。きゃっ」
『えぇぇ……』
どうしてここまで余裕でいられるのか、悪魔達には全く理解が及ばなかった。
もしや自分達は、とんでもない奴に手を出してしまったのでは? と少しばかり恐怖を覚え始める中、それでも悪魔の一人が精一杯の脅しをかける。
『余裕ぶっこいていられんのも今の内だぞ。お前の兄貴は自分からオレ達の罠に飛び込んで死ぬ。そうすりゃ後は、スフィアとかいう小娘を押さえるだけで、もうオレ達の脅威はゼロ……後はこの町を滅ぼして、ここに悪魔の帝国を築き上げるだけだ。そのための兵も、既に町中にバラまいてある!!』
ヒャハハハ! と、不気味な嗤い声が異界に響く。
それでも、ティルティはきょとんと首を傾げた。
「あなた達悪魔が仕掛けた程度の罠で、兄さんが負けるわけないじゃないですか」
まるで今日の天気を答えるかのように、見れば誰でも分かる事実を伝えるかのように、ティルティは告げる。
これには、さしもの悪魔もカチンと来たのか、声を荒らげて詰め寄っていく。
『本当に調子に乗るんじゃねえぞ……? てめえの命は俺達が握ってるってこと、忘れんなよ……?』
悪魔の指先に炎が灯り、それをティルティに押し付ける。
じゅう、と肉の焼ける音がして……しかし。
そう認識したはずの悪魔の前から、ティルティの姿は消えていた。
『なにっ……!?』
「あなた達の計算違いは“四つ”あります。一つ目は先程から言っている通り、兄さんはあなた達より遥かに強いこと」
異界の暗黒の空にも負けないほどに濃密な闇色を纏うティルティの顔には、間違いなく付けられたはずの火傷の痕がない。
何が起きているんだと、悪魔達は困惑する。
「二つ目。スフィアはあれでも、兄さんの弟子なんですよ? あなた達全員でかかるならまだしも、もののついでのように倒せるほど弱くないですよ。まあ……今回は彼女の出番もなさそうですけど」
兄さんに勝てないと、そこまで手が回らないでしょうしね、と呟きながら、ティルティは小さな小瓶を取り出した。
魔力を凝縮し、ドロリと粘性を持ちながら物質化するに至ったそれを、無造作に地面へと垂らしていく。
「三つ目。この町を滅ぼすのも無理でしょう。あなた達は計算に入れ忘れているようですが……この町には今、私のお父様がいますから。普段はちょっと頼りないですが、ここぞの場面ではきっと何とかしてくれるでしょう」
一本だけでは収まらず、二本、三本と瓶を投げ捨てる。
ドロドロとした闇がティルティの足下に広がり、徐々に形を成し……それはやがて、見上げるほどの“巨人”へと変貌を遂げた。
「最後に、四つ目。……私、ここにはわざと“ついて来た”んです。人前では試せない実験を行うのに、異界ほど便利な場所もないですから」
『なん、だ……なんなんだ、貴様はぁ!?』
悪魔が叫んだその先に出現したのは、かつてハルトマン侯爵家を滅亡の危機に陥れた“
本来なら、呪具によって魔人化した人間を幾人も素材として使い潰し、ようやく生成することが出来る人外の怪物。
それを、ティルティは自身の魔力に特殊な処理を行って物質化することで、人柱なしで生み出すことに成功していた。
そんなオリジナルのタイタンを、計三体。
タイタンズのメンバーを乗っ取り、その記憶を我が物にした悪魔達だからこそ、その異常性が嫌というほどに理解出来てしまう。
「“異界”では、現実世界と異なる法則が支配している……その理外の法則によって生まれたからこそ、私達の魔法に対し優位を取れるのが、あなた達悪魔です」
それなら、と、悪魔以上に悪魔らしい笑みと共に、ティルティは語る。
目の前にいる悪魔達を“脅威”ではなく、単なる“実験動物”を見るような眼差しで見つめながら。
「どんな魔法を、どれくらい浴びたらあなた達は死ぬんでしょうか……? 私の新しい研究のために、ちょっと“実験”に付き合ってください」
自分達は、もしかして──とんでもない怪物に手を出してしまったのではないか?
そんな悪魔達の後悔を嘲笑うかのように、タイタンの拳が振り下ろされた。
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