第86話 調理室の悪魔

 ルイスの居場所は、シルリアの千里眼の魔法があればさして苦もなく見付けられた。


 生徒会の巡回が終わった後、ルイスがどういう行動を取っているのか、これまであまり気にしてこなかったけど……確かに、こんなところにいるのは変な話だな。


「……どうした、お前ら、こんなところに揃いも揃って」


「こっちのセリフなんだけど。お前、どうしてこんなところにいるんだ?」


 ルイスがいた場所は、なんと調理室だった。


 ピンクのエプロンを着て、多数の女子生徒に囲まれながらクリームを混ぜているザ・不良という絵面は、なかなかにシュールだ。


「なんだ? 俺が菓子作りに精を出してちゃ悪いのか?」


「いや悪いとは言わないけどさ」


 意外過ぎると、言外にそう呟く俺に、ルイスは「ハッ」と鼻を鳴らす。


「これも強くなるために必要なことだ。大勢の生徒と交流を持って、知識を蓄えるのは重要なことだからな」


「……菓子作りの知識がか?」


「ああ」


 いや、流石にそれは無理がないか?


 そう思うんだが、周囲の生徒達も「いいじゃない、料理だって貴族には重要なスキルよ!」「使用人任せにするばかりが貴族ではない!」とかなんとか、熱く語っている。


 まあ、それは自由にすればいいんだけど……。


「…………」


 ルイスが悪魔に憑りつかれているのか否か、これだけじゃ全く判断出来ない。


 他の生徒がこれだけいる中で、あまり派手な動きも出来ないし……ここは一旦引き下がって、次の機会を待つべきか。


 そんな風に思っていたら……。


「……やっ」


 シルリアが、突然指先に魔力を溜め、ルイスにそれを突き付けた。


 翠緑に輝く疾風の魔弾が、お菓子作りで両手の塞がっているルイスに向けて放たれる。


 ちょっ、流石にそれは……と驚く俺だったが、誰もが予想した悲惨な結果は起こらなかった。


 ルイスの眼前で見えない壁のような何かに阻まれ、シルリアの魔法が霧散したのだ。


 思わぬ出来事に、その場の誰もが驚愕する──ことはなかった。


 驚いたのは俺とシルリア、それにマニラだけで、他の誰も……この調理室にいる生徒達の誰一人、驚かない。


『……チッ、まさかこんな場所で実力行使に出るとはな、人間ってのは同類を大事にするもんじゃねえのか?』


「っ、シルリア!!」


 ルイスの口から、明らかにルイスのものとは違う"何か"の声が発せられる。


 背筋を走る嫌な予感に突き動かされるまま、シルリアの腕を引いて背後に庇う。


 直後、調理室のど真ん中で、大爆発が巻き起こった。


「くっ……!!」


「ソルド……!?」


 強引な動きもあって、衝撃をほとんど逃がせず吹っ飛んだ俺の体が悲鳴を上げる。


 少し離れたところにいたマニラはひとまず無事だったのか、特に怪我はなさそうだ。


 けど……状況は最悪だな。

 シルリアに「大丈夫だ」と答えながら体を起こした俺は、周囲を取り囲む"十人以上"の悪魔憑き生徒を見て、苦笑を浮かべた。


 しかも、今の攻撃で右腕がやられた。ちょっと使えそうにないな。


『全くよぉ……こっちは大人しく人に紛れて活動してたってのに、なんでバレた?』


「いや、むしろそこまで本人の性質と違う動きをして、どうしてバレないと思った?」


 途中まで全く見分けがつかないんじゃなかったの? という目でマニラを見ると、「まさかここまで露骨だったなんて……」と頭を抱えていた。


 まあうん、あるあるだよね。プレイヤー視点からだと明らかにおかしいのに、ゲームキャラクターは全くそれに違和感を覚えないっていう“逆”ご都合展開。


 でも、今はそれよりこの状況だな、どうするか。


『まあいい、バレたからにはお前達にも悪魔を降ろして……!?』


「《嵐気流ストームブラスト》」


 悩む間に、シルリアが思いっきり魔法をぶっぱなしてルイス含む悪魔憑き連中を吹き飛ばしていた。


 容赦ねえな!? と驚いていると、シルリアは俺とマニラの手を取って飛行魔法を発動する。


「撤退しよ」


「待てシルリア、俺はここで戦う」


「でも、その怪我じゃ……」


「これくらい何とかなる。それに、ルイスに取り憑いてる奴は間違いなくこの騒ぎの元凶だ、捕獲しないと被害が無限に広がり続ける、万が一にも逃がすわけにはいかないんだ」


 だから頼む、と告げると、シルリアはほんの僅かに心配そうに目を細めて……小さく溜息を溢した。


「援護するから、無茶しないで」


「善処するよ」


 短いやり取りの後、シルリアはマニラだけ連れて調理室を飛び出していく。


 直後……俺のいた場所を、無数の爆炎が襲いかかった。


『片腕しか使えない身で、この数を一人で相手する気か? 随分と自信家じゃねえか』


「生憎、この程度で諦めるほど物分りのいい性格はしてないんでね」


 咄嗟に飛び退いて爆炎を回避した俺は、片手で剣を構え直す。


 二刀流スタイルも習得してるから、片腕で戦えないことはないんだけど……両手の威力が出せないのに手数は二刀流の半分っていうのは、辛いな。


「だが、やってやる……!! お前はここで、俺がとっ捕まえてやる!!」


『出来るもんならやってみな!! ハハハ!!』


 片腕で剣を振るい、群がる悪魔憑きを凍結させる。


 その隙を突いて飛来した氷柱を体を捻って回避し、一気にルイスの懐へ。


 剣を叩き込もうとすると……こいつは、逆に自分の首を差し出すように突っ込んできた。


 たまらず、俺は剣を止める。


「っ、このやろ……!!」


『ヒャハハ!! 出来ねえよな、お前ら人間にコイツを殺すことなんざ!!』


 完全に攻めの姿勢で停止した俺の体は無防備。

 しかもそのタイミングで、他の悪魔憑きを止めていた氷が砕け、取り囲まれる形に。


 やられる、と身を強ばらせた瞬間──俺の周囲に、突風が渦巻いた。


『ぐあっ!? ちっ、こいつは……!!』


 ダメージはないものの、風の勢いで隙が生まれたのを見て、俺はルイスを蹴り飛ばして一旦後退する。


 ……何の言葉もなかったけど、俺は今の一撃だけで、シルリアの声が聞こえた気がした。


 ──援護するって言ったでしょ。私だって、戦えるよ。


「ああ……頼りにしてるよ、シルリア」


 こうして、俺とシルリアの二人と、ルイス……に取り憑いた悪魔とその軍勢との戦いが幕を開けた。

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