第87話 調理室の激闘
周囲を囲む女子生徒……彼女達に憑りついた悪魔は、多分ルイスに憑いた悪魔の配下なんだろう。
ルイスを中心として、俺を取り囲むように展開するその動きからも、自分達が倒すというよりルイスを援護しようという意思が見える。
そして……こいつらが操るのは、普通の人が使う魔法とは異なる、概念魔法だ。
「っと……!!」
突如足下から生じた爆炎を、俺は紙一重で回避した。
通常、魔法は魔力を自然現象に変換する形で発動する。
魔力はどこにでもあるが、操れるのは自身の体内で生成されたものだけ。つまり、魔法というのは原則魔法使いの体周辺から“放つ”ものだ。
けど、どうやら直接“炎”という概念を操りぶつけてくる悪魔の魔法には、そんな縛りはないらしい。
急に足下から発生する炎は、対処が難しくて厄介だ。
いきなり俺の体の中でボンッ、とはしてこないのは……何か縛りがあるからか? それとも、練度の問題?
『ちっ、よく躱すな。前触れなんざほとんどねえはずなのに、どうなってんだ』
「剣の声に耳を傾ければ、そんな分かりやすい危険くらい教えてくれるさ」
『んなわけあるか!!』
悪魔が主になっているとは思うが、ルイスの人格も完全に消えたわけじゃないんだろう、少し覚えのあるやり取りが交わされる。
ちょっとだけ希望が見えた。とはいえ、ここにはスフィアもいなけりゃティルティもいないし、どう無力化したものかな。
しかも、今回は悪魔憑きが一人じゃない。
幸いというか、周りの悪魔憑きは離れた場所が突然爆発するような概念魔法を使わず、火球を作って飛ばす方式だけど。
やっぱり練度や実力の違いか?
──させない。
シルリアのそんな意思が聞こえたような気がすると同時、俺を中心に巻き起こる風が火球を防ぎ止める。
それを見て、ルイスは舌打ちを漏らした。
『ただの魔法の癖に、本人がいねえ場で風が起こるなんざ、どうなってやがる?』
「さて、どうしてだろうな?」
すっとぼけて見せてるけど、当然俺はその理由を知ってる。
シルリアの魔法は、自身の魔力を分身のように切り分け、遠隔操作する形で実行されるんだ。
千里眼の魔法も、今俺を守ってくれている魔法も原理は同じ。
ただ少し特殊なのは、シルリアの起こす風が周囲の魔力を取り込んで同化し、補充し続けている点だ。
これで理論上、シルリアは魔力枯渇の心配をせずに遠隔魔法を使い続けられる。
あくまで、シルリア自身の制御力が続く限り、だけど。
「とりあえず……周りから無力化してくか!!」
魔神流剣術、連式・六の型。
「《幽乱雪花》!!」
凍気を纏った虚像の剣。それを次々と投げ放ち、刺さった対象を凍り付かせる。俺にとっては、ほぼ唯一の不殺剣術だ。
この技で、周囲の女子生徒達を封じ込めて……と考えていたんだが、投げた剣は突如空中で爆発し、何の効果ももたらさず消えてしまう。
くそっ、ルイスの援護か。
『ハハハ! その技はコイツが一度見てるからな、ちゃんと把握してるぜ?』
「……くっ」
参ったな、いよいよ手がなくなってきたぞ。
手詰まり感に動きが止まる俺に、無数の炎球が殺到し……それら全て、シルリアの風壁に阻まれる。
そして、ついでとばかりに俺の頬が風に叩かれるような感覚を覚える。
しっかりしろと、励まされているような気がした。
「……そうだな、別に技一つ止められたくらいで悲観する必要なんかない」
気を取り直して、俺は剣を構え包囲に向かって突っ込んだ。
剣を投げても撃ち落とされるなら、直接この手で斬って凍り付かせればいい。
普通なら、こんな動きは無謀過ぎてやれっこないけど……こういう状況を見越した技を、父さんは俺に授けてくれた。
まだ未完成で、とても実戦で使えたものじゃないんだけど……シルリアがいる今なら、それで十分だ!!
「《氷狼一閃》!!」
『バカめ、終わりだ!!』
俺が直接剣で女子生徒の足元を叩き、氷像へと変えたその瞬間。ルイスの爆炎が俺の眼前で発生する。
完全に攻撃後の硬直を狙われた一撃は、確かに俺を捉えたかに見えたが……そうはならなかった。
シルリアの起こした風が、俺の体を上空に跳ね上げて救ってくれたのだ。
「行くぞ、シルリア」
声は届かない。姿も見えない。向こうから俺は見えているだろうけど、それだけだ。
だが、俺達にはそれで十分。一度は一緒に死線を潜り抜けた仲で、タイミングが合わないなんてことはない。
俺が空中を蹴ると、ピンポイントで形成された足場によって前への跳躍が可能となる。
その勢いで悪魔憑きの集団に飛び込むと、一振りで更にもう一人を凍結させつつ、手足全てを地面に付けて頭を低く、這うような姿勢を取った。
そんな俺を仕留めるべく、四方八方から炎球が迫るが……問題ない。
「魔神流剣術、七の型……《甲獣柳返し》」
俺へ迫り来る炎球へ、優しくそっと剣を添える。
そのまま、炎の勢いに逆らわないように床の上で全身を回転させ、軌道を僅かに逸らして二つ目の炎球にぶつけて相殺させた。
それを、連続七回。完璧に防ぎきった俺に、ルイスは目を見開く。
『何しやがった、てめえ!?』
「全部、受け流して防いだだけだよ。俺の新技だ」
鉄壁の魔獣、クラブタートルは、単にその甲殻が硬いだけじゃない。低い姿勢で甲羅に閉じ籠ったまま全身を回転させることで、全方位あらゆる方向から迫る攻撃を“弾き返す”魔獣だ。
その名を口にすることで、父さんは俺にヒントをくれた。自分の力で届かないなら、敵の力をも利用して勝つのだということを。
もっとも……今の俺じゃあ防ぐのがやっとで、弾き返すまでは無理そうだけどな。まだまだ修行が足りないや。
『このッ……生意気な、焼き尽くせ!!』
「何発来ようが、同じことだ!!」
防がれるなら、防ぎ切れないだけ叩き込めとばかりに、炎が次々と俺に迫る。
その判断は、未熟な俺に対して確かに正しいが、それも一人だったらの話。
シルリアの風が俺の守備の穴を的確に埋め、更には攻撃に夢中になっていた悪魔憑きの女子生徒達の足下をさらい、バランスを崩す。
そこを狙って、剣の一振りで纏めて凍結させた。
「《氷狼一閃》!!」
『チィッ……!!』
打ち合わせも、声かけもなしに、俺とシルリアは完璧な連携で敵の包囲を打ち崩していく。
まるでもう一人の自分と一緒に戦っているかのような……なかなか味わえない感覚に、こんな時なのに少し楽しくなってきた。
けど、俺が楽しいってことは、ルイスに憑いた悪魔からすれば面白くない状況だってこと。
当然のように苛立って来たルイスは、頭を掻きむしりながら叫ぶ。
『クソッ、たかが人間の癖に、手間かけさせやがって……!!』
しかし、そこで何やらよからぬことを思い付いたようで……ニヤリと、不気味な笑みを浮かべた。
何をする気だと、気を引き締めて一層の警戒心をもってルイスを見つめた俺は……
「《天姫空閃》!!」
凍り付いた女子生徒の前に瞬間移動した俺は、凍り付いたその体を突き飛ばす。
直後、目の前で爆炎が巻き起こり、視界を真紅に染め上げた。
幸い、シルリアがすぐに合わせて風で守ってくれたために、俺も女子生徒も大事には至らなかったけど……危うく、俺もこの子も死ぬところだ。
「お前、なんてことしやがる……!! その子の中には、お前の仲間だって入ってるんじゃないのか!?」
『ひゃははは!! 俺達悪魔は"器"が死んだくらいで滅びたりしねえよ。まあ、器がないまま長時間この世界にいれば消滅しちまうが……代わりの器なら、この学園には山ほどあるだろ?』
「こんのっ……!!」
『おっと、動くなよ? 今は一発だけだったが、俺がその気になりゃあこの部屋で氷漬けになってる全員を纏めて吹っ飛ばすことだって出来るんだぜ? お前が頼りにしてるさっきの女じゃ、守り切れねえんじゃねえか?』
「…………」
確かに、いくらシルリアでもここにいる全員を同時に守り切るなんて無理だ。
さっきは俺が動いたから、シルリアも合わせて守ることが出来たけど……この場にいないのに、概念魔法の発動タイミングを見切るなんて出来ないだろうし。
動きを止めた俺に、ルイスは更に醜悪な笑みを浮かべる。
『大切な人間のお仲間を殺されたくねえなら剣を捨てな、出来ればの話だが。ひゃははは!!』
「…………」
さて、どうするか。と考えた後……ふとあることに気付いた俺は、迷わず剣を投げ捨てた。
そんな俺に、ルイスは……というか、ルイスに憑りついた悪魔は驚きのあまり目を見開く。
『なんだ、随分聞き分けがいいじゃねえか。またトンチキ剣術で斬りかかって来るかと思ったんだがな』
「当たり前だろ。もう、必要ないからな」
『は……?』
そもそも、ここは学園だ。これだけ派手に暴れれば、誰かが気付く。
そして……誰かが気付けば、生徒会がすぐに動いてくれる。
動けるように、ティルティが“通報装置”を作ってくれてたからな。
そして……生徒会には、こういう状況で誰よりも頼れる奴がいる。
「魔神流剣術、二の型──」
この世界の主人公様にして……俺の自慢の一番弟子が。
「《光波一閃》!!」
『ガッ……!?』
調理室の窓をぶち破って、中へと飛び込むその流れのままに振り抜かれた、光の斬撃。
それはルイスの体を一刀両断しつつ、その体には一切の傷を付けなかった。
だが、中に入っている悪魔にとっては致命的だったんだろう。地獄の底から響くような悲鳴を挙げて、のたうち回る。
それを見て、俺は即座に捨てた剣を拾い上げ……未だ暴れるルイスの体、そのすぐ傍へと突き刺した。
「《氷狼一閃》!!」
『カハッ……!?』
ルイスの体が凍り付き、中の悪魔ごと動きを止める。
こうして、攻略対象を乗っ取った悪魔の暗躍は、早い段階で何とか止めることが出来たのだった。
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