第84話 ルイスの悪夢

「はあっ、はあっ、はあっ……!!」


 とある人気のない場所で、ルイス・ソードマンはたった一人訓練に打ち込んでいた。


 魔法を纏った剣を、体力と魔力の続く限り振るい続ける、いわば基礎訓練だ。


 こうして常に魔法を纏った剣を振るい続けることにより、魔法そのものを刃とし、剣という“核”がなくとも変わらぬ力を発揮出来るようにする──というのが、ソードマン家の提唱する訓練目的なのだが……ルイスは、どうしてもそれが出来なかった。


「はあっ……くそっ!!」


 手にしていた剣を投げ捨て、その場に座り込む。


 努力を怠ったことはない。

 幼い頃から訓練に打ち込み続けて来たし、自分なりに試行錯誤もしている。


 だが、結果が出ない。


 その現実が、ルイスの心を苛んでいた。


「どうすりゃいいんだ、俺は……!!」


 ソルドと決闘し、自分の道を探す決意をしたはいいが……やはり、そう簡単に見付かるのであれば苦労はない。


 そう分かっているのだが、だからといって現状を甘んじて受け入れることなど、ルイスには出来なかった。


 なまじ、悪魔に取り憑かれた男子生徒との戦いで、ソルドとティルティの戦いを見ていることしか出来なかったからこそ、余計に。


「どうすりゃいいんだ……」


 タイタンズの残党が蠢き、悪魔という未知の脅威まで出現した。


 この状況で、今弱くてもいずれ自分の道を見つけられれば──などと悠長なことは言っていられない。


 ソードマン家の男なら、弱きを守り悪鬼を討ち果たす剣となれ。


 たとえ才能がないと言われようと、ルイスの中でその志が折れたことなど一度もないのだ。


「誰か、教えてくれよ……」


 それでも、やはり弱音が溢れ落ちる。

 自分の道がどこにあるのか、どうすれば強くなれるのか。


 いっそ──もうこれ以上強くなれないというのなら、それを先に教えて欲しい。


 そんな気持ちが頭を過ぎったのを自覚したルイスは、即座に頭を降って後ろ向きな思考を追い出した。


「くそっ、ダメだダメだ!! こんな陰気な場所で訓練してたら、こっちの気も滅入っちまう」


 静かに落ち着ける場所で訓練に励めば何か変わるかと思ったが、これでは逆効果だ。


 立ち上がったルイスは、苛立ちのままに捨ててしまった剣に謝罪するように拾い直し、その場を後にするべく歩き出す。


「いっそ、もう一度ソルドと決闘するか……アイツと戦えば、このくだらねえ悩み事斬り飛ばしてくれる気がする……」


 まだ出会ってさほど時間も経っていないというのに、それほどまでに信用を置いている自分の心境に、ルイスは思わず苦笑した。


 だが、そう悪い気分でもない。


「そういやアイツ、朝は親父の道場に行くとかなんとか言ってたな……アイツを育て上げた親父さんなら、あるいは俺も……」


 そんな期待に胸を膨らませるルイスだったが、そこでふと、背筋にゾッと冷たい感覚が走る。


「っ、誰だ!?」


 剣を構え、素早く周囲を見渡す。


 何もいない。勘違いだったかとも思うが、自身の体を蝕む恐怖と悪寒は消えていない。


 己の勘を信じ、警戒を解かずにじりじりとその場から離れていくルイス。


 そんな彼の背後に、突如明確な気配が現れた。


「はあっ!!」


『おっと……いい反応だね、悪くない』


 剣を振り抜いたが、手応えはない。

 見れば、そこには黒い"モヤ"のような何かが浮かび、『ククク』と不気味な笑い声を響かせていた。


「何者だか知らねえが、まともな存在じゃねえことだけは確かだな……そこに直れ、叩き斬ってやる!!」


『おっと、怖い怖い。まだ何もしていないというのに、血の気が多いのはマイナスだね』


「てめえの評価なんざいるか!!」


 剣に炎を纏い、再び斬りかかろうと腰を沈める。


 そんなルイスを宥めるように、黒いモヤは話し続けた。


『まあまあ落ち着けって。俺は敵じゃない……お前の味方だ』


「ハッ、ふざけんな。誰がそんな甘言に乗るかよ」


 正体不明とはいうものの、ルイスはその正体が恐らく悪魔だろうと当たりをつけていた。


 学園であれほどの騒動を起こし、怪我人を続出させた存在の言うことなど信じられるかと吐き捨てる。


 ──だが。


『お前達の学園でのことを言っているのなら、俺達のせいにするのは心外だなぁ……あれは、あの男がそれを望んだ結果だというのに』


「……どういう意味だ」


 ルイスは、気付いていなかった。


 彼は本来、クロウやライルからも言及されるほどの脳筋で、言葉よりも先に手が出るタイプだ。

 そんな自分が、剣を止めてまで悪魔との対話を優先してしまっている、現状に対する違和感に。


『俺達はなぁ、この世界で生きるためには人の体にちょっとばかり宿らせて貰う必要があるんだ。別に乗っ取るってわけじゃね、あくまで体の主導権は人が持つ。ほんの少し間借りするだけさ……もちろんタダでってわけじゃねえ、代わりに望みを叶えてやる』


「望み……?」


『ああ。……力が欲しいんだろう?』


 ドクンッ、とルイスの心臓が跳ねる。


 それは、ルイス自身の心の動揺を表したものか、はたまた……周囲に広がり始めた不気味なモヤによって、ルイスの体が警告を発したものか。


『俺ならお前の望む力をくれてやれる。学園の男は自分をバカにする連中を見返すことを望んでいたが、お前は違うだろう?』


「俺は……ソードマン家の……正義のために……」


『そうそう。ついでに言えばなぁ、俺はああいう危ねえ奴に力を与える仲間のことをあんまり良く思ってねえんだ。俺達で……邪悪な悪魔を止めようぜ?』


 まだ了承すらしていない。ただ会話をしているだけ。


 にも拘わらず、ルイスの心は悪魔の側に傾き、最初に抱いていたはずの嫌悪感すらいつの間にか失っていた。


「ああ……俺は、悪魔の暴挙を止める……そのために……お前の力を寄越せ!」


『キヒヒヒ! 契約成立だ……いいぜえ、これからよろしくな、相棒!!』


 マッチポンプにも近しい影響を与えながら、ルイスからの言質を勝ち取った悪魔はその体へと入り込んでいく。


 こうして、貴族学園にまた一つ、新たな脅威が誕生するのだった。

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