第83話 ガランドの勘違い息子対談

 えー、俺の名前はガランド・レンジャー。最近は王都で剣術道場をやっているなんちゃって師範だ。


 さて本日のイベントはだな……なんか、貴族学園に通ってる息子と娘が揃って尋ねて来たんだ。


 やけに、真剣な雰囲気を携えながら。


「……父さん、実はどうしても相談したいことがあって来たんだ。情けない話で申し訳ないんだけど……」


「ふふふ……」


 片や、やけに疲れと苦悩が滲む表情のソルドと、片ややけにニコニコと充実顔のティルティ。


 時間帯は朝。起きてすぐ一緒に来たのは間違いない。


 更に言えば、ソルドの首には謎の“虫刺され”のようなものがあり……俺は、全てを察した。


「そうか……いや、そう畏まるな、いつかはこんな日が来るとは思っていたんだ……」


 思えば最初から、ティルティのソルドに対する想いは並々ならぬものがあった。


 ソルドのバカは朴念仁過ぎて気付いていなかったが……二人ももう年頃だ、親元を離れて寮暮らしともなれば、羽目を外し過ぎて一線を超えることだってあるだろう。


 ミラウの奴がなんて言うかは分からないが……ここは父親として、二人の前途を祝福してやらなければなるまい。


「本当に? 父さんは、この事態を最初から予測して王都に残る道を……?」


「ああ、当然だろう? 俺を誰だと思っている?」


「っ……流石です。やっぱり、父さんにはまだまだ敵わないや」


 実際はただ陛下から頼まれただけなんだが、せっかくなのでそういうことにしておく。


 実際、ソルドとティルティの二人だけなら、ソルドが“そういうこと”になる可能性もあるとは最初から思っていたしな。


「だったら父さん、教えてくれ……! あの悪魔を抑える技を!!」


「……んー?」


 悪魔? 何の話……ああ、もしかして、ミラウに怒られることを心配して、そうなった時どう対処すればいいか聞かれてるのか? 確かに、あいつは怒ると悪魔みたいだからなぁ。


 あるいは、学園に悪魔のように恐ろしい教師がいるのかもしれない。

 あそこは貴族同士の交流のための場ではあるが、不純異性交遊には厳しいからな。


 まして、形式上二人は兄妹だ、怒られる可能性は高いだろう。


 だがしかし!! 俺はそういった分野においては大先輩、スペシャリストを自称する男。


 当然、切り抜ける方法くらい心得ている。


「いいかソルド、そういう時はな……頭を下げろ!!」


「へ……?」


 予想外の回答だったのか、ソルドはポカンと口を開けて固まってしまっている。


 ふっ、まだまだだな、ソルドも。


「いいか、悪魔の怒りとは災厄そのもの……真正面から立ち向かってはこちらの身も心も削られるばかりだ……故に、耐えろ。ひたすらに耐えるんだ」


「でも父さん、耐えるばかりじゃ反撃出来ないし、何も守れないじゃないか!」


 なるほど、その状況で自分ではなく、共に怒られるであろうティルティを守ることを優先するとは。


 鈍すぎることが玉に瑕だが、それ以外はいい男だよ、お前は。


 だが……甘いッ!!


「いいかソルド、攻めるばかりが相手を打ち崩す手段ではない。嵐のような猛攻に耐え、疲労を蓄積させ、僅かな隙を突いて有利を取る……それもまた、一つの戦い方なんだ。鉄壁の魔獣、クラブタートルのようにな」


 悪魔と化したミラウに何か反論するなど愚策中の愚策。

 まずは相手に思う存分怒らせて、感情が落ち着いた頃を見計らって少しづつ状況を改善していくのだ!


「心配するな、しっかりと効いている風に繕えば、矛先がお前から逸れることはない」


「……なるほど」


 俺の考えを理解したのか、ソルドは深く頷いた。


 そして、俺に対して尊敬の眼差しを向けてくる。


「やっぱり、父さんは最高の剣士だよ。父さんのお陰で、俺も対処法が見えてきたかもしれない!」


「そうかそうか、それは何よりだ、はっはっは! まあどうしてもダメだったら、その時は任せろ、俺が何とかしてやる。だから、まずは自力で何とかしてみるといい」


「はい!!」


 そう言って、ソルドは立ち上がる。


「早速学園に戻って、修行してみます。ティルティ、協力してくれるか?」


「もちろんですよ、兄さん。それではお父様、また」


「おう、またな……?」


 修行? どういうことだ?


 何だか微妙に、そして致命的な齟齬が生じているのを感じつつも、その正体が掴めないまま二人と別れる。


 うーん? と首を傾げていると、部屋の中に俺の生徒……ログロイが入ってきた。


「先生……俺は先生のこと誤解してたよ。女を見て鼻の下を伸ばすだけの変態じゃなかったんだな」


「失敬な、男が女を見て反応するのは本能ってもんだぞ。……というか、誤解ってどういうことだ?」


 意味が分からず、もはや傾げすぎた首が地面と水平になってしまう俺に、ログロイはいい笑顔で言った。


「いや、悪いとは思いつつ今の話聞いてたんだけどさ。先生、今話題の悪魔にも勝てるんだろ? すげえな」


「……話題?」


「ああ、貴族学園が悪魔の襲撃を受けて、大勢の怪我人が出たって、道場の女どもが話してたろ?」


 その話をしてたんじゃないの? とログロイに聞かれ、俺はようやく自分の過ちに気が付いた。


 悪魔。それこそ、魔人すら超える古の災害として語り継がれる、御伽噺の存在だ。


 そんなものが本当に実在したというのも驚きなら、目と鼻の先にある学園が襲撃されたというのも驚きだし、何より。


 そんな化け物への対処法を、同じく化け物の部類であるソルドが俺に相談に来ていたかもしれないという事実が恐ろしい。


「みんなに伝えときます、何かあったら先生が守ってくれるからここに来いって。それじゃあ」


「ちょっ、待っ……!?」


 俺が対処してやると言ったのは、悪魔のように恐ろしいミラウに関してであって、悪魔そのものじゃない!


 そう訂正したかったんだが、ログロイはさっさと部屋を出て、素振りをしているだろうみんなの方へ行ってしまった。


「……どうしよう、これ」


 本当に、どうすればいいんだ!?


 絶望的な状況に、頼むからソルド一人で全部解決してくれと祈ることしか出来なかった。

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