第82話 兄妹の逢瀬
俺の知ってるゲーム、“ノブファン”には続編があったらしい。
俺以外の、もう一人の転生者を名乗ったマニラからそう告げられた後、俺は寮には戻らず一人学園の中庭でベンチに腰掛け、一息吐いていた。
「続編があるとか聞いてないぞ……全く、どうなってんだよ」
誰もいない夜の中庭に、俺の嘆きが寂しく響く。
なんでも、マニラ自身ゲームの内容と随分違う展開に戸惑っていたらしいんだけど、その中心にいるのが俺だったので、同じ転生者なんじゃないかと目を付けていたらしい。
まあ、それ自体はいいんだ、俺としても、ティルティの今後について相談出来る相手がいるのは心強い。
ただ問題は……その続編とやらで、死んだはずのティルティが悪魔に体を乗っ取られて復活するって展開があるらしいことなんだよ。
「悪魔か……どうしたもんかな」
概念を直接操る悪魔の力は、人の扱う魔法の効果が薄いらしい。
例外は、スフィアの持つ聖属性の力。これだけは魔獣同様、悪魔に対する特効を持ち、教師や本職の騎士達でも勝てなかった悪魔達を退けるんだと。
それだと、攻略対象達が何も出来ないんじゃ? って感じなんだが、ここでまさかの新キャラが出てくるらしい。
海外からの留学生で、スフィアが持つ聖属性の力を武器に込める技術を持っているんだとか。
後、まさかのショタ枠だとマニラは熱弁していた。どうでもいいわ。
「うーん……」
その留学生とやらを探そうにも、手掛かりの一つすらない。
それに、その留学先が作る武器もあくまで魔道具らしいから、俺には使えないし……なかなか習得出来なくて諦めてたけど、やっぱ俺もスフィアの技を……。
「兄さん」
「おわっ、ティルティ。こんなところでどうしたんだ?」
「こちらのセリフですよ。待っていたのになかなか帰ってこないから、心配したんですよ?」
「そっか……悪い、ちょっと一人で考えたいことがあってさ」
「それって、マニラさんの話と関係あるんですか?」
「まあ、そうだな」
転生云々の下りは省いて、悪魔の脅威について忠告を受けたんだとティルティに話す。
その話だけなら、なんでみんながいる時に話さなかったんだって感じになるから、ちょっと誤魔化すのが大変だったんだけど。
「ふーん……そうですか」
案の定、ティルティは俺が少し隠し事をしているのを見抜いたのか、ちょっと面白くなさそうに唇を尖らせている。
でも、それを追及するでもなく、ティルティは隣に腰掛けた。
「兄さん、私のことそんなに信用出来ないですか?」
「いや、いきなりどうした? ティルティのことは世界一信用してるけど」
「そうではなくて……もう少し、私も兄さんに頼って欲しいです」
そう言って、ティルティは自身の胸に手を置いた。
思わぬ発言に何も言えないでいる俺に、ティルティは更に言葉を重ねる。
「兄さんが私を守りたいと思ってくれているように、私だって兄さんを守りたいし、力になりたいんです。兄さんが私に隠し事をするのは今に始まったことじゃないので、とやかく言いませんが……悩んでいるならせめて、相談くらいはしてください。じゃないと、寂しいです」
「……俺、そんなに分かりやすく隠し事してたか?」
「はい、兄さんはすぐ顔に出ますし」
しれっと告げるティルティを見て、敵わないな、と思う。
そんな俺に、ティルティは更に畳み掛けた。
「それに、お悩みの内容も……悪魔にどう対処するかって。そもそも、兄さんが悪魔と戦わなければいけない理由はないはずです。生徒会だって、あくまで騎士団のサポートをするために殿下が立ち上げた組織であって、率先して矢面に立つことは想定していません」
「いや、それはそうかもしれないけど……でもさ」
もし何かあった時に、お前を守れるようになりたいんだ──
そう言おうとした俺の肩に、ティルティがそっと頭を乗せる。
「でも……兄さんは、戦うんでしょうね。兄さんは、困っている人を放っておけない、お人好しですから」
「……そんなにお人好しに見えるか?」
「自覚がないなら、ちょっとお医者様に診てもらった方がいいと思うくらいには」
「そこまで!?」
「はい」
ハッキリと断言されて、俺は愕然とする。
そんな俺にくすりと笑みを溢しながら、ティルティは言った。
「でも……私は、そんな兄さんのことが好きですよ。誰よりも」
「…………」
ティルティのその言葉に、いつもなら「俺もだよ」って返すところなんだけど……なぜか今日は、そんな風に軽々しく言っちゃいけない気がした。
ただ静かに黙って言葉を探していると、ティルティは空気を変えるように「そうだ!」と体を離して立ち上がる。
「剣のことなら、お父様に聞いてみるのはどうですか? 兄さんのお師匠様でもあるんですから、きっと良いアドバイスをくれると思いますよ」
「そういえば、父さんって今も王都にいるんだっけ?」
国王陛下に頼まれて、ちょっとした剣術道場をやると言っていたはずだ。
本音を言えば、俺もそこに通いたかったんだけど……父さんから、「お前みたいなガチガチの剣士じゃなくて、もっとか弱い初心者に護身術を教える緩いやつだから、お前は来るな」って言われちゃったんだよな。
でも確かに、少し相談しに行くくらいなら問題ないかもしれない。
「ありがとう、ティルティ。ずっと一人で考えてたら、このまま朝まで引き摺るところだったよ」
「どういたしまして。お礼は、兄さんと添い寝する権利でいいですよ?」
「そんなのでいいのか……? いやけど、俺の部屋はルイスもいるしなぁ」
「じゃあ私の部屋に来てください。一人部屋なので、誰に憚る必要もないですよ」
「……男の俺が女子寮に入るって、ちょっとマズくない?」
「私へのお礼なんですから、それくらいのリスクは負うべきだと思いますよ、兄さん♪」
「ははは……分かった、そうするよ」
小悪魔のような笑みを浮かべるティルティに、俺は降参とばかりに頷いた。
こうして俺は、少しだけ晴れた悩みと引き換えに、女子寮に侵入してティルティと添い寝するというミッションを課せられることに。
翌朝、脱出する際に普通にシルリアに見付かって怒られることになるんだけど、それはまあ、ご愛嬌ということで。
後……朝起きたらなぜか、俺の首とか頬に虫刺されみたいな痕がいくつかあったんだけど、何だろうな、これ??
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