第80話 事件発生

 俺達が悲鳴の聞こえた場所へ向かうと、そこは既に地獄絵図って感じだった。


 貴族学園にいくつかある施設の一つ、魔法の訓練等をするための闘技場が炎に包まれ、多数の生徒が中で倒れている。


 ちょっとヤバいな、これ。


「クソッ! 一体何が起きてやがるんだ!? あいつが元凶……なのか!?」


「ぐおぉぉぉぉ!!」


 燃え盛る闘技場の中心で、一人の男子生徒が全身から炎を噴き上がらせ、叫んでいた。


 普通に考えれば、あの生徒が事件の犯人……なんだろうけど、様子がおかしい。


 どう見ても、正気を失ってる。


「魔人化……ってわけでもなさそうだな、何なんだ一体?」


「兄さん、考察は後にして早く押さえましょう。このままだと犠牲者が出ます」


「っと、そうだな」


 ティルティの言う通り、考えるのは後だ。

 教師も遅れてるみたいだし……今はまず、この騒動を早く鎮圧しないと。


「つってもどうすんだ!? こんなに燃えてたら、剣じゃ近付くことも出来ねえだろ!?」


「そこは俺が何とかする。それより問題は、明らかに暴走してるあいつをどう止めるかってことなんだけど……」


 かなり激しく燃えてるけど、逆に言えばそれだけだ。これくらいなら、俺でも斬れる。


 それより問題は、今まさに炎を出して暴れてる当人をどう止めるかなんだよな……こんなことなら、スフィアにも付いてきて貰えば良かったか。


「それは私が何とかします。任せてください、兄さん」


「ティルティ、行けるのか?」


「はい」


 ティルティが自信を覗かせる表情で、大きく頷く。


 よし……そういうことなら、問題ないな。


「距離は?」


「十メートル圏内なら確実に」


「分かった。合図したら、突っ込んできてくれ」


「はい、よろしくお願いしますね、兄さん」


 兄妹で頷き合い、俺は剣の柄に手を添えながら炎の中に突っ込んでいく。


 後ろで、ルイスが叫んでる声が聞こえたけど……問題ない。


「一の型──《氷狼一閃》!!」


 剣を抜き放つと同時に、凍結の斬撃が炎を瞬時に凍りつかせる。


 真っ赤に染まっていた闘技場があっという間に白に塗り潰されたその光景に、ルイスは「はぁ!? なんで炎が凍るんだよ!?」と目を剥いていた。


「これで……っ」


「があぁぁぁぁ!!」


 どうか、と思ったけど、それじゃあ男子生徒は止まらなかった。


 俺が凍りつかせた闘技場を、再び赤く染め直さんと炎が勢いを増していく。


 しかも、それまでのようにただ炎の領域を広げるのではなく、炎の球体を無数に生み出し、無差別に周囲を破壊し始めた。


 ……これは、もう少し細かくやらないと、ティルティが踏み込める間合いが作れないな。


「よし……ここは、新技で行くか」


 そう決めた俺は、意識を剣に集中する。


 まず、俺自身に降ろすのは幽霊レイス。虚像の剣を生成し、幻の斬撃で敵を斬る技。


 そこに、


 虚構の刃に、フェンリルの凍気を乗せて──


「魔神流剣術──連式・六の型!!」


 触れただけで対象を凍てつかせる凍結の刃を、自身の周囲に無数に浮かべる。


 それらを次々手に持ち、操り、飛び交う全ての炎へ向けて投げ放った。


「《幽乱雪花》!!」


 倒れた生徒を襲う炎球を次から次へと撃ち落とし、形を変えて周囲を飲み込もうとする炎を抑え込む。

 炎が生まれる度に切り裂き、凍てつかせ、封殺する。


 これで、これ以上の被害は出ない……はずなんだけど、それでも男子生徒は狂ったように炎を出し続けていた。


 ……男子生徒の様子といい、この炎から感じる妙な手応えといい、やっぱりどこかおかしい。


 単なる洗脳とも、魔人化とも違う。なんなんだこれは?


「まあ、今は悩んでても仕方ない、か!」


 考えるのは一旦止め、暴走する生徒の足下に三本の氷剣を突き立てて、溢れる凍気でその全身を一瞬氷漬けにする。


 これで、流石に抵抗出来ないだろう。


「今だ、ティルティ!」


「はい!」


 薄皮一枚凍らせただけだから、すぐに内側から炎が食い破って溢れ出すはず。でも、それまで僅かに時間がある。


 その僅かな間に、ティルティが一気に距離を詰めた。

 腕に何かをはめ込むと、それを氷漬けになった男子生徒へ向け──


「闇魔法・邪転式……《洗脳ブレインコントロール》」


 掌から広がる闇の波動が生徒を包み、徐々にその荒れ狂う魔法を鎮めていく。


 それに合わせて、男子生徒を包んでいた氷も砕けて、その場に倒れ込む。


「ティルティ、様子はどうだ?」


「ひとまず、命に別状はなさそうです。他の生徒の皆さんと合わせて、早く医務室へ運びましょう」


「そうだな。ルイス、協力して運び出すぞ。……ルイス?」


「ああ……そうだな」


 なんだか歯切れの悪いルイスに首を傾げつつも、今はまず怪我をした生徒達の介抱が先だと、俺はすぐに動き出す。


 そうして救出作業をしている間も、ルイスはずっと浮かない顔のままだった。

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