第75話 ガランドの新たなお仕事
俺の名前はガランド・レンジャー。ついに木っ端ではなくなり……なぜか英雄とまで持て囃されるようになってしまった一般凡人だ。どうしてこうなった?
そりゃあ昔の俺は、英雄になってみんなからチヤホヤされる毎日に憧れていたもんだが、いざなってみるとこんなもん、勘弁してくれ以外の言葉が出てこない。
周囲の期待は重いし、出来もしない仕事を出来るだろうみたいな感じで軽く押し付けられるし……後、別に妻からの評価は変わらないし。踏んだり蹴ったりだ。
「先生〜! こっち教えてくださ〜い!」
「はいよー!」
ああでも、これだけは英雄になれて良かったかもしれない……。
現在俺は、数多の貴族……特に魔法が特別得意じゃない準貴族から、護身用の剣を教えて欲しいと依頼を受け、王都に臨時の道場を開いている。
正直、この話を聞いた時は勘弁してくれと思ったんだが、陛下からも是非にと言われては、とても断れない。
果たしてどうなることかと思ったんだが……なんと、俺の道場(仮)にやって来るのは、うら若きご令嬢がほとんどだったんだよ!
いくら実績があるからって言っても、剣なんて時代遅れの玩具だって認識が強いからな、男はあまり習いたがらないみたいなんだ。
貴族学園の授業が終わった後、サークル感覚でこっちに来る年頃の女子生徒なんかもいて、本当にこう、素晴らしい。
いやぁ、眼福眼福。
それに何より、どっかのバカ息子とかその弟子みたいに、訳の分からない化け物染みた天才がいないっていうのがいい。
基礎を教えたら、基礎しか出来ない!! 何なら教えたはずの基礎すらちゃんと出来てない!!
ああ、出来の悪い生徒の何たる安心感。これだよ、これ。あいつらがおかしいんだ。
「おい先生! 女に鼻の下伸ばしてばっかいないで、俺のこともちゃんと指導してくれよ!」
そうやって、俺が女の子達を手取り足取り(断じて卑猥な意味ではない)教えていたら、現在道場唯一の男子が俺に文句を言ってきた。
褐色黒髪の、外国から来た十二歳の少年、ログロイだ。
年齢層は一番下だが、実の所一番筋の良い生徒で……その小生意気な性格もあってか、道場の女の子達から大人気である。
「あらログロイ君、ダメじゃない、先生にそんなこと言っちゃ」
「そうだぞ〜、先生はすごい人なんだから、ちゃんと敬わなきゃ」
「敬われたいなら敬われるような振る舞いをするべきだろ! ってこら、お前ら、撫でるな! 俺は子供じゃない!」
至極真っ当な意見を口にしては、女の子達に取り囲まれて顔を赤くするログロイ少年。
うんうん、女慣れしてない感じが若くていいねえ。
うちの息子だったら、戸惑いはしても赤面まではしないから、シンプルにモテ男って感じであまり面白くないんだが。
その点こいつは、いちいち反応が可愛くて、弄りたくなる女の子達の気持ちも分かる。
「ははは、それじゃあこれ以上怒られて授業料泥棒って言われないために、お前のこともちゃんと指導してやるか」
「最初からやれ!」
文句を言われながらも、俺が教えると素直に応じ、木人形に向かって木剣を打ち込んでいくログロイ。
出来の悪い生徒もいいが、こういう程々に吸収の早い教え子も見ていて楽しいものだ。
問題は、俺が基礎しか出来ないから、これ以上何も教えられないことだが。まあ、ログロイもそう遠くないうちに国に帰るだろうし、問題ないだろう。
「ったく……ちゃんと見てろよ先生!!」
「はいはい」
うちの道場唯一の男というハーレム状態なんだが、ログロイは女より剣がいいらしい。
まだまだ子供だな、と思いながら、微笑ましい気持ちでその姿を見る。
「いくぞ……魔神流剣術、一の型!! 《氷狼一閃》!!」
びゅんっ、と、俺でも十分に目で追えるくらいの斬撃が放たれた。
うんうん、と頷きながら、それを見届けると──ピシッ、と。
木人形に、薄らと切れ目が入った。
……んー??
「あ、見てログロイ君、ちょっと斬れてるわよここ」
「えー! すごいじゃない、成長したわねえ」
「こんなの全然凄くないだろ! 先生の剣に比べたら!」
「まあそれはそうだけど、いきなり先生の剣と比べるのは良くないわよ?」
「そうそう、先生はお城より大きな魔人を斬るくらいの凄腕なんだから」
「あら、それをしたのって先生じゃなくて、先生の息子さんじゃなかった?」
「どっちでも同じじゃない? 師弟なんだし」
「それもそうね」
いやいやいや、全然違うからね? ソルドには出来ても俺は出来ないから。
というか、あれ? ログロイが木人形を斬ったことに驚いてるの、俺だけ? あれ? 木剣で木人形を斬れるのって普通なの??
いやまあ、ソルドは同じくらいの訓練期間で、的を離れた位置から両断していたのは確かなんだが。
……あれと比べれば普通、なのか?
「ともあれ、ログロイ君がまた一歩、立派な剣士に近付いたことは確かね」
「ええ、今日はお姉さん達とお祝いしましょ! 何食べたい? 何でも奢ってあげるわよ〜?」
「やめろぉーーー!!」
うん、きっと普通だよな、俺に才能がないだけで、これくらいはきっと普通のことなんだ、そうに違いない。
……そうであってくれ。
そんな切実な願いを抱きながら、俺は女の子達に囲まれ赤面するログロイの姿を、遠い目で眺め続けるのだった。
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