第72話 王都の夜

 さて、父さんが伯爵位を賜ったり、スフィアとの再会やルイスとの決闘など、入学前からイベント目白押しだった本日も終わりを迎え、既に夜。


 入学前とはいえ、遠方から来る生徒のために既に学生寮は解放されているということで、俺とティルティは早速そこで体を休めることにした。


「兄さんと同室が良かったです……」


「兄妹だからって、男女が同じ部屋で寝られるわけないじゃないか。せっかくの機会なんだし、新しい友達作れよ。シルリア以外と仲良くしてるところ、見た事ないぞ?」


「むぅ……」


 不満そうなティルティを撫でながら、「また明日な」と笑って別れる。


 そんな俺と離れることを最後まで惜しむティルティの姿に、可愛いな、なんて呑気な感想を抱きながら、俺も自分の部屋に向かうと──


「あ……ソルド、おかえり」


 なぜか、部屋着でベッドの上に転がって寛ぐシルリアがいた。


 パタン、と扉を締め、目頭を揉んで溜まった疲れを解してから、改めて扉を開ける。


 そんな現実逃避の甲斐なく、そこにはやっぱりシルリアがいた。


「何してるの?」


「いや、こっちのセリフなんだけど。どうしてシルリアがここにいるんだ? ここ男子寮だぞ?」


「忍び込んだ」


「ダメじゃないか」


「細かいことは気にしない」


 相変わらずどこか掴み所がないシルリアの言動に、俺は溜息を吐く。


 ティルティも随分と成長したものだけど、二年前の時点で発育が良かったシルリアはそれ以上だった。


 背は低いのに、胸だけやたらと大きく育ったその姿は、栄養の全てが胸に行っているのでは? と聴きたくなる。


 ティルティは胸よりも身長が伸びている感じなので、纏う雰囲気でいえばシルリアよりかなり大人っぽいんだけどな。


「ソルド、変なこと考えてる」


「ソンナコトナイヨ」


 バカ正直にセクハラ同然のことを考えていましたなんてことを言えるはずもなく、適当に誤魔化す。


 そんな俺に、シルリアはベッドに転がったままボソリと呟いた。


「まあ……ソルドになら、変なこと考えられても嫌じゃないけど……」


「へ?」


「なんでもない」


 それより、と。シルリアはベッドを降りて、俺の方に歩いてくる。


「ソルド、覚えてる? 二年前、うちのお兄が私達の婚約を、って言ったこと」


「あー……そんなこともあったなぁ」


 すっかり忘れてたけど、確かにライクからそんな提案をされたこともあった。


 あの時、シルリアがライクをぶっ飛ばして話が終わったんだっけ。


 そうやって、昔のことを思い出して懐かしく思っていると……シルリアが、更に一歩俺に近付いて来る。


「これからは、学園でずっと一緒。負けないから」


「お、おう……?」


 負けないって、何に対してだろう?

 シルリアはいつも言葉数が少ないから、時々何を言ってるのかよく分からない。


 でも……なんか、今日のシルリアは、伝わらないって分かっててその言い方をしてる気がする。


「それと……二年前に壊滅させたタイタンズだけど。最近、残党が怪しい動きをしてるみたいだから、気を付けて」


「それは……警戒しないとだな」


 よく分からない話題から、結構差し迫った話題にいきなりシフトして、温度差で風邪を引きそうだ。


 タイタンズといえば、ゲーム本編でもティルティと共に数々の悪事を働いた組織なんだし……一度潰したからって、やっぱり安心出来ないか。


「警告ありがとう、気を付けるよ」


「ん。それじゃあ、また。……あ、一つだけ、忘れるところだった」


 話すべきことは終わったと、部屋を後にしようとしたシルリアだったけど、途中で思い出したように振り返り、俺に抱き着いて来た。


 珍しい行動に戸惑う俺に、シルリアは一言。


「久しぶりに会うから、マーキング」


「マーキングってお前な……」


 確かに、シルリアと会うのはもう一年ぶりくらいになる。


 久しぶりに会えて嬉しいのは俺もだし、ここは素直に受け入れておこう。


 すりすりと頭を擦りつけて来るシルリアを、しばらくそっと撫でていると……ガチャリと。


 唐突に、部屋の扉が開いた。


「ったく、訓練のし過ぎも考え物だな、すっかり遅くなっちま……った……」


 青髪の魔法剣士、ルイス・ソードマン。

 ついさっき決闘したばかりの男が目の前にいることに、俺はぴしりと固まってしまう。


「……ルイス、なんでここに?」


「……そりゃあ、ここが俺の部屋だからだよ。同じ伯爵家の人間だし、同室なんじゃねーの?」


「……あー」


 言われてみれば確かに。この学園寮は二人一部屋で、大体同じ爵位の子供が同室になるわけだから、ルイスがそうだったとしても何もおかしくはない。


 ただ、間が悪かっただけで。


「とにかく、あれだ……別にお前が誰を連れ込もうが好きにすりゃあいいけどよ、俺がいない時にしてくれな?」


「そういうんじゃないから!!」


「……むぅ」


 思わず反論する俺に、なぜかシルリアは抗議するように俺の胸に頭突きしてきた。


 いてて、とリアクションする俺に、シルリアは体を離す。


「それじゃあ、またね。これ以上は、ティルティに怒られる」


「……? いや、ティルティはシルリアがいたら喜ぶと思うけど」


「……ソルドが、怒られるかも」


「えっ」


 予想外過ぎる言葉に固まる俺に、シルリアはその理由を語ることなくトタトタと部屋を去っていく。


 呆然とする俺に、ルイスはなぜか励ますように肩に手を置いて来る。


「よく分かんねえけどよ……お前、あんまり女を泣かせるようなことするなよ?」


「なんで今日会ったばかりのお前まで、母さんみたいなこと言うんだよ」


「そりゃあ……誰だって同じこと思うからだろうよ」


 微妙に納得いかない俺に、ルイスは若干呆れ顔を浮かべながら「お前にも欠点はあるんだな、ちょっと安心したぜ」なんて呟いて。


 王都での最初の夜は、こうして更けていくのだった。

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