第71話 ルイスの悩み

 俺の名前はルイス・ソードマン。ソードマン伯爵家の御曹司だ。


 ソードマン家といえば、王立騎士団に優秀な騎士を何人も輩出してる、武門の名家。当然、その直系である俺は、ガキの頃から強くなることを期待された。


 俺自身、そんなソードマン家の気風は気に入ってる。親父みたいに強くなりてえって、ずっと憧れてたんだ。


 だけど……俺には、才能がなかった。


 ソードマンの魔法戦術は、剣を使った近接戦闘だって言われてるが、本当に強い奴は剣を使わない。


 剣があった方が、魔法を纏わせる媒体がある分やりやすいが、重量がある分動きが鈍くなるのと……どうしても、今ある"剣"のサイズに縛られて、戦いにおける汎用性が下がるんだそうだ。


 だが俺は……剣を使いながらじゃないと、近接戦闘の中でどうしても魔法を上手く維持出来なかった。


 一応、同年代の中では上の方の実力者だとは思うんだが……特別優れているというわけじゃなく、平均よりは上って感じだ。


 ソードマン家の男が、"平均よりは上"なんて立場に甘んじるわけにはいかない。

 家の連中は、そんな俺を見限るでもなく、優しい。親父も、もっと上を期待しているはずなのに、何も言わず見守ってくれている。


 だからこそ、その期待に応えたい。応えなきゃならねえ。


 少しでも強くなるために、話題の剣士に決闘を挑んだ。


 ソルド・レンジャー……ハルトマン侯爵領に現れた巨大な魔人を打ち倒し、クロウと共に階層式ダンジョンを攻略し、マジェスター家の陰謀を暴く一助となったらしい。


 成人もしていない、十歳から十三歳の間にそれをしたってんだから、とんでもねえ実力者だ。将来性を語るまでもない、"今"の時点で大人顔負けの力を持ってやがる。


 しかも……クロウやライクの話を信じるなら、魔法もなしにそれをやってるらしい。


 そればっかりはとても信じられねえ。魔法もなしにどうやって魔人と戦うってんだ。


 そんな、半信半疑の状態で対峙した俺は……自分の考えがいかに甘かったか思い知らされた。


「大丈夫か?」


 完敗だった。

 俺の魔法はその悉くを剣一本で防がれ、気付いたら後ろから剣を突き付けられていた。


 ソルドは一度だって、俺を斬ろうとしていなかったんだ。

 始まる前に、あまり怪我をさせるなと妹から言われていたみたいだが……それを、あっさりと実行しやがった。


 その事実に腰が抜けていた俺に、ソルドは手を差し伸べて来る。


「……ああ、大丈夫だ」


 俺と同じ歳のヤツで、ここまで強い奴がいるなんて。

 その事実に、どうしても暗い気持ちが押し寄せて来る。


 だからってわけじゃないが、差し伸べられた手を握ることさえ少し躊躇って……そんな俺の手を、ソルドのヤツは無理やり引っ張り上げた。


「あんまり気にするな、ルイスはまだ自分の戦い方を見付けられていないだけだ」


「……? どういう意味だ?」


「お前に、親父さんと同じ戦い方は無理だってこと」


「っ……」


 こんな風にハッキリ面と向かって言われたのは初めてで、俺は反射的に噛みつきそうになる。


 けどソルドは、俺が反論するよりも早く、更に言葉を重ねていく。


「お前には、お前にしか出来ない戦い方があるんじゃないか?」


「俺に、しか……?」


「俺も同じだよ。剣は父さんに習ったけど、戦い方は自分で実戦の中で身に着けていったものだし……お前がさっき助けたスフィアなんて、俺の弟子ってことになってるけど、あいつの技は全部あいつ自身で作り上げたものだぞ? 俺と同じ技なんて一つもない」


 だから、と。

 ソルドは、笑顔を見せた。


「剣を無理に捨てようとするな。お前の親父さんは剣が無い方が強かったかもしれないけど、お前までそうだとは限らない。剣が必ずしも魔法に劣らないってことは、俺がたった今証明しただろ?」


「…………」


 本当に、初めてだ。俺にこんなことを言ってくれたのは。


 何も言わず、俺が自分の力でスランプを抜け出せるよう見守ってくれた家族のことも感謝してる。

 だが……ソルドの歯に衣着せぬ物言いは、俺にとって新鮮で心地好い。


「まあ、明日から学友になる人間からの、ちょっとしたお節介だと思ってくれ。忘れてくれても大丈夫だ」


 そう言って、ソルドは俺の肩をポンと叩き、見学していた妹のところへ向かう。


 その背中に、俺は反射的に声を上げた。


「お、おい、ソルド!!」


「ん? どうした?」


 声をかけたはいいものの、何を話すかは全く考えていなかった。

 しばし無言の時間が流れて、ソルドが首を傾げている。


 そんなソルドに、俺は迷った末……無難な言葉を口にした。


「また……俺と決闘してくれるか?」


 まるで告白するみたいな緊張感だな、と自分で自分の言葉に気恥ずかしさがこみ上げる。


 そんな俺に、目を瞬かせながら……ソルドは、ごく軽い調子で答えた。


「ああ、いつでも相手になってやるよ。楽しみにしてる」


 それじゃあな、と手を振って、今度こそソルドは訓練場を後にする。


 妹と二人、仲睦まじい姿を見せながら去っていく背中に、俺は決意を口にした。


「ああ……楽しみにしてやがれ。お前をがっかりはさせねえから」


 貴族学園への入学は、元より楽しみではあったんだが……これまで以上に、学園での日々への期待に胸を躍らせながら。

 俺も、訓練場を後にするのだった。

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