第68話 ガランドと国王の話し合い

 ソルドがスフィアやルイスと出会い、交流を深めている頃──一足早く王城に到着したガランドは、なぜか一人で玉座の間へと案内され、国王……アイヘン・デア・アルバートと相対していた。


「陛下……申し訳ありませんが、我が子達は少々トラブルで到着が遅れており……」


「良い、その話は既に聞いておる。到着したらここへ案内させる故、まずはそなたと私、大人だけで話そうではないか」


「……はい」


 頷きながら、ガランドは内心で絶叫していた。

 どうして、こうなったと。


(俺はただの宴会芸人だっていうのにぃぃぃ!! 何をどう間違ったら直接陛下に謁見して、こんな親しげに声をかけられる状況になるんだ!?)


 どう間違ったかといえば、間違いなくソルド相手に変なホラを吹いたことが原因である。


 ガランド自身それは自覚しているが、精神安定のために心の中で責任を押し付けられる相手を探す。


(それもこれも、俺が英雄だなんだって変な噂を流しやがった奴のせいだ!! アークキマイラ討伐だけならギリギリ分からなくもないが、前にハルトマン家の討伐戦に参加した時の話も、なぜか俺の力でダンジョン攻略に成功したってことになってるし!! どこのバカアホマヌケか知らないが、恨んでやるぅぅぅ!!)


「早速だが……一つ、そなたには謝らねばならんことがある。そなたの戦果に尾ひれを付けて噂を流したのは、私だ」


「申し訳ございませんでした」


「? なぜそなたが謝るのだ?」


 まさか(心の中で)全力で罵倒した相手が国王だとは思わず、即座に土下座の姿勢に入るガランド。


 そんな彼に首を傾げつつ、まあいいかとアイヘンは話を続ける。


「そなたが挙げた戦功は、決して武力だけで量れるものではないことは、クラーク元侯爵からよく聞かされている。だが、民草には分かりやすい武功の方がウケがいいのでな、分かってくれ」


(ちがぁぁぁう!! 俺はただ、討伐隊が敗退続きで沈んだ雰囲気だったから、酒に酔った勢いでちょっと盛り上げてやろうとしただけで……!! アークキマイラの件に至っては、俺本当に何もしてないからね!? 突っ立ったまま気絶してただけで!!)


 一体国王陛下はクラーク元侯爵から何を聞かされたのかと、内心で頭を抱える。


(いや、あの悪戯好きのクラーク様のことだ、かなり面白おかしく脚色して話したんだろうなぁ……!! 前々から、俺の剣技で討伐隊が息を吹き返したとかなんとか、適当なこと言って面白がってたし……)


 トホホ、とどんどん消沈していくガランドとは裏腹に、アイヘンは話しているうちに楽しくなってきたのか、どんどん笑顔になっていく。


 それを見て、ガランドはちょっとばかり危機感を抱く。なんだかこの人、クラーク様と同じ気質な気がするぞ、と。


「せっかくだ、そなたの口から直接聞かせて貰えんか? そなた自身が、どのようにして男爵となり、ソルド・レンジャーなる傑物を育て上げるに至ったのかを」


「…………」


 心の底から話したくない、とガランドは思った。


 ここで正直に全てを話せば、間違いなく面白おかしい英雄譚を期待している国王の不興を買い、最悪処刑されてしまうかもしれない。


 かといって、ここで嘘八百を並び立ててしまえば、もう後戻りは出来ないだろう。

 いつバレるかも分からない嘘を吐きながら、望まぬ英雄として国王の記憶にその名を刻み続けなければならない。


 dead or death

 どちらを選んでもロクなことにならないと分かりきった状況で、ガランドは吹っ切れた。


(もうどうにでもなれぇぇぇ!!)


 こうして、ガランドは国王の前で大ボラを吹いて自分を大きく見せるという、究極の罰ゲームに従事することになるのだった。





 ガランドの話を聞きながら、国王アイヘンは思った。


 こいつは、面白い男だ、と。


(クラークの言っていた通りだな。この男の言葉には、自然と心を奮い立たせる力がある)


 ガランドの語る武勇伝が虚飾まみれであることは、アイヘンも気付いていた。


 そもそも、クラークとてガランドを最強の武人ではなく芸人として紹介していたので、それは当然である。


 しかし、嘘だと分かっていてなお、ガランドの語る武勇伝には、確かに心を振るわされているのを感じる。


『あの時のダンジョン攻略戦は、地獄でしたね。無限に湧き出る魔獣を前に、ボスを倒すどころかその姿を見ることさえ叶わない。負傷者も増え始め、これはいよいよ撤退するしかないと思い始めた矢先……ガランドの奴が、剣舞を披露し始めたのです。あれは間違いなく酔っていましたね』


 アイヘンの脳裏に、当時の様子を語るクラークの姿が思い浮かぶ。


 地獄の戦場だったという口ぶりとは裏腹に、これ以上ないほど楽しげに笑いながら、彼はガランドのことを絶賛していた。


『最初は、ふざけた奴がいると誰もが腹を立てました。けれど……なぜでしょうね、気付けば誰もが、彼を見て笑っていました。俺達ならやれる、次こそは勝つと、勝機の欠片も見えていなかった戦場に、確かに希望の光が灯ったのです』


 そして、と。

 その後の顛末を一足先に思い出したクラークは、一人で勝手に腹を抱えて笑っていた。


『翌朝……第五回目の攻勢をかけた俺達は、拍子抜けしましたね。既に魔獣もほとんど残っておらず、ダンジョンボスも完全に弱り果てていました。どうやら、自らの命を削って魔獣を産み出す、“女王型”というタイプの新種だったようで……あの夜、諦めて撤退していたら、また力を取り戻して、今度こそ手が付けられなくなるところでした。あの戦いに勝利出来たのは、間違いなくガランドの力あってのものだったのです』


(“運命の導き手”……クラークはこの男を、そう呼んでいたな)


 見た目は、ただの冴えない中年だ。

 その能力も、芸者としては一流でも、それ以外は凡庸なのだろう。


 なのに、彼に導かれた者は英雄として成り上がり、その才覚を発揮していく。


 事実、当時の討伐戦に参加した者の多くが、準貴族として魔獣狩りやダンジョン討伐の第一線で活躍しているらしい。


(そんな男の寵愛を一身に受けた唯一の弟子……ソルド・レンジャーか)


 人の身では有り得ない、未知の剣術で強大な敵を打ち倒し、マジェスター家の闇を暴く一助となった少年。


 彼もまた、ガランドのように周囲を導き、ライクやクロウといった面々を目覚めさせると共に、彼自身もまた英雄としての道を歩んでいる。


「はてさて……この国が今後どのような未来を掴むことになるのか、楽しみだな」


 必死に場を盛り上げようとするガランドの奮闘を見て笑いながら、アイヘンはそう呟く。


 なお、そうした本心は一欠片たりともガランドに伝えられることはなく、何なら周囲の人間には英雄としか話さないため、彼に関する誤解が解けることはなく。


 彼の受難の日々は、今後もまだまだ続くのだった。


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