第64話 王族の話し合い

「戻ったか、クロウ。首尾は聞いているぞ、テラード家の倅が行っていた悪事を暴き、断罪したと。……よくやった」


「ありがたきお言葉です、父上」


 ルルト村での一件を終えた後、王城へと戻ったクロウは、事の顛末を父である国王……アイヘン・デア・アルバートへ報告していた。


 とはいえ、そこは流石国王というべきか、大まかな事情は把握済みのようで、説明すべきことなどほとんど残っていなかったが。


「強いて言えば、マジェスター本家の告発という大役をハルトマン家に盗られてしまったのが残念だが……ふふ、あの鼻たれ坊主も、すっかり当主が板に着いたものよ」


「……ライクが?」


 まだ当主になって間もないこともあって、全体的に後手に回っていたライクが、最後の最後に先んじてマジェスターの闇へ牙を届かせたという。


 いかなる手を使ったのか、クロウには想像もつかなかったが……流石だなと、素直に称賛の気持ちが浮かんだ。


「……ふっ、お前も、何か良い出会いがあったようだな。以前とは別人のようだぞ」


「そんなに、あからさまでしょうか?」


「ああ、今のお前なら、すぐにでも王位を譲って構わないと思えるほどにな」


「ありがたいお言葉ですが、遠慮させて頂きたく。私はまだ、学園すら卒業していない未熟者ですので」


 クロウの脳裏に浮かぶのは、ソルドの顔だった。


 彼はライクの従者で、その剣は妹のために在ると公言している。クロウの道と交わる機会は、そう多くない。


 だからこそ、その数少ない機会となるであろう学園の時間は、大切にしたかった。


「ふっ、そうか……ならばこの王位、もう五年は踏ん張るとしよう。それに見合うだけのものを、お前が学園で得られることを祈っているぞ」


「はっ」


 父と相対しながら、クロウは思う。自分の親は、これほど感情豊かに話す人だっただろうかと。


 それとも……自分が、今までそれに気付いていなかっただけなのか。


(バカな話だね……勝手に一人で殻に閉じこもって、世界をモノクロに塗り潰していただけだったとは。これでは、ライクやルイスにも笑われる)


 いや、彼らは最初から、クロウがそうなっていることに気付いていたのかもしれない。


 気付きながら、いつか自分で気付くと信じて見守っていてくれたのなら、幼馴染達にも感謝しなければならないだろう。


(ふふ……あの件からずっと、こんなことばかり考えているな。まるで生まれ変わった気分だ)


 ソルドとの出会いで、自分は初めて本当の意味でこの世に生を受けたのかもしれない。


 そんな、ちょっとばかり過激な思考を持ち始めながら、クロウはふと思い出したように告げる。


「ああそうだ、父上。一つお願いというか、提案があるのですが」


「提案? なんだ、申してみよ」


「レンジャー家に、爵位を授けてはどうでしょうか?」


「ほう……? それはつまり、ハルトマン家に仕える準貴族ではなく、正式な貴族として伯爵位を授けよということだな?」


「はい。彼らには、それだけの力と実績があるかと」


 そうしてクロウが語ったのは、ライクから聞いたものと、自分で見聞きしたものを合わせたソルドの戦果。


 その異常なまでに高い剣の腕を聞いて、アイヘンは興味深いとばかりに何度も頷いた。


「魔法に寄らない、剣の力か。それは、これまでの常識を覆す力だな」


「はい。ソルドを放置し、万が一にでもタイタンズの残党や他国に渡れば無視できない脅威となるでしょう、早い段階で抱え込むのが得策かと」


「なるほど、一理ある。しかし、肝心の当主に武勇らしい武勇がないのでは、多くの貴族は納得しないだろう、そこはどうするつもりだ?」


「そこも問題はありません。今回戦功を挙げたのは、ソルドだけではありませんから」


「ほう……?」


 こうして、ガランドの戦果……アークキマイラが討伐されたという話もまた、国王の耳に入ってしまう。


 その上で、更にクロウは畳み掛けた。


「ソルドを教え導いた師匠であり、怪我を負い一線を退いてなお、アークキマイラを屠るほどの英雄。それを、噂という形で民に広め、レンジャー家に伯爵位を授けられてもおかしくないという空気を醸成しましょう。時間は少々かかりますが、現状はこれが最善かと思われます」


「ふむ、いいだろう。期限はいつまでとする?」


「二年後。ソルドが学園へ入学する頃には、ガランド・レンジャーの英雄像も国民に浸透し、ハルトマン家の支援を受けたレンジャー領も伯爵位に相応しい程度には発展しているはずです。そのタイミングで呼び出し、父上の名で正式に爵位を授けるのがよろしいかと」


「よろしい。では、そのように、お前自身の手で調整してみせよ」


「はっ!」


 失礼します、とクロウはその場を後にする。


 未だかつて見たことのない、息子の生き生きとした表情を目にした国王は、一人になった部屋で呟いた。


「ソルド・レンジャーか……ふっ、あの極端な息子を光の道に引っ張り込むとは、本当に興味深い。さて、そのソルドとやらを引き込むためにも……“英雄、ガランド・レンジャー”の噂、こちらでも何か手を打っておくか」


 こうして、ソルドの評価に引っ張られるような形で、父であるガランドもまた、半強制的に英雄としての道を歩み始めるのだった。


 噂だけが、勝手に。

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