第63話 “悪役令嬢”ティルティ 後編
「ライク様、こちらマジェスター家が把握しているタイタンズの拠点の所在地と、取引のある貴族家のリストです。これだけあれば、タイタンズは十分壊滅させられるでしょう」
「ああ……ありがとう。まさか、本当にこんなものを持ってくるなんて……どんな手を使った?」
「ふふ、秘密です。淑女の手の内を探ろうとするなんて無粋ですよ、ライク様」
マジェスター家を文字通り“制圧”したティルティは、その足でハルトマン家へと向かい、当主ハルバートから搾り取った情報をライクに提供していた。
事前に、「マジェスター公爵家を潰したいから手を貸してほしいです」などと言われた時は、たった一人で何が出来るのかと思ったライクだったが……こうして結果を示されると、過小評価していたと認めざるを得ない。
(いや……シルリアからも、「ティルティも天才だった」とは聞かされていたが……ここまでとは思わなかったな。シルリア、そういうことはもう少し詳しく話してくれ……)
いつも口数少なめな妹の悪癖を思い、頭を抱えるライク。
そんな彼の悩みを余所に、ティルティは話を続ける。
「後はお任せしても大丈夫ですよね?」
「ああ。君の要望通り、マジェスター家の地盤は正当な後継者が決まるまでハルトマン家の預かりになるよう、陛下に掛け合う。君が成人してマジェスターを継ぐまでは、領地収入は僕らが貰う……ということで良かったか?」
「はい、それで大丈夫です」
にこにこと笑うティルティを、ライクは懐疑的な眼差しで見つめる。
今はソルドと離れたくないから、マジェスター家をしばらく預かって欲しい……なるほど、子供っぽいが年齢を考えれば妥当な理由だ。
しかし、たったそれだけの理由のために、本当にマジェスター家を潰してしまうような少女が、果たしてそれ以外の利益の一切を放棄するだろうか?
(間違いなく何か隠している……だろうが、ここで下手につつくのは悪手か)
ティルティがマジェスター家を潰した手段は不明であり、マジェスター家から何を奪ったのかも謎だ。
しかし、ライクもまた彼女とは三年来の付き合いだ。
つまり、ソルドと仲良くしておけば、この得体の知れない少女の矛先が自分に向くことは無いということだ。
「それでは、私は行きますね。きっと今頃、兄さんもルルト村での仕事を終えている頃でしょうから……早く帰って、お迎えする準備をしないと」
「……待ってくれ」
だが、ライクには一つだけ懸念があった。
それを解消しないことには、不安で夜も眠れない。
「……仮に、シルリアがソルドと婚約したら、何かしたりはしないよな……?」
「いやですね、私を何だと思っているんですか? 私、シルリアのことはとっても大切に想っているんですよ?」
心外だとばかりに、ティルティは頬を膨らませる。
事実、この件に関してはライクの考え過ぎだった。
ティルティにとって、シルリアはとても大きな存在だ。
何よりも優先順位が高いのはソルドだが、生まれて初めて出来た友達を大切に想わないわけがない。
それこそ……もしソルドと自分が本当の兄妹だったなら、シルリアとの仲を応援していたかもしれないと思う程には。
「だからこそ、負けるつもりはありませんけどね」
しかし、ティルティはあくまで義妹であり、マジェスターの血を引く公爵令嬢だ。ソルドと結婚する権利がある。
ならば、譲るつもりはない。それだけだ。
「もし仮に、兄さんが
どうやら、本人達にも黙って、父親から直接婚約の言質を取ろうとしていたことはバレているらしいと、ライクは苦笑した。
これ以上ないほど明確な、そのまま心臓すら貫かれそうなほど鋭い釘を刺されたライクは、敵わないとばかりに白旗を振る。
「ああ、分かった。僕は君達の関係には干渉しない、その件に関して侯爵家の力を使うことはないと誓うよ。これでいいか?」
「はい、十分です」
それでは、と。今度こそ、ティルティは部屋を後にした。
それを見送ったライクは、大きく息を吐いて椅子に体を投げる。
「全く、ソルドの周りはどうしてこう一筋縄では行かない人間ばかりなのか……僕のような凡人にはついて行くのがやっとだ」
やれやれ、と嘆くライクだったが、彼自身も大概だ。
少なくとも、ソルドの知る世界線では、年齢にそぐわない政治力でスフィア達の危機を幾度となく救っている。そうでなければ、ソルドの記憶に残ってなどいない。
「僕も少しくらい、武力を持てるように努力するべきか……? いやしかし……どうしたものか……」
周囲のレベルのせいで自分の才能に関しては全く無自覚なまま、ライクはしばしの間悩み続けるのだった。
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