第65話 ゲーム本編開始

 ルルト村での一件から、二年の月日が経った。

 俺も今年十五歳になり、学園に通うことになる……んだけど、数え年で十五になる子供が入学する学園って、冷静に考えるとちょっと半端だよな。


 まあ、この国は十八歳から成人だし、最後の一年は事実上の現場実習みたいな感じらしいから、そうおかしくもない……のか?


 けどぶっちゃけ、そんな制度上の都合なんてどうでもいいんだ。


 そんなことより遥かに重要なのは、これからついにゲーム本編が始まるってことだろう。


「これまで……長かったような、短かったような……」


 前の世界の記憶を取り戻してからというもの、ずっとティルティの破滅の運命を変えるために修行を重ねて来た。


 そのお陰と言っていいかは分からないけど、マジェスター公爵家はタイタンズとの繋がりをライクに暴かれて失墜し、そこで得た情報を元にタイタンズも壊滅させられた。


 ライクを手伝う形で俺も戦ったから、そこは間違いない。


 ティルティも、"マジェスター"としてではなく"レンジャー"として学園に通うことになったし、悪役らしさもどこにもない、とっても良い子に育ってる。


 概ね、俺の知るストーリーにおける破滅フラグは砕けたと見ていいだろう。


 だが、油断は出来ない。勝負はこの一年、ゲーム本編終了までは気を抜かず、最後までティルティを守り抜かなければ。


「兄さん、さっきから何を考え込んでいるんですか?」


「ん? いや……ティルティはいつも可愛いなって思ってただけだよ」


「もう、そんなこと言っても誤魔化されないですからね!」


 馬車に揺られて王都へ向かう道すがら、隣に座るティルティはそう言って頬を膨らませる。


 この二年で、"女の子"から一人の"少女"に成長し、すっかりゲーム本編のティルティそっくりになった。


 でも、ゲーム本編と違い、その表情には他人を見下すような傲慢さはなく、これまでと変わらない素直で優しい心が垣間見える穏やかなものだ。


 そんなティルティを、俺はそっと撫でる。


「嘘じゃないよ、ティルティは本当に可愛くなったからな。学園に入学したら、そこら中の男子生徒にモテモテかもしれないぞ」


 実際、ゲームの明らかに性格が終わってるティルティでさえ、言い寄る男は後を絶たなかったと描写されていたはずだし。


 そこから更に性格まで良くなった今のティルティが、言い寄られないわけがない。


 でも、俺のその言葉にティルティは唇を尖らせる。


「そんなの全然嬉しくないです」


「んー? まあ、あんまり言い寄られ過ぎると面倒かもしれないけど、モテるのはそう悪いことじゃないんじゃないか? 好きな相手が出来た時に、すんなりくっつけるかもしれないし」


「なら、全然役に立っていないので、やっぱり嬉しくないです」


「…………」


 えっ、今の口ぶりだと、ティルティってもう好きな男いるの?

 誰だ。やっぱりクロウか? クロウなのか? それとも、ここ数年は何度か自分から会いに行くことが多かったライクとか?


 まあ、あの二人なら悪い奴じゃないし、本当にくっ付けるならティルティを任せる相手として悪くはないんだけど……でもスフィアとの関係がどうなるか次第だからなぁ、やっぱり今年一年は様子を見ないと……。


「……やっぱり、嬉しくないです」


「????」


 悩む俺を見て、なぜか益々口を尖らせながら呟くティルティに首を傾げると、不満をぶつけるように頭突きして来た。いてて。


 よく分からないけど、ティルティがこうする時は甘えたがっている証なので、頭を撫でながら宥めてやる。


 すると、ティルティはそのまま頭を擦りつけるように体を寄せて来て……やっぱり可愛いな、って素直に思う。


 もっとも、小さい頃ならまだしも、こうしてかなりの美少女に成長した今のティルティにやられると、流石に俺もちょっと緊張しちゃうんだが。


「ふふふ……」


 そんな俺の反応を面白がるように、ティルティは更に体を寄せて来る。


 こらティルティ、腕に抱き着くな。その、当たってるから。この二年で随分と育ったアレが。


「二人とも、そろそろ王都が見えて来たぞー」


 とまあ、そんなやり取りを挟んでいる間に、気付けば王都が近付いて来たらしい。対面に座る父さんから声をかけられた。


 本来、レンジャー領から王都まではかなり距離があって、普通の馬車だと一週間かかる。


 ところがどっこい、この馬車はティルティが作った特別製で、なんと三日あれば着いてしまうのだ。


 魔導馬車──車体に仕込まれた魔法によって、揺れの軽減、馬の疲労軽減と身体強化を同時に行い、いざ急に止まらなければならなくなった時も車内の慣性を和らげることが可能という、とんでもない高性能馬車となっている。


 いずれは、馬すら必要ない完全魔法動力の馬車を作る……とティルティは言っていたけど、ちょっとうちの妹が天才過ぎて怖い。

 ここ数年でレンジャー領がちょっとした……いや、国内でも上位に入るレベルの都会に成長したのも、ハルトマン家の支援のみならず、ティルティの作った魔道具によるところがかなり大きいしな。

 何なら、その凄まじい発展ぶりから、ついに王家から直接伯爵位を与えられるとか、父さんも言ってたし……本当にすごいよ、うちの妹。


 ゲームでは、特にそういう才能があるって描写はなかったように思うので、これは純粋に今ここにいるティルティが努力して得た力なんだろう。

 そう思うと、何だか兄として誇らしくなる。


「ソルド、ティルティ、着いたぞ。ここがこの国の王都……"クルセリア"だ」


 大きな外壁に囲まれた、白亜の町。


 町の中央には巨大な王城が聳え立ち、その少し前には開国の祖と言われる初代国王、クルセリア・デア・アルバートの像が建っている。


 綺麗に区画整理された町並みは活気に溢れ、いくらレンジャー領が発展したと言っても、やっぱり国内一の大都会は違うな~と呑気な感想が頭を過った。


「いつかこの町も越えて、兄さんを王国一の領主に……」


「ん? ティルティ、なんか言ったか?」


「いいえ、何も?」


 声が小さすぎて上手く聞き取れなかったんだが、ティルティがそう言うなら大したことじゃないんだろう。多分、ティルティもこの町の発展ぶりに驚いてたんじゃないかな?


 とはいえまあ、王都の方が都会と言っても、ティルティが開発したばかりの魔導馬車があるのはレンジャー家だけだ。

 華美な宝飾はないから、速度を落とした今注目する人はあまりいないけど……時々、この馬車の揺れの少なさと馬の軽やかな足取りを見て、ギョッとしている人もいる。


 こういう点では既にうちの方が上回ってるんだし、気にすることじゃない。


「それで父さん、今日はまず王城に挨拶に行くんだっけ?」


「ああ。お前達の学園入学に先んじて、陛下直々にお会いしたいんだそうだ。そこで、俺に伯爵位も授けて下さるとかなんとか……うぅ、どうしてこうなった……!!」


 頭を抱える父さんを見て、俺は思わず苦笑する。


 この二年間でレンジャー領や俺達が変わったように、父さんを取り巻く状況もかなり変わっている。

 具体的には、ルルト村を救った英雄として、父さんは一部の詩人の間で語り草になっているらしいのだ。


 陛下がレンジャー家に伯爵位を、って言いだしたのにも、父さんの武勇は無関係じゃないって話だし。


 けどまあ、既に隠居気分の父さんとしては、あまり目立ちたくなかったのか。そうした噂を耳にしてからずっと、こんな感じなんだよな。


 俺としては、師匠でもある父さんが有名になるのは嬉しいんだけど。


「俺はごく普通の一般人だったはずなのに……!! クラーク様もクラーク様だよ、全部勘違いだから噂を消すのに力を貸してくれって言ったのに、何が『面白いからそのままでいいではないか』だよ……!! 恨んでやるぅ……!!」


「あはははは」


「笑うなソルドぉ!!」


 まあ、父さんがいくら一般人でいたいと思っても、英雄としての器と力は隠せないってことだな。


 とはいえ、これ以上はちょっと可哀想な気もするから、何とか慰めようと口を開きかけて……王都の一角から悲鳴が聞こえて来たことで、すぐに思考を切り替えた。


「ティルティ、ちょっと行って来る。お前は父さんと一緒にいろ」


「ちょっと兄さん……もうっ、お人好しなんですから」


 迷わず騒動に首を突っ込もうとする俺に呆れながらも、止めることはせず送り出してくれる。


 そんなティルティに感謝しながら、俺は馬車から飛び出すのだった。

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