第66話 最後の攻略対象
騒ぎの渦中に飛び込んだ俺は、そこに見知った顔を見付けて目を丸くした。
「あれ……スフィア!? なんでここに……」
今も変わらずルルト村で過ごしているはずのスフィアがここにいることに、俺は少なからず驚いた。
いや、スフィアがいなきゃゲーム本篇は始まらないんだし、その意味ではおかしくないんだけど……
そして、そんなスフィアは今、柄の悪い男に囲まれて因縁を付けられている様子だった。
「おいおい嬢ちゃん、俺はそこのガキに用があるんだよ」
「それとも、お前が代わりに弁償してくれんのか?」
「何が弁償ですか、自分達からぶつかりに行っておいて。私、ちゃんとこの目で見ていましたからね!」
スフィアは幼い……そこそこの金持ち、けれど貴族って程でもなさそうに見える少年を後ろに庇い、猛然と食ってかかっていた。
男は三人。その内の一人が、服にアイスか何かの汚れをべっとり付けていて、それを弁償しろと騒いでいるらしい。
「それに……服一枚で金貨一枚は高すぎです!! どう見てもそこまで高価な服じゃありませんよね!?」
「おうおう、嬢ちゃんには分からねえかもしれねえが、こいつは結構な上等品なんだぜ?」
「それにこいつは、兄貴が叔父貴から譲り受けた思い出の品でなぁ、その精神的苦痛に対する賠償でもあるんだよ」
「そんなめちゃくちゃな……!!」
うん、金貨一枚はぼったくりすぎだな。
俺が今着てる服でさえ、お値段その半分以下だぞ。それでさえ、田舎町なら家族四人一ヶ月は遊んで暮らせる金額だっていうのに。
「兄さん、彼女は知り合いなんですか?」
「あれ? ティルティ、来たのか」
父さんと一緒にいろって言ったのに、と呟くも、ティルティとしてはそんなことは些事なのか、スフィアのことを気にしていた。
「ここ数年、何度かルルト村ってところに行ってただろ? あそこで出来た、俺の弟子だよ」
「なるほど、彼女が……」
俺に弟子が出来たことは、既にティルティには話してる。それに、ここ二年の内に、何度かルルト村に足を運んでスフィアの剣を見てやったりもした。
だから、ティルティがスフィアを気にするのはある意味当然ではあるんだけど……それ以上の感情が何かあると思ってしまうのは、俺がゲームにおける二人の対立を知っているからだろうか?
「兄さん、助けないんですか?」
「ん? ああ……」
そんな俺の疑問を余所に、ティルティはそう尋ねてきた。
それに対して、俺は首を横に振る。
「必要ないよ。スフィア自身もあんな連中に遅れを取るほど弱くないし、それに……」
──どうせ、助けが来るから。
ゲーム知識から来る予言を胸の内に秘めたまま成り行きを見守っていると、ついに男の一人がスフィアへと手を伸ばす。
「そんなにそのガキを庇いたいなら、嬢ちゃんが代わりに払ってくれてもいいんだぜぇ? ……体でなぁ!!」
「っ……!!」
伸ばされた手を、スフィアは咄嗟に払おうとして……それより早く。
男の腕は、横から伸びてきた別の腕に掴まれていた。
「あん……? 誰だ、お前は?」
そこに立っていたのは、青い髪を持つ一人の少年。
背は高く、腰には剣を差している。目付きはかなり悪くて、身に纏う服装が貴族学園の制服なのも相まってか、不良学生にしか見えない。
だが俺は、そいつが単なる不良ではないことをよく知っている。
俺の知る乙女ゲーム、ノブレス・ファンタジアにおける、攻略対象の一人。
王立騎士団団長、ガエリオ・ソードマン伯爵の息子、ルイス・ソードマンだ。
見た目のガラの悪さの割に正義感の強い男で、貴族学園に入学するつもりで王都にやって来たスフィアを助けに入るのが、二人の出会いなんだよな。うん、やっぱりこうなった。
「ハッ、てめえらみてえなクズ野郎どもに名乗る名はねえよ。大人しく帰れ、そうすりゃ見逃してやる」
「いでで……!?」
掴んだ腕に力を込めながら、ルイスが威嚇する。
涙目になった男は必死に抜け出そうとするんだけど、力の差があり過ぎて全く抜け出せていなかった。
けど、こいつらはそれで引き下がらなかった。
「野郎!!」
「兄貴を離しやがれ!!」
両脇から、男の取り巻きがルイスへと殴り掛かる。
それを、ルイスは掴んでいた男の手を離す代わりにひらりと避け、回し蹴り一発でまとめて転がした。
「ぐはっ!?」
「うぐぅ!?」
「ハッ、喧嘩売る相手はちゃんと選ぶんだな。それ以上やるってんなら、ちょっと痛い目見て貰わなきゃいけねえな?」
パキポキと指を鳴らし、更に脅しをかけていくルイス。
完全に、相手を単なるチンピラだと思っているからこその脅し。
けれどそれは、一つの油断に繋がる。
「このガキ……調子に乗りやがって!!」
「なっ……魔法!?」
最初の男が、腕に魔力を収束し始めた。
この世界ではまだ、魔法が使えるやつはエリートだ。たとえ平民でも、その才能があればどんな仕事ででも食いっぱぐれることはないというほどの。
まさか、そんな才能をうだつの上がらないチンピラ風情が持ってると思わなかったのか、ルイスは一瞬反応が遅れた。
そして──
「──魔神流剣術、
その瞬間、スフィアが腰に差していた剣を抜き、男を斬る。
淡い光を纏ったその斬撃は、男が放とうとしていた魔法もろとも、その体を斬り裂き……
「……うん、良い剣だな、やっぱり」
スフィアの見せた剣技に、その場の誰もが……ルイスさえも驚愕している。
スフィアは、俺が習得していたどの技も、覚えることは出来なかったけど……その代わり、聖属性の力を交えた、オリジナルの技をいくつか開発していた。
その一つが、今の《峰斬り》。その名の通り、相手を殺すことなく無力化する、不殺の剣だ。
相性の問題なのか、俺も真似出来ない技なんだけど……やっぱり、こうして見せられると羨ましいな。
「ふぅ……あ、すみません。怪我はありませんでしたか?」
「お、おう……すげえな、おめえ……」
ゲームでは、聖属性の魔法で助ける場面が、俺のせいで剣技になっちゃってるけど……まあ、誤差の内だろう。
ちゃんと攻略対象との出会いイベントを消化出来ていることを確認出来た俺は、ひとまずこの場はお邪魔だろうと踵を返して……。
「いえ、こんなのはまだまだ……あっ、
去っていく前に、スフィアに見付かった。
ここは攻略対象と二人きりにしてやった方がいいかなと思ったんだけど、見付かったんじゃ仕方ない。俺は軽く手を挙げながら、ティルティと一緒に二人の下へ歩いていくのだった。
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