第61話 クロウの大切なもの

 テラードの件が片付いた俺達は、そのまま真っ直ぐルルト村に戻り、クロウの治療に当たることに。


 まあ、俺に出来ることは何もないから、全部スフィアに任せきりだったけど。

 精々、まだ制御も出来ない聖属性の力を発揮するため、眠るクロウを抱きしめ続けなきゃいけないって絵面に、弟のコルスが憤慨してたのを宥めたくらいだ。


「うっ……うぅ……?」


「おっ、気が付きましたか、殿下」


 そんなこんなで、ルルト村に戻ってしばらく経った後。夕暮れ時に差し掛かったあたりで、クロウが目を覚ました。


 流石に疲れたのか、スフィアがホッと息を吐いて離れるのと入れ替わりで、俺がクロウの顔を覗き込む。


「……僕は、まだ生きているのか……」


「もちろんですよ。ああ、記憶はしっかりしてますか? ご自身が誰か分かります?」


「そこは大丈夫だ……奴に洗脳されている最中も、ぼんやりとだが意識があったからね……」


 そう言って、クロウの目が俺の方へと向けられた。


 お礼の一つでも言われるのかな、なんて考える俺だったけど、その口から飛び出してきたのは予想外過ぎる言葉だった。


「確か……僕の大切なものを見せてくれる、だったかな? ……君が、僕の大切なものってことでいいのかい?」


「んなわけあるか!!」


 確かに、起きたら見せてやるとは言ったけどさ、どこをどう間違ったら俺になるんだよ。スフィアもいるだろうが。


 思わず素でツッコミを入れちゃったけど、クロウ自身まだ意識がハッキリしてないのか、特にリアクションはなかった。


「はあ、まあいいや……そんな冗談を言う余裕があるなら大丈夫でしょう。それより、スフィアにちゃんとお礼を言ってあげてください、殿下が助かったのは彼女のお陰ですから」


「スフィアが……?」


 よっぽど予想外だったらしく、クロウは目を丸くしながらスフィアを見る。


 一国の王子から注がれる眼差しに、スフィアは慌てて手を振った。


「いえ、私は師匠せんせいがいなければ、自分の力にも気付けなかった未熟者ですので……! お礼なら、師匠にお願いします」


「いや……だとしても、お礼を言わせて貰うよ。しかし……あの状態の僕を回復させるなんて、君の力は一体……?」


 さて、どう説明したものか。

 と言っても……今後のことを考えれば、正直に話す他ないか。


「聖属性の魔法だと思いますよ。それ以外に、殿下をあの状態から引き戻すことなんて不可能でしょうから」


「聖属性……!? まさか、スフィアが伝説の聖女だと!?」


「あくまで、その卵ってところだと思いますけどね」


「だとしても、そんな存在がいると知れ渡れば、大騒ぎになるぞ」


「だから、この部屋には俺とスフィア以外入らないように村のみんなにはお願いしてあります」


 父さんとシルリアでさえ、この話を聞かせないように注意してる。


 この情報は、下手をすると今後のゲーム展開にも響く重要事項だからな……知っている人は、少ないに越したことはない。


「ソルドは……いつから気付いていたんだい?」


「最初から、ですかね。この子が只者じゃないってことは分かっていたので。まあ、聖属性とは俺も思いませんでしたけど」


 半分本当、半分嘘の言葉で、クロウの追求を誤魔化す。


 普段のクロウが相手なら、俺の下手くそな嘘なんて見抜かれてたかもしれないけど……今は病み上がりなのもあってか、特に疑念は抱かれてないみたいだ。


 単に、その余裕がないだけかもしれないけど。


「……この話は、一旦預からせてくれ。出来れば、スフィアには王都に来てもらい、僕の力で保護してあげたいんだが……ハルトマン領の領民だからな、ライクとも調整しなれば。それに……そうだ、マジェスター家! 奴はどうなった?」


 他の話題が多くて忘れられかけていたけど、やはり避けては通れない。


 俺は意を決して、一番重要なことを打ち明けた。


「……テラード・マジェスターは俺が斬りました。シルリアが証人です」


 斬ったことに後悔はない。

 この国の法律から考えても……クロウがこうして生きて証人になってくれるなら、俺が裁かれることはないと思う。


 それでも、魔人化していたわけでもない“人”を斬り殺したのは初めてで、打ち明けるのは少し気が重かった。


「そうか……なら、残るはマジェスター家の現当主だな。そこさえ抑えられれば、タイタンズの壊滅にも一歩近付くことが出来るんだが……」


「……お咎めはなしですか?」


「うん? いや、どう考えてもソルドを裁く理由はないだろう、問題はないよ」


「そうですか……」


 ホッとした、とは少し違うけど……ひとまずはこれからも普通に過ごせそうだと分かって、一つ肩の荷が降りた。


 けどクロウの言う通り、マジェスター家の問題は残ってる。それが片付かなきゃ、ティルティを守ってやれない。


「こうしてはいられない……早く戻って、処理を進めないと……」


 でも……今はまず、クロウとの“約束”を果たさないとな。


「殿下、それはもちろん大事ですが、まずは御身を労わってください。いくらなんでも、その体で山を降りて王都まで強行軍は無茶です」


「分かっているさ。だが、それが王族の責務だろう?」


 相変わらずというか、ゲーム通り責任感の強いやつだ。


 この責任の重さに押し潰されないように支えるのが、本来はスフィアの役割なんだけど……今はまだ、そこまで関係が進展していない。


 だからここは、俺が代わりにやるべきだろう。


「報告だけなら俺でも出来ます。政治に関してはまだまだ素人ですが、ライクに協力を仰げば問題ないのではないですか?」


「それは……そうかもしれないが……」


「それに……殿下はまだ、あなたの大切なものが何なのか、目にしておりませんし」


 俺の言葉に、クロウは首を傾げる。


 そんな彼を余所に、俺は今いる病人用の建物から外へと通じる扉を開け……その瞬間。


 大勢の村人達が、我先にと顔を覗かせて来た。


「殿下は、殿下はご無事なのか?」

「おおっ、目を覚ましておられるぞ!」

「良かった、殿下はご無事だ!」

「バンザーイ!!」


 村人達が一斉に喜ぶその様子を目の当たりにして、クロウは目を丸くしている。


 そんな彼の姿に少し噴き出しながら、俺は種明かしをした。


「クロウ王子のお陰で今回の騒動が片付いたって、みんなに話しておきました。だから、この村の人達はみんな殿下に感謝してるんですよ」


「……嘘は関心しないな。僕ではなく、君の功績だろうに」


「嘘ってことはないでしょう。殿下がいなければ、俺は“敵”の正体も、その居場所さえ分かりませんでしたから」


 実際、嘘らしい嘘はついていない。

 ずっとこの村を悩ませていた、魔獣達の発生原因を突き止めて、俺と一緒に自ら先陣を切って戦いに赴いたこと。

 その戦いの中で深傷を負ったものの、殿下のお陰で勝利を掴み、村に平和が戻ったこと。


 どちらも、本当のことだ。


「だから、彼らの感謝は本物で、殿下が受け取るべき勲章です。しっかり目に焼き付けてください」


「…………」


 クロウは優秀かつ容姿端麗な王子様で、社交の場では大層な人気者だったが……こうして直接民から感謝されるような機会はずっとなかったと、ゲーム本編でスフィアに語っていた。


 だからきっと、このイベントこそがクロウにとって、スフィアとの出会いと同じくらい大切な時間なんだろうと思ったんだ。


「はは……そうか。これが君の言っていた、僕の大切なもの、か……」


 そんな俺の予想が当たっているのかどうか、判断は出来ない。既にゲームの流れとは随分変わってるし、今回はバッドエンド目前だったのを無理やり修正したようなものだったから。


 でも……クロウの凍り付いた心が溶ける切っ掛けくらいにはなっただろうと、その表情を見てそう思った。


「ありがとう、ソルド……心から、感謝するよ」


「どういたしまして、殿下」


 クロウの目に、薄らと光るものが見えた気がするけど……それに触れるのは野暮ってもんだろう。


 そんな風に思いながら、俺はしばしの間、村人達の感謝の言葉と、それを受けて何度も頷くクロウの姿を、壁になった気分で眺め続けるのだった。

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