第60話 ソルドの逆鱗
良かった、上手くいった……。
気絶して動かなくなったクロウを見て、俺はホッと息を吐く。
ぶっちゃけ、賭けにしても分が悪すぎた。
以前の教訓もあって、殺さずに相手を無力化する力加減も習得してたとはいえ、本気で抵抗する相手には使えなかったから……もしクロウが少しでも洗脳に抗ってくれなければ、あのまま斬り捨てるしかなかったろう。
クロウは、曲がりなりにもゲームで最強クラスの攻略対象キャラ。
そんなクロウが魔人化した末路は、タイタンズの手駒としてその命尽きるまで暴れ続け、この国のみならず周辺諸国のほとんどを滅ぼし、史上最悪の悪魔として名を刻むというものだった。
そんなことになるくらいなら、いっそこの手でと思ったのは事実だ。
ティルティや家族に危険が及ぶくらいなら、俺一人が極刑になる方がマシだと思ったのも本心だった。
けど……やっぱり、クロウを死なせることなく抑えられたという結果を前にすると、そのまま腰が抜けてへたり込みそうなくらい安心する。
まあ……本当に腰を抜かしてる暇は無いけどな。
「ソルド……!!」
「
「シルリア、ナイスタイミング。スフィアも、来てくれてありがとう。悪いけど、殿下のこと頼むな」
「はい!」
ちょうどそこへ、二人の少女がやって来た。
ゲームの流れとは少し違うけど、洗脳に抗えたんだ、スフィアの力で助けられるはず。
クロウのスフィアに対する好感度が、どのタイミングで上がっていたのか皆目見当もつかないけど……これで、二人のフラグも十分に立つ、かな? 多分。
「残る問題は、お前だけだ」
クロウを奪い返されたのに、未だにどこか余裕がある態度のテラードへ、俺は向き直る。
その余裕が一体どこから来るのかと警戒する俺へ、テラードは声をかけてきた。
「クロウを奪い返して、戦況が逆転したと思っているようだが……それは思い違いだと教えてやろう」
そう言って、テラードは自身の剣……魔獣が変質して生まれた漆黒の剣を構える。
すると、この戦闘の中で俺が仕留めた魔獣達の死骸が黒い霧となり、テラードの剣に吸収されていくじゃないか。
……なんか覚えがあるな、この現象。
「侯爵領の町で、タイタンが出現した時と同じだな……」
「ご明察。これは魔獣を核として作られた、死した魔獣を喰らい進化する剣……
剣と言っているし、実際に剣に近い形状はしているが、その使い道が剣術ではないことは見れば分かる。
明らかに、振って使うことを前提としたサイズじゃないからだ。
「はははは! この剣は三年前の
「……なるほどな、クロウを操ったのは、それが完成するまでの時間稼ぎでもあったわけか」
「またまた正解だ。お前は本当に良い勘をしている……どうだ? もう一度聞くが、俺の配下になる気はないか?」
「何度誘われようと、お断りだよ」
「まあ待て、結論を急ぐな」
よっぽど俺を勧誘したいのか、それとも自分の勝ちを確信しているからこその余裕なのか、テラードはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべたまま言葉を重ねる。
……もう斬ってもいいかな?
「お前は妹のために戦っているんだろう? ならば尚更、俺達マジェスター家と共にいた方がいい、あの少女は俺の妹なのだからな」
「……は?」
焦れてきた俺に、テラードは予想外の一言をぶち込んできた。
俺だけでなく、シルリアも驚いたのか、後ろから息を呑む気配が伝わってくる。
……もう、バレてたのか。ティルティがマジェスター家の血を引いてるって。
「既に手を回し、彼女を迎える準備を整えているところだ。彼女が大切なら、お前もマジェスター家とは仲良くした方が賢明だぞ?」
「……当たり前みたいに、ティルティがお前らの所に行くって言い切ってるけど……あいつの意思は無視かよ」
分かってる、この国において血の繋がりは絶対だ、それを盾に迫られれば、俺やティルティ自身が何を言おうと、合法的に引き止めることなんて出来やしない。
だけど……それでも、聞いておきたかった。
こいつ自身が、ティルティをどう思っているのかを。
「おかしなことを言うな? レンジャー家より、マジェスター家の方が遥かに格上だ、拒否する理由などないだろう?」
「あるに決まってるだろ。お前ら、自分達がティルティに何をしたのか分かってるのか!? 一方的に追い出して、そのせいであいつの母親は死んだんだぞ!! そのことで、あいつがどれだけ……!!」
「うん? 母親? ……ああ、そんなこともあったらしいな。最終的に処分したとは父上から聞かされたが、その辺りはあまり詳しくないんだ」
「……は?」
何の感情も覗かせず、ただ淡々と話すテラードに愕然としながらも、それ以上に……途中で聞き捨てならない言葉を耳にしたことで、声を漏らす。
処分した、って言ったか?
「まさか……お前らが、ティルティの母親を……殺したのか?」
俺の考え過ぎであってくれと、そう思った。単に、言葉選びが少し悪かっただけなんだと。
でも……そんな俺の、ほんの僅かな希望を打ち砕くように、テラードは言った。
「……? それがどうした?」
「…………」
その一言で、理解した。こいつは、ティルティのことを何とも思ってないんだって。
ティルティの母親を殺したことに、欠片ほどの罪悪感も覚えていないんだって。
こいつが、何のためにティルティをマジェスター家に戻そうとしているのかは知らないけど……ティルティを幸せにしようなんて、これっぽっちも考えてないってことだけは、ハッキリ分かった。
「……もういい、よく分かったよ」
俺は心のどこかで、期待してたんだ。
テラードなんてキャラ知らないし、もしかしたら……ティルティのことをちゃんと妹として見てくれる、良い兄貴である可能性もゼロじゃないんじゃないかって。
でも、そんなことはなかった。
こいつは……絶対に、ティルティと引き合わせちゃいけない。
自分自身の過ちのせいで、母親が死んだんだって思い込んで、長い間苦しんできたティルティに……こんなふざけた真実を知らせたら、あいつの心が持たないだろう。
だから。
「お前は俺が、ここで斬る。二度とティルティの家族面が出来ないように、俺が息の根を止めてやる!!!!」
今まで感じたこともないような激しい怒りの感情を覚えながら、剣を一度鞘に納める。
こんな乱れた心のままじゃ、技もまともに使えやしない。だから、この激情を心の奥底に仕舞い込まないと。
仕舞い込んで、凝縮して──剣の先に、全てを乗せるんだ。
「ははは、交渉決裂か……ならば仕方ない、お前達はここで死ね!!」
テラードの持つ剣から漆黒の魔法が放たれ、空間全てを埋め尽くす津波となって迫り来る。
それを、俺はただじっと見つめ──静かに、剣を抜き放った。
「なっ……!?」
闇が、空間ごと真っ二つに裂かれて消えていく。
甲高い金属音と共にテラードの剣が“切断”され、宙を舞った。
「有り得ない、まさか……!! くそっ、まだだ、この
剣のひと振りの間に背後へ移動していた俺へ振り返りながら、テラードは剣を構えて魔法を発動しようとする。
しかし……いつまで経っても、魔法は発動しなかった。
いや、そもそも……折れた剣は一向に再生せず、むしろ少しづつ塵となって消滅していく。
「な、なぜ……!?」
なぜ、と言っているが、俺からすればそんな疑問が出てくることこそ理解出来ない。
自分で言ったじゃないか、その剣は
三年前の時点で、俺はあいつを斬ってるんだ。
修行を重ねて、あの時より遥かに優れた剣もあって、どうしてたかが剣の形に圧縮した程度の改良で倒せなくなると思う?
人の技量でタイタンの力を制御するとかなんとか言ってたが、そんなのはちゃんとした技量が伴って初めて言えること。お前ごときじゃ、ただの魔獣とさして変わらないよ。
それから、もう忘れてるみたいだけど──俺は、息の根を止める、って言ったんだ。
剣を折ったくらいで、終わってるわけないだろう。
「魔神流剣術、三の型──」
テラードに背を向けたまま、剣を鞘に納める。
キンッ、と鍔鳴りを響かせた刹那──背後で、血が弾けた。
「《天姫空閃》」
「っ!? バカ、な……どう、して……俺は……」
自分の身に起きたことが、最後まで理解出来なかったんだろう。
テラードは、その表情を驚愕に染めたまま倒れ、二度と起き上がって来ることはなかった。
その奥で、惨劇を目の当たりにしたシルリアとスフィアの二人を見て……俺は、溜息を吐く。
「まだまだ、修行が足りないな……」
出来れば、こんな場面は二人に見せたくなかった。
そんな風に思いながら、俺は二人の下へ歩いていく。
こうして、ルルト村で巻き起こった一連の騒動は、一旦の閉幕へと至るのだった。
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