第59話 トゥルーエンドルート
ぼんやりとした意識の中で、クロウはただただ困惑していた。
自分がどこにいるのか、今何をしているのか、自分でも分からないのだ。
(僕は何を……そうだ、タイタンズを潰すために……)
視界、ソルドの姿が映る。
しかし、目の前にいるソルドを、仲間だと認識出来ない。気付けば姿がぼやけ……テラードが前にいるかのように見えてしまう。
(僕は……国の膿を、取り除く……!!)
これまで何百何千と繰り返してきた魔法発動のプロセスを、半ば無意識の状態で素早く組み上げる。
発動するは、光の魔法。
単に明かりを灯すだけならまだしも、それを“攻撃”に用いられるほどにまで高めた魔法使いは、国内でもほとんどいないと称される、クロウにとって自慢の力だ。
文字通りの光速で飛翔する光の弾丸を──目の前の“敵”は剣一本で易々と弾く。
(……バカな)
魔法で事前に結界を敷くことで防がれたことなら幾度もある。
強力な魔獣なら、その頑丈な体皮や外殻によって弾いてしまう相手もいた。
だが、光の魔法を見切って弾くなどという神業をやってのけた存在は、クロウのこれまでの人生で見たことも聞いたこともない。
「《幽剣乱舞》!」
“敵”が剣を振るうのに合わせ、虚空から突如出現した新たな剣が飛んでくる。
予想外の攻撃に一瞬対処が遅れたクロウの脇を抜け、テラードへと強襲する白刃。
それを、テラードは舌打ちと共に自前の剣で防ぎ止めた。
「何をしている、クロウ。どうせそいつはお前を本気で攻撃出来ない、早く仕留めろ」
「…………」
テラードからの指示に、クロウは頷いた。
目の前の“敵”に改めて対峙しながら、新たな魔法を紡いでいく。
(そうだ、僕はこの人を守らなければならない、王族として。……王族、として……?)
些細な疑問が脳裏を過るも、魔法は問題なく発動する。
光の弾丸を無数に放ち、対象を四方八方から取り囲むように撃ち抜く魔法──《
一つ一つの光弾が弧を描きながら、さりとて本来の速度は落とさずに強襲するのだ、今度こそ防ぐことなど出来ない──
「《氷狼一閃》!!」
だというのに、“敵”は剣のひと振りで光弾全てを斬り払い、無数の氷華が一斉に舞い散る。
その美しくも恐るべき光景に、クロウは洗脳が揺らぐほどの衝撃を受けた。
そして次の瞬間には、“敵”が眼前から消え失せ、一瞬でテラードの前まで踏み込んでいたのだ。
「《黒竜炎斬》!!」
「くっ!?」
紅蓮の炎が噴き上がり、テラードを焼き尽くそうと襲い掛かる。
その瞬間、構えも何もかもを無視して彼の腕にあった剣が動き、炎の斬撃を受け止めた。
それでも防ぎきれなかったのか、身に纏う衣服が焦げ付き、徐々に押し切られていく中で、テラードは必死の形相で叫んだ。
「クロウ、何をしている!! 俺の盾になれ!!」
その声に反応し、クロウはすぐさま“敵”とテラードの間に割り込んでいく。
どう考えても、そんなことをすれば自分が死ぬことになると察しながら、それを当然のことであるかのように。
(僕は王族だ、王族は国を……民を守らなければならない)
テラードがクロウに施したのは、呪具を用いた催眠暗示。認識を操作し、テラードを“自身の最も守りたい存在”に変え、ソルドを“自身が討つべき敵”と認識させる魔法だった。
呪具の力を用いたそれは、クロウの体と心を徐々に蝕み、魔人化させていく。
半ば強迫観念のような妄執に囚われ肉壁となったクロウを見て、ソルドは一旦剣を引いた。
「いいぞ、その調子だ」
背後から声がする。しかし、クロウには、それが“誰”なのか認識出来ない。
“最も守りたい存在”として認識されるべきテラードの姿は、クロウの目にはまるで顔面に影がかかったかのように黒く映っていた。
ソルドの知る、こことは違う別の世界線では、スフィアの顔になっていた場面。
しかし今この場では、そこには何も映らない。
クロウには、それだけ執着出来る者がただの一人も存在しないからだ。
友も、家族さえ、いざ必要とあればクロウは切り捨てられるだろう。そう出来るように、教育されて来た。
いずれ王となる人間が、私情によって判断を誤ってはいけないと。
それは、王族に対する教育としては間違っていなかったのだろう。ただ、クロウ個人に限っていえば、必ずしも正解だとは言えなかった。
全てに対して執着を持てなくなった結果──"王"として本来持つべき愛国心が、ほとんど育たなかったのだ。
王は民を、国を守るものだと、"義務感"からそう考える。
人は友を大切にし、家族に愛情を注ぐものだと、"常識"として知っている。
ただ……それらすべてが、単なる知識として持っているだけの上っ面の感情でしかなく、本心から何かを大切に想うことが出来ない。
それが、クロウにとって……幼馴染達にすら打ち明けられない、孤独な悩みだった。
テラードによる洗脳という形で、それを改めて突き付けられ、クロウの心は闇に沈んでいく。
(やはり僕は……王族としては優秀でも、人としては欠陥品なのかもしれない……)
本来なら、ここでクロウは終わっていた。
スフィアという大切なものを持てなかったクロウの心は闇に沈み、魔人化が加速する。その闇の深さは、スフィアの聖属性の力でさえ到底払いきれないはずだった。
だが──そうはならなかった。
「殿下……いや、クロウ。さっさと目を覚ませ、でないと……お前ごと斬るぞ」
"ソルド"の声に、闇に沈みかけたクロウの意識が僅かに浮上する。
王族を斬る。その一言は、たとえ脅しであってもそう易々と口にしていいものではない。
だが……ソルドの目は、本気だった。
脅しでも何でもなく、このまま行けばその剣で命を断つと、そう宣言していた。
「ハッタリもほどほどにしろ。そんなことをしたら、お前は終わりだぞ」
「確かに、たとえ操られていたからって、王族殺しは大罪だ。良くて俺は極刑、悪ければ家ごと潰される。でも……それは、お前を今この場で逃がしても同じだろう? ここで見られた事実を広められないためには、ここで行われていた"何か"の責任を全て、俺やハルトマン家に被せなきゃいけないんだからな」
だから、と。
ソルドは、剣を構えたまま躊躇なく断言する。
「そうなるくらいなら、今ここでお前とクロウを殺した方がマシだ。俺の命一つでカタがつく可能性があるんだからな」
「くはは……! 家族を生かすためなら、自分の命はいらないと。大した覚悟だよ、ソルド・レンジャー。もっとも……それが可能ならの話だがな!!」
テラードが魔獣から生み出した剣を構えると、漆黒の魔力が魔法となって洞窟内を駆け巡る。
魔獣達は、その魔力に押し出されるようにソルドへと襲い掛かり、その度に切り捨てられていた。
しかし、剣を振るえば当然、その一瞬は隙が生まれる。
「行け!!」
テラードが闇魔法を放ち、その反対側に回り込んだクロウが光魔法を放つ。
黒白の魔法が空間を満たし、ソルド一人に次々と襲い掛かる光景を、まるで他人事のように眺めながら……クロウは思った。
ああ、眩しいな、と。
(ソルドは……本気で、家族を大切に想っているのだろうな。他の何を投げ打ってでも守りたいと願う、大切なもの……僕には、永久に手に入らない想い)
焦がれるようにソルドの戦いを眺めながら、クロウ自身の意思とは関係なく体は魔法を紡いでいく。
意識と肉体の乖離が進み、魔人化の進行が取り返しのつかない段階へと到達しそうになった時──再び、ソルドの声が聞こえた。
「諦めるなよ。お前の大切なものなら、すぐ近くにあるんだから」
(え……)
気付けば、すぐ目の前までソルドが迫っていた。
剣を振り上げ、今まさにクロウを叩き斬ろうとしながら……そんなソルドの眼差しは、どこまでも優しい。
「俺を信じろ。次に目を覚ました時、必ずお前の大切なものを見せてやるから……信じて、抗え。お前が守るべきものはそんな奴じゃない。俺と一緒に来い、クロウ!!」
防ごうと思えば、防げる。
事実、クロウの体はその意思に反して、防御の姿勢を取ろうとしていた。
だが……クロウは不思議と、敵として認識していたはずのソルドの言葉を、信じてみたくなったのだ。
(ああ、そうか……)
クロウの意思が、ほんの僅かに洗脳に抗う。
体の動きが鈍り、間に合うはずだった防御が間に合わなくなり……そんな状態で、気付けば笑みを浮かべていた。
(ライクが、あんなことを言うわけだ……これは、手放したくない)
クロウの防御がなくなったのを見て取ったソルドは、その体を斬り裂く直前で《幽剣乱舞》を解き、無防備な首筋に手刀を落とす。
絶妙な力加減で意識を刈り取られたクロウは、そのまま目を閉じるのだった。
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