第58話 ソルドの誤算

 クロウ王子が操られた。

 こればっかりは予想外過ぎて、さてどうしたものかと悩んでいる間も、状況は動く。


 周囲の魔獣が、俺とシルリアを囲むように絶え間なく襲ってくるんだ。


「動くなよ、シルリア!!」


「う、うん……」


 剣を抜き、迫る魔獣を次々と斬り伏せる。


 一体一体はあまり強くないんだが、シルリアを守りながらだと少し辛い。


 それに……操られたクロウがそこにいると、何もして来なくても大技を封じられてしまう。


「五の型……《幽剣乱舞》……!!」


 フレイに作って貰ったばかりの剣に加え、技によって作り出した疑似的な剣の二刀流スタイル。

 現状他の技が使えなくて威力は落ちるけど、手数は増えるこの形で、魔獣を順次処理していく。


 そうしていると、ついにクロウが動き出した。


「《光弾ライトバレット》……」


「くっ……」


 高速で飛んでくる光の弾丸に剣を合わせ、横に弾く。


 その隙を突くように飛んできた魔獣を斬り伏せると、更に背後から魔獣が飛び掛かって来た。


「《風幕エアカーテン》……!」


 シルリアが風の魔法で壁を作り、背後の魔獣を防ぎ止めてくれた。


 正直、助かったな。

 でも……このままじゃあジリ貧なのに代わりはない。


「ソルド、私も戦うから……! 私のことばかり気にしないで、前を見て……!」


「いや……俺が道を開くから、シルリアは逃げろ」


「っ、何言って……!?」


 俺の言葉が信じられないとばかりに、シルリアが目を見開く。


 確かに、シルリアが援護してくれれば、既に最初の数から半減している魔獣は処理出来るだろう。


 でも……それじゃあ、クロウが助けられない。


「シルリアは村に戻って、スフィアを連れて来てくれ」


「スフィア……? なんで、あの子を……?」


「殿下を助けるには、スフィアの力が必要なんだ、頼む」


 クロウ自身のために、クロウを助けなきゃいけないのはそうだけど……それだけじゃない。

 テラードがクロウを狙ったのは、操ったまま連れ帰るためだろう。


 この状況から言い逃れが出来ないと言っていたのは、王子であるクロウに見られたからだ。


 そのクロウを操り、自陣に引き入れたまま逃げられれば、立場が悪くなるのはこっちの方だろう。

 たとえテラード自身に逃げられたとしても、ここでクロウを助けないと次にすら繋がらない。


 この洗脳を解くには……スフィアの聖属性の力がいる。


「……分かった。死なないで、ソルド」


 ちょこんと俺の服の裾を掴み、祈るように呟いた後、シルリアは迷わず外へ向かって走り出す。


 そっちには魔獣が壁を作っているんだけど……俺が「道を作る」って言ったのを信じてくれてるんだろうか。


 もうちょっと躊躇してもいいだろうに、と苦笑しながら、俺は《幽剣乱舞》を解いて剣を鞘に納める。


「一の型……《氷狼一閃》!!」


 シルリアの道を塞ぐ魔獣達を凍結させ、宣言通り道を作る。


 そのまま去っていくシルリアを見送りながら……俺は、改めてテラードとクロウに向き直る。


「さて……どうしたものかなぁ……」


 スフィアなら、クロウを助けられるかもしれない。それは本当のことだ。

 ゲームのイベントでも似たような流れはあったし、その時もスフィアの力で洗脳を解き、呪具の力で魔人化する前に助け出すって展開だった。


 そのイベントを切っ掛けに、クロウとスフィアの仲が一気に進展する重要なイベント。だけど、そうなるには……一つ、前提条件がある。


 クロウの、スフィアに対する好感度が一定以上ないと、スフィアの力でも助けられないんだ。


 クロウとスフィアは、一緒にダンジョンの中にも入ったとはいえ、会話もロクにしていない"顔見知り"程度。とてもじゃないけど、お互いに意識している様子はない。


 もちろん、今回のクロウの洗脳は、俺が知るゲームの洗脳イベントとは大分流れが違うから、クリア条件も違う可能性はあるだろう。


 ただ……もし、俺の考えているイベント通りなら。


 このイベント……もう既に、バッドエンドルートに入ってるかもしれない。


「さて……ようやく二人きりになれたね、ソルド・レンジャー」


 シルリアが去っていくのを追う素振りすら見せなかったテラードが、俺にそう声をかける。


 クロウもいるんだけど、既に自分の手駒になったから人数に数えていないのか、まるで俺しかここにいないかのように笑っていた。


「形勢は既に逆転した。大人しく投降して、俺の配下になるといい。安心しろ、こう見えて、俺は自分の手駒には優しくするタイプなんだ」


 さあ、と手を差し伸べてくるテラードに対し……俺は、手の代わりに剣を振り抜いた。


 斬撃が"飛び"、テラードの顔すれすれをすり抜けていく。


 背後の壁に斬撃の痕が刻まれ、テラードの頬から薄らと血が滲む中……俺は、剣を突き付け口を開いた。


「お断りだ。お前みたいな奴の配下になるくらいなら、俺はこの場で死を選ぶ」


 マジェスター家は、ティルティの実家であり、あいつを苦しめた元凶。


 悪役令嬢と化す最後の一押しはまだされていなくとも、ティルティがレンジャー家に来ることになった経緯だけで、既にマジェスター家を許せるラインなんてとっくに超えてる。


 そんな家に仕えるくらいなら、ここで殺される方が何倍もマシだ。


「そうか……なら仕方ない」


 テラードが再び呪具に触れ、残っていた魔獣の一体に手を伸ばす。


 すると、その魔獣が形を変えて、剣のようになり……テラードの手に収まった。


「残念だが、お前はここで息の根を止めるとしよう。なに、お前がダメでも、お前の父親もいる……問題はないだろう」


 さらりと父さんの力も狙いの内だと聞かされ、益々負けられない理由を積み上げながら。


 俺は、操られたクロウを救うべく、圧倒的に不利な戦いへ身を投じるのだった。

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