第57話 拠点襲撃作戦
「やあ、戻ったね。……なんだか行く前よりもボロボロになっている気がするんだけど、気のせいかい?」
「えーっと……まあ、色々ありまして。疲れは取れたので大丈夫です」
主に俺の言葉選びのせいで、スフィアとシルリアにとんでもない誤解を与えてしまった後。
ちゃんと説明をして、半信半疑ながらもスフィアの聖属性の力で疲労回復をして貰った。
俺が最初にやったら誤解が加速すると思ったから、先にシルリアの回復をして貰ったんだけど……本当に疲れが取れていくのを感じた時のシルリアの表情は、ちょっと面白かったな。
にやにやしてたらまた魔法の準備を始められて、誤魔化すのが大変だったけど。
「ソルドは変態。あんなのどうやって気付いたの……?」
「いや、それはほら……村の人達から聞いたんだよ」
相変わらず疑いの眼差しを向けるシルリアに、俺は適当な嘘を吐く。
まさか、ゲームの知識から知ったなんて言えるわけないし……でも、嘘だって見抜かれてるのか、なんだか視線が冷たい。
「……まあ、いっか。ソルドにそんな甲斐性があったら、私もティルティも苦労しない」
「へ? どういうこと?」
「そういうところ」
意味が分からず混乱する俺に、シルリアはぷくっと頬を膨らませている。
そんな俺達を見て、クロウは「ああ、なるほど」と何かを察したように微笑む。
「ソルドは将来苦労しそうだね。でも、今はまず目の前の仕事だ、行くよ」
「……はい」
何だか微妙な空気を感じつつ、俺達は村を出発する。
クロウによれば、タイタンズはこの村の近くに拠点を構えているはずだという。
「これまでのダンジョンの出現位置を、シルリア嬢に纏めて貰ったんだ。それから考えると、連中はこの辺りにいるだろう」
いつの間に用意していたのか、地図を差して解説するクロウ。
うーん、この辺りはダンジョンを探すのに何度も通ってたと思うんだが……。
「もちろん、何か仕掛けをしてあるんだろう。君を見ていたら、どんな仕掛けかもある程度思いついた」
「俺を?」
どういうことだろうと首を傾げる俺に、クロウは微笑と共に言った。
「魔法が主流の世界だからこそ、魔法に頼らない手段が刺さることもあるってことだよ」
シルリアの眼に頼りつつ、クロウの考えに沿って向かった先は、森の只中……崖に作られた洞窟だった。
なんと、魔法で作られたわけではない、自然の大岩を使って入口を塞ぐことで、シルリアの眼を掻い潜っていたのだ。
俺の剣で断ち切られた岩の先に現れた道に、シルリアは目を瞬かせる。
「……これは、予想外」
「仕方ないよ、探していたのはダンジョンだろう? なら、こんな風に魔獣が出て来れない形で塞いでいるものなんてあるはずがない。魔法を使わなければ、魔力の残滓で違和感を持たれることもないしね」
そんな話をしながら、俺達三人で洞窟の奥へと向かう。俺が先頭、クロウが最後尾で、索敵役のシルリアを間に挟む格好だ。
ダンジョン攻略から、まだそれほど時間は経っていない。"敵"が潜んでいる可能性は十分だ。
周囲を警戒しつつ、ゆっくりと歩いていくと……背後から、影が動く気配がした。
「《
「ぐわっ!?」
クロウの指先に光が灯り、弾丸となって背後の影を貫く。
呻き声と共に倒れたのは、黒ずくめの……見るからに暗殺者って感じの男だった。
「さて、分かり切っていたことだが……こんな自然の洞窟で、君は何をしている? どこの者だ?」
「……誰が言うか」
腹部に風穴を空けられ、血を流しながらも気丈に答える暗殺者。
特徴がないのが特徴って感じの男だけど、纏う雰囲気は以前ガストの町で対峙した連中とよく似ている。
さて、のんびりと尋問している時間も、こいつを捕まえておく人手もないけど、どうしたものか。
「そうか……ならば仕方ないな」
クロウがそう言った瞬間、指先に光を灯した。
それを見て、俺は咄嗟にシルリアの目を手で隠す。
血が飛び散り、絶命する暗殺者。
その光景を無言で見つめる俺へと、クロウはどこか自分に言い聞かせるように呟く。
「この男は、明らかに僕を殺そうとしていたからね。処断の理由としては十分だろう?」
「そんなことは分かってますよ。ただ……大丈夫ですか?」
そりゃあ、王子の命を狙った暗殺者なんて、処刑以外ないだろう。こいつだって、それくらいは分かってて襲撃したはずだ。
だから、それについて何か言うつもりはないけど……クロウ自身が、それを受け止め切れているか少し心配なんだよな。
ゲームでも、常に甘いマスクで余裕のありそうな態度を見せながら、その裏で王族の責務に押し潰されそうになっていた心を、スフィアに癒される流れだったし。
「僕のことを言っているなら、問題ないよ。さあ、行こう」
問題ないと言いつつ、事前に決めた陣形と違い先頭を歩くクロウ。
仕方ないやつめ、と思いながら、その後ろをついて行こうとして……そういえば、ずっとシルリアの目隠しをしたままだと思い出す。
「あ、悪い。ずっと隠してて……ええと、お前も大丈夫か?」
「ん、私は大丈夫だよ、別に、血を見るくらい貴族なら普通だし」
「そ、そうか」
クロウはともかく、シルリアは本心からあまり気にしてない感じがする。
余計なお世話だったかな、と頭を掻いていると、シルリアは「でも」と少しそっぽを向きながら呟いた。
「気にしてくれて、嬉しい」
「……そうか」
何となく気まずい雰囲気になりながら、更に奥へと向かっていく。
その途中、何度か暗殺者に襲われながらも都度撃退していくと……ついに、最奥に辿り着いた。
「ここは……」
そこにあったのは、いわゆる実験場だった。
何体もの魔獣がカプセルの中で奇妙な液体に浸けられていて、研究者らしき人達が大慌てで書類か何かを処分しようと駆けずり回っている。
そして……その陣頭指揮を執る、一人の少年も。
「もう来たのか……本当に、今回は予想外のことばかりだ……!」
どことなくティルティに似た雰囲気を持つ、銀髪の少年。
鬼のような形相で俺達を睨むその顔を見て、俺は心の中で呟いた。
……知らない顔だな、誰だ?
「テラード・マジェスター。ことここに至っては、もう言い逃れは出来ないだろう、大人しく投降しろ」
マジェスター……えっ、マジェスター!? こいつ、マジェスター家の人間なのか。
俺……こんなキャラ知らないんだけど。
「ははは、確かに……俺はもう終わりかもしれないな。だが、このままで済ませるつもりはない、悪足掻きくらいはさせて貰おう……!!」
そう言って、テラード? とかいうその少年は、腕に呪具を装着する。
魔人になる気か? と身構えた瞬間……周囲にあったカプセルが一斉に弾け、中の魔獣が解き放たれた。
「なっ、くそ……!!」
魔獣達が、俺達の不意を突くように襲ってくる。
クロウがいち早く応戦しているのを見て、俺は戦う力の乏しいシルリアを優先して守る体勢に入るんだけど……その判断は半分正しく、半分間違っていた。
テラード・マジェスターの狙いは、最初からクロウだったんだ。
「そこだ……!!」
「なっ……」
空間を跳ぶ闇魔法で、テラードがクロウの背後を取る。
そして、腕に装着した呪具の力で、クロウに触れた瞬間……濃密な闇が、クロウの体を包み込んだ。
「ぐあぁぁぁ!?」
「殿下!!」
闇が収まった時、そこに立っていたのはクロウであって、クロウではなかった。
眼球が黒く染まり、全身から闇色の魔力を漂わせるその姿からは、とても正気を感じられない。
呪具による、攻略対象キャラの強制支配……ゲーム終盤で発生するイベントで、確かそんなのがあったな。よりによって、まだ本編も始まってないこのタイミングでそれが起こるのかよ!?
「さあ、このまま行けば殿下に君達が殺されるぞ。だが、殿下を殺せば君達も王族殺しの反逆者だ……どうする?」
悪足掻きというにはあまりにも質が悪い二択を突き付けて来たテラードに、俺は苦渋の表情を浮かべるのだった。
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