第55話 黒幕の存在と疲労回復

 村に戻ったら、父さんが魔獣の残党を処理してくれていたらしい。


 村の人達から話を聞いた限りでは、その場から一歩も動かず、剣を抜くことすらなく一方的に魔獣を翻弄し、ボコボコにしたという。


「やっぱり師匠はすごいです……俺もいつか師匠に追い付けるよう、もっと精進します!」


「…………ああ、頑張れ」


 そんな父さんだけど、魔獣を倒した後に気を失ってしまったらしく、今は村の救護所で休んでいる。


 ベッドに横になった父さんは、無理をした身体が痛むのか今にも泣きそうな顔になっていた。


 魔神流は常識の枠に囚われない剣術だ、その分大技を使うと体への負担が大きいし、もう全力で戦える体じゃないというのは本当だったんだろう。


 ……そんな状態の父さんに戦って貰わないと、村を守ることも出来なかった。


 まだまだだな、と俺は自分を戒める。


 と、そこで、救護所にクロウ王子が入ってきた。


「男爵がアークキマイラを倒してくれなければ、この村は壊滅していただろう。お手柄だ、男爵」


「で、殿下……!? じ、自分には過ぎたお言葉です!!」


 王子の前で寝ているのは良くないと思ったのか、父さんがベッドから跳ね起きる。


 そのままビシッと正座する父さんを、クロウは苦笑と共に手で制した。


「楽にしていいよ、あなたは功労者であると共に怪我人なんだ、そんなあなたに無理をさせたとあっては、それこそ王族の沽券に関わる」


「いえ……その……はい……」


 するすると、再びベッドの中に潜っていく父さん。

 なんか、「どうしよう、今更本当のこと言える空気でもない……村の連中も盛り上がってるし……」とか言ってるけど、何の話だろうか?


「さて……ひとまず、これからの話をしようか」


 そんな父さんの独り言は聞こえてないようで、クロウは構わず話し始める。


 まあハッキリ言わないなら大した話じゃないのだろうと、俺も父さんのことは一旦忘れてクロウの話に耳を傾けた。


「ソルド、そして男爵の活躍で、ルルト村の危機は去った。けれど、僕は元々ルルト村の救援に来たわけじゃない、とある組織を追っているんだ」


「それって……まさか、タイタンズですか?」


「ご名答、よく知っているね」


「それはまあ……派手に戦った相手ですから」


「なら話は早い。そのタイタンズが、今回の奇妙な階層式ダンジョンの誕生に関わっていると僕は睨んでいる」


 ゲームではティルティと手を組み、その暴虐を裏で支援していた謎の組織だ。


 イベントで、その本拠地を潰してティルティの力を削ぐっていう流れがあったから、よく覚えてる。


 まさか、スフィアの故郷壊滅イベントにも関わってたなんて──と思っていたら、クロウの口から更に驚きの情報が飛び出してきた。


「そして……そのタイタンズを、裏でマジェスター公爵家が支援している可能性があるんだ」


「なっ……」


 マジェスター家とタイタンズに繋がりがある……そのこと自体は、ゲームをやっていた俺にとって自明だから、特段驚くような話じゃない。


 ことが何よりも驚きだった。


 ゲームでは、スフィアと共に調べる中でティルティとタイタンズの繋がりに気付くって流れだったはずなのに。


 何かの要因で、クロウが真相に気付くのが早くなってる? それとも……。


 その疑いが、一度は完全に晴れてしまうような何かがあったんだろうか?


「階層式ダンジョンだけなら、連中はとっくに撤退している可能性もあったんだが……奴らはアークキマイラを村に放った。これは恐らく、村を潰すことで僕らを村の救援で手一杯にし、自分達が撤退する時間を稼ぐためだ。しかし、その目論見はガランド・レンジャーの活躍によって潰えた」


 父さんが村を守ったことは、敵にとっても大きな痛手だったってことか。


 確かに、村が大変な時に、それを放って攻めに転じることは難しいからな。


「僕はこの機会に、マジェスターとタイタンズとの繋がりを証明する証拠を掴みたい。……連戦になって申し訳ないが、頼めるかな?」


「もちろんです。むしろ、手伝わせてください」


 もしタイタンズとマジェスター家の繋がりを示す証拠が見つかれば、いくら公爵家とはいえその権勢が失墜することは免れない。


 そうなれば……もしティルティに手を出されるような事態になっても、血の繋がりを理由に奪われることを避けられるはずだ。


 ティルティの幸せな未来のためにも、これは絶対に成し遂げなきゃいけない任務だ、疲れたなんて言ってられない。


「けど、当てはあるんですか? 連中がどこに潜んでいるか」


「まだ正確なところは分からないよ。けど、小規模ダンジョンの出現位置からおおよその目処は立っている。幸い、ここにはシルリア嬢もいるわけだし、彼女の助けがあればすぐに見つけられるはずさ」


「なるほど。とはいえ、シルリアは少し休ませてあげたい気も……」


 シルリアの魔法、そう考えるとめちゃくちゃ便利だけど……ここのところ働き通しだし、疲れてないか少し心配だ。


「ソルドは私より自分の心配をすべき」


「おわっ、シルリア!? いつの間に入ってきたんだよ」


 突然後ろから聞こえた声に驚いて振り返ると、いつからそこにいたのか、シルリアが少し不満顔でそこにいた。


 思わず苦言を呈すると、シルリアは益々頬を膨らませる。


「普段のソルドなら気付いてたはず。やっぱり疲れてる」


「いや、それはシルリアが上手く気配を消してただけで……」


 言い訳してみるも、シルリアの視線は冷たいままだ。


 さてどうしたものかと考えたところで……俺は、ふと思いついた。


「じゃあ、《疲労回復リラクゼーション》の魔法をかけて貰うっていうのはどうだ? 連発するのは良くないらしいけど、今日を乗り切るには十分だろ?」


「待ってくれソルド、簡単に言うが、《疲労回復リラクゼーション》は相当高位の治療魔法だろう? 使い手に心当たりはあるのかい?」


 そう、この魔法に限らず、怪我や病の治療など、他者の人体に直接干渉する魔法はかなり難易度が高い。


 医者もそれを理解した上で長い修練を積み、薬なんかと併用しながら治すのが普通だしな。


 でも……一つだけ、例外がある。


 この時代で唯一の、伝説の魔法。聖属性魔法の適性を持ったスフィアだ。


 彼女なら、《疲労回復リラクゼーション》なんてそれこそちょっとした《火球ファイアボール》くらいの気軽さで使えるはず。


「大丈夫です、何ならシルリアも来るか?」


「え、うん……」


 シルリアを伴い、俺は救護所を出てスフィアのところへ向かう。


 そしたら、スフィアだってダンジョンから戻ったばかりだというのに、もう剣術の自主訓練を行っていた。精が出るなぁ。


「よ、スフィア。頑張ってるな」


「あ……師匠せんせい! 男爵様は大丈夫ですか?」


「ああ、そっちは問題ないよ。それより、ちょっとスフィアに頼みたいことがあってきたんだけど」


「何ですか? 師匠の頼みならなんでも聞きますよ!」


 ダンジョンで俺の剣を見て憧れを強めてくれたのか、今日のスフィアはいつにも増して素直だ。


 これなら俺のお願いも聞いてくれそうだなと、俺は軽い気持ちでそれを口にする。


「じゃあ悪いんだけど、お前のこと少し抱かせて貰ってもいい?」


「はい! ……はい?」


 元気な返事を受けて、俺はスフィアを抱き締める。


 ゲーム内で、スフィアはよく落ち込んだ攻略対象達を抱き締めるシーンがあるんだけど、その理由は「昔から私が抱き締めた人が元気になってくれるから」だった。


 その理由を、作中でクロウは「もしかしたら、以前から無意識に《疲労回復リラクゼーション》を使っていたのかもしれないね」と考察してるんだよ。


 だから俺も、その恩恵に与ろうとしたんだけど──その直後、俺はシルリアの風魔法に横からぶっ飛ばされることになって。


 俺が言葉選びを致命的に間違えたことに気付き、シルリアとスフィアの誤解を解くのに、それからしばらくの時間が必要だった。

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