第54話 ガランドの勘違い英雄譚

 時は少々遡り、ソルドがダンジョンボスを撃破した頃──


 そのにて、テラード・マジェスターは薄気味悪い笑みを浮かべていた。


「階層式の仕組みに気付かれたか、思ったより早かったな。だが……流石に、対闇魔法の結界で隠されたこの階層までは見つけられなかったようだな」


 テラードの前にいるのは、このダンジョンの本当のボス。ブラックドラゴンにも匹敵する脅威度とされる四足獣の化け物、アークキマイラだった。


 それを、テラードは自身に付き添う部下の一人に嵌めさせた呪具で操っている。


 三年前、ガストの町で試験運用し、改良した新型。

 アークキマイラのような強力な魔獣を使役しようと副作用はない──という名目で手渡された部下だが、そんなテラードの言葉を額面通りには受け取っていなかった。


 本当に安全なら、自分で付ける。そうしないということは、これもまだ試作段階なのだろうと。


「さて……それでは記念すべき初運用といこう。このキマイラを使って、ルルト村を潰して来い」


「……はい」


 捨て駒だと自覚しながら、さりとて自分に逆らうという選択肢がないこともまた理解しているその男は、アークキマイラに指示を出す。


 本来ならば既に魔獣災害スタンピードが起こっていなければおかしいという段階で、配下の魔獣だけを先んじて第二階層に配置していたため、手駒はこのアークキマイラ一体だけ。


 しかし、ソルドという特異戦力が離れている今ならば、容易に潰せるはずだとテラードは考える。


(懸念があるとすれば、ハルトマン家の令嬢と……レンジャー家の当主が村にいることか。だが、息子の方と違って明確な戦果を挙げたという情報はないし、たとえ実力者だったとしても問題ないだろう)


 そう考えながら、テラードは部下と共にキマイラを引き連れてダンジョンを放棄し、ソルド達の先回りをする形で村へと向かった。


 その先で待つあまりにも予想外な出来事など、想像することも出来ないままに。






「ふむふむ、この辺りでいいかな」


 一方その頃、ルルト村ではガランド・レンジャーが村の外でこそこそと作業を進めていた。


 復興作業中の村人達を楽しませるための、大掛かりな手品の準備である。


「これでまた少し元気になって貰えればいいんだがなー」


 ここのところ、心労が溜まる事態ばかりで気が滅入っているガランドだが、それはそれとして自分の役割はしっかりとこなしている。


 すなわち、大道芸の才能で村人達を楽しませ、慰撫し、復興の力になるという本来の任務だ。


 なんだかんだ言って、彼の性根は面倒見が良く心優しい。だからこそ、女遊びを繰り返すバカ男だろうと、愛想を尽かされることなく妻とやっていけているのだ。


 もちろん、最後の一線を超えればその限りではないだろうが……そこは良くも悪くも慣れているので、上手くやっているガランドである。


「早速コイツを試してみるか」


 そんなガランドが取り出したのは、ティルティが開発した新型の魔道具。魔力がなくとも扱えるという、これまでの常識を覆す新発明……の試作品だ。


 実は家を出る前に、試しに使ってみて感想を聞かせて欲しいと、ティルティからいくつか手渡されていた。


 それを使って手品の準備をしようと、ガランドは順次起動していく。


「おおっ、すごいな。どんどん穴を掘り進んでいくぞ!」


 魔道具が見せる魔法の力に、年甲斐もなくはしゃぐガランド。


 義理の娘がくれたプレゼントのすごさに、素直に喜ぶガランドだったが……実のところ、これはある種の実験台である。


 ガランドにとって盲点だったのだが、実はソルド第一主義のティルティからすると、ガランドは「ソルドが自分より遥かに強いと語るすごい人(ただし女癖の悪いダメ男)」なのだ。


 そんなガランドなら、多少危険な魔道具を持たせても大丈夫だろうと、軽い気持ちでまだ試していない魔道具をいくつも渡していた。


 周りに人がいないところで、くれぐれも気を付けて使ってください、という注意だけを添えて。


「いいねいいね、これなら今までにないすごい手品が披露出来そうだ!」


 そうとは知らず、制御もロクに利かない危険の塊のような魔道具を、次々と起動していくガランド。効果の程を確かめて、それを明日披露する手品に利用しようという算段だ。


 このまま行けば、ガランドは魔道具の暴発に巻き込まれ、下手をすれば死んでいたかもしれない。


 しかし……運命は、彼を見捨てなかった。否、ある意味更なる試練を彼に課したというべきか。


 気付けば、ガランドの目の前にアークキマイラがいたのである。


「……へ?」


 なぜ、こんなところに魔獣がいるのか。

 なぜ、よりにもよってドラゴンにも並ぶほどに強大な力を秘めた魔獣が来てしまったのか。


 なぜ……魔獣が来るかもしれないと息子から警告が出ていたにも関わらず、自分はあっさりと油断して村の外に一人で出てしまったのか。


『グオォォォォ!!』


「あんぎゃあぁぁぁ!?」


 アークキマイラの咆哮にかき消され、ガランドの悲鳴は誰の耳にも届かない。

 しかし、その分アークキマイラの存在はしっかりと村中に知れ渡り、慌てて駆け出して来た村人達の度肝を抜いた。


「なんだ、あの化け物は!?」

「魔獣だ、本当にまた来たのか!!」

「早く逃げないと……!!」

「いや待て、ガランド様だ!! ガランド様がいち早く気付いて、既に魔獣と戦っている!!」


(え?)


 村人達の言葉に、ガランドは顔を引き攣らせた。


 戦っているわけではない。単に外に出ていたらたまたま遭遇しただけだ。何なら、今まさに逃げ出そうとしていた真っ最中である。


「だが、いくらガランド様でも、あんな化け物に勝てるのか……!?」

「信じるしかねえだろ、じゃなきゃ俺達の村は今度こそ終わりだ!!」

「ガランド様、がんばれぇーー!!」


(やめろぉぉぉぉ!! そんなこと言われたら逃げるに逃げられないじゃないかぁぁぁぁ!!)


 村人達の期待を一身に背負わされ、ガランドは白目を剥く。


 せめて、お飾りで腰にぶら下げておいた剣を抜くべきだろうかと、柄に手を添えて……その僅かな間に、アークキマイラはガランドを叩き潰さんと前足を振り下ろしていた。


(あ、死んだこれ)


 全てを諦め、完全な無表情になるガランド。


 この時の彼の姿を、後に村人達はこう語った。


 アークキマイラという強大な魔獣を前に、一切の動揺も油断もなく、静かに構えるその様は──まさに、“剣聖”そのものだったと。


『グオォォォォ!?』


「……へ?」


 突如、アークキマイラの足下が崩落し、山の斜面を転がり落ちていく。


 何が起きたかといえば、もちろん先程起動した魔道具が原因である。


 つい先日あった魔獣の襲撃で、この村の周辺にある木々はその多くがなぎ倒され、減少していた。


 木の根による支えがなくなったところを、ティルティの魔道具によってノンストップで穴を掘り進めたことで地盤が緩み……そこにアークキマイラの体重が乗ったことがトドメとなって、一気に崩落したのだ。


 派手に転げ落ちていくアークキマイラ。しかし、この程度でくたばるほど甘い相手であるはずもない。


 途中で体勢を整えたアークキマイラは、怒りの形相で斜面を駆け上りながら、口内へと魔力を収束していく。


 村の一つや二つ程度、ただの一撃で灰燼に帰す切り札──アークキマイラの魔力砲だ。いきなりそんなものを放とうとするあたり、相当にキレているらしい。


 しかし、全てを葬らんとする一撃を、崩れた崖を登り切ったところで解き放とうとした瞬間──今度は、ちょうどアークキマイラの足下にあった風の魔道具が暴発し、突風がその体を空へと巻き上げたのだ。


『グオォ!?』


 ポーン、と跳ね上げられた巨体が空中でひっくり返り、無人の空へ向かって魔力砲が放たれた。


 当然というべきか、踏ん張りの利かない空中でそんな凄まじい攻撃を放てば、反動の全てが自身に返ってくる。


 目にも止まらぬスピードで、アークキマイラの巨体が急降下し、地面へと叩き付けられた。


 あまりの衝撃に、目を回すアークキマイラ。だが、不幸はそれだけで終わらなかった。


 アークキマイラが墜落したその場所には、ガランドが雑に試そうとしていた魔道具がいくつも置かれていたのだ。


 安全装置も何も無い、しかしティルティの魔力はたっぷりと込められたそれらが、アークキマイラに押し潰されたことによって一斉に暴発する。


 天を貫く閃光。大爆発。

 爆音と突風が嵐となって吹き荒れ、誰もが咄嗟に身を伏せた。


 全てが収まった後、そこには……最初の構えから微動だにせず立ち続けるガランドと、彼の前で力尽き倒れるアークキマイラの姿があった。


「う……うおぉぉぉぉ!! ガランド様が勝ったぞぉぉぉぉ!!」

「すげえ!!流石はガランド様だぜ!!」

「あの魔獣を、村を守りながら無傷で完封するなんて……!! とんでもねえ剣士だ!!」

「きゃーー!! ガランド様、素敵ーー!!」


 危機を乗り越え、大盛り上がりの村人達。

 その一方で、付近に潜んでいたテラードは、小さく舌打ちを零していた。


「まさか、何の実験にもならないうちにアークキマイラが倒されるなんて……!! ガランド・レンジャー、どうやら彼のことを甘くみていたようだ」


 テラードの隣で、アークキマイラを操っていた部下は絶命している。制御の代償として、アークキマイラが受けた死の苦痛をそのまま受けてしまったらしい。


 そのデメリットを知れたことも成果といえば成果だが、それではあまりにも少なすぎる。


「ソルド、そしてガランド……どちらも必ず、俺の手駒にしてやろう。何、既にティルティ・レンジャーの出生の証拠は掴んでいる……後は、父上に任せれば大丈夫だろう」


 あまりにも予想外過ぎる現実から目を逸らすように、テラードはその場に背を向ける。


 この程度のことで計画が崩れることはないと、そう自分に言い聞かせながら。


「最後に笑うのは、俺だ……!!」


 こうして、ガランドの活躍(?)によって、ルルト村は守られた。


 当の本人は、立ったまま気絶しているだけだったとは、誰一人として気付かないままに。

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