第53話 村への帰路
「師匠、本当にすごかったです!! 私、将来は師匠みたいな立派な剣士になります!!」
「ははは、そうか、頑張れよ」
「はい!!」
俺にとって初めての階層式ダンジョンを攻略した帰り道、スフィアはずっとこんな感じで俺の周りを子犬みたいにちょろちょろと駆け回っていた。
ゲームだとバリバリの魔法職で、弱攻撃の剣なんて「使う意味ある?」くらいのオマケ扱いだったんだが……これ、どうなるんだろうな?
魔法を使えるようになったら、さっさと鞍替えしちゃうとか? だとすると少し寂しいんだが。
「師匠、どうしました?」
「いや……これからの修行は厳しいから、ちゃんとついてこれるかなって? お前には魔法使いになる道だってあるし」
「絶対についていきます! たとえ私に魔法が使えたとしても、私は剣士になりたいんです!」
ふんすっ、と鼻息荒く断言するスフィアを見て、可愛いやつめ、と思う。
いや、ヒロインに絆されたとかそういうんじゃなくて、頑張る弟子を見るのは可愛いっていうか。
……出来れば、ティルティとも仲良くなって欲しいな。男を取り合って殺し合うような関係には、なって欲しくない。
「スフィアがそう言いたくなる気持ちも分かるな。何なら、僕ももう少ししっかりと剣術を習おうかと思ったくらいだし」
そして、ティルティとスフィアがいずれ取り合うことになる男はといえば、呑気にそんなことを言っていた。
こいつは最初からスフィア一筋でティルティのことは眼中になかったから、こいつに非があるってわけじゃないんだけど……ティルティをこっぴどく振る相手だと思うとやっぱりムカつく。
「殿下には、魔神流よりも宮廷剣術の方がお似合いですよ」
「つれないね、単なるお作法でしかない宮廷剣術より、君の剣の方が優れているのは一目瞭然だというのに」
僕は悲しいよ、とクロウ王子は露骨な嘘泣きで俺の気を引こうとする。
一方、スフィアは憧れの剣術を褒められて嬉しかったのか、無邪気にはしゃいでいた。
「えへへ、そうです、師匠の剣はすごいんです! 王子殿下もそう思われますか!」
「ああ、あれほど凄まじい剣は、魔法があってすら再現出来ないだろう。本音を言えば、今すぐにでも王家に引き入れたいくらいだね」
というわけで、と。
クロウはにこやかな表情のまま、俺に問いかける。
「どうだろう、うちの第一王女と結婚する気はないかい? ちょーっと歳が離れて今年二十六になるんだが」
「俺のちょうど倍じゃないですか、却下です」
いや、俺の精神年齢的にはすごくちょうどいい相手な気はするんだけど、こうも露骨な政略結婚に軽々しく「はい喜んで」なんて言えるわけがない。
最低限、ティルティと仲良くやっていけるかどうか確認してからじゃないと。
「そうか、ソルドは年上は好みじゃないか……なら、第二王女はどうかな? 去年生まれたばかりだが、将来は間違いなく絶世の美少女だぞ」
「俺を何だと思ってるんですか?」
去年生まれたばっかりなら一歳児じゃねーか。誰がそんな赤ちゃんと婚約するんだよ、流石に引くわ。
「本当につれないね。けど、婚約者については真面目に考えた方がいいだろう。君の実力は既に王国中の貴族達に知られることになっている、今はまだ半信半疑の者が多いが……それが本物だと知られれば、誰もが君の力を欲しがるのは間違いない」
「……ライクも、シルリアと俺を婚約させようなんてしてましたね」
まあ、この世界は常に魔獣達からの侵略の危機に晒されていて、ダンジョンを討滅できる実力者なんていくらいても足りない。
そんな中で、貧乏男爵家の嫡男が、小さいものとはいえダンジョンをほぼ単独攻略してるんだ、戦力の一つとして欲しがられるだろうっていうのは分かる。
「でも俺は、今は誰とも婚約する気はありません。妹を……ティルティを、ちゃんと幸せにしてやるまでは。あいつが家に来た時に、そう誓ったので」
俺は、ティルティの破滅の運命を変えて、幸せにしてやりたい。
ティルティを他の何よりも優先するって決めている今、婚約者が出来たとしても……婚約者として、ちゃんと大切にしてやれる余裕がないからな。
そんな不誠実なことはしたくない。
「そうか。なら、妹さんの婚約者に僕なんてどうだい?」
「ぶち殺しますよ?」
あ、いかん、つい本音が。
でも本当に、お前が恋する相手はそこのスフィアだから、絶対にティルティとの婚約なんて話が拗れる事態にはさせないぞ、コラ。
「おっと、怖い怖い。でも、君が靡かないならその周りを、と考えるのは自然な流れだよ。特に君の妹……ティルティ・レンジャーは養子なんだろう? その気になれば、いくらでも“引っ張れる”」
「…………」
まだ誰にも言っていないけど……ティルティは、マジェスター公爵家の血を継いでいる、本物の公女様だ。
それでいて、今の立場は男爵家の養子で、立場が弱い。ライクっていう味方もいるけど、どこまで守り切れるかというと微妙なところなのは確かだ。
「守りたいのなら尚更、君も、妹さんも、早く身を固めた方がいい」
「だとしても……俺はティルティに、ちゃんと好きになった相手と結婚して欲しいです。あいつはこれまで、散々不幸な目に遭って来たんだ……これから先の人生に、幸せ以外必要ない」
そのために俺は、剣を手に取ったんだ。
その覚悟を今一度確かめるように、剣の柄に手をかける。
「俺の剣が必要なら、いつでも力になります。だからティルティのことは……」
「ふふっ……本当に、妹さんのことが大切なんだね。そこまで想って貰えるなんて、その子が少し羨ましいよ」
俺の思いを聞いて、クロウは小さく微笑んだ。
隣のスフィアも、まるで恋バナを聞いて興味津々な乙女みたいな、キラキラとした眼差しで俺の話に耳を傾けていて……なんかちょっと、恥ずかしくなってきた。
「分かった、君がそこまで言うなら、今回は大人しく引き下がるよ。けど、僕としてはいつでもウェルカムだから、気が変わったら言ってくれ」
「分かりましたよ」
どこまで本気で言っているかは分からないけど、ティルティがマジェスター家に連れていかれるくらいなら、クロウの婚約者にして貰う方が遥かにマシなのは間違いない。
あくまで最終手段として、頭に入れておこう。
「……ん?」
そんな風に話し込んでいると、ふとルルト村の方から妙な気配を感じ取った。
一体何だろうかと顔を上げると……ちょうど村のあるあたりから、強大な魔法による閃光が空を貫き、雲を吹き飛ばす光景を目の当たりにする。
「あれは……まさか、魔獣の襲撃!?」
「バカな、ダンジョンは確かに討滅したはず……!」
「コルス……みんな……!!」
思わぬ事態に、クロウでさえ驚きに目を見開き、スフィアの顔がサッと青ざめる。
何が起きてるか分からないけど……まさか、これがゲームのオープニングイベントなのか!?
村の危機に焦燥感を募らせながら、俺達は大急ぎで村へ向かって走り出すのだった。
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