第52話 クロウ王子の驚愕
僕の名前はクロウ・デア・アルバート。アルバート王国の第一王子だ。
巷では容姿端麗、頭脳明晰、魔法の才能まで備わった完璧超人なんて言われているが……その通りだ。
いや、その通りでなければならない、と言うべきか。
王になろうという者に、欠点があってはいけないから。
仮にあったとしても、欠点だと思われない程には修めなければ話にならない。
その点、僕はどんなこともそれなり以上に上手くこなすことが出来たから、楽ではあったね。
だからこそ、憧れもある。
義務感でもなく、自ら望んで一つの道を極めようとする者に対して。
そして……そんな者が、血筋と才能にこの上なく恵まれた僕以上の“何か”を修める姿に。
「ここだよ、僕が来る途中で見付けたダンジョンは」
「ふーむ……」
僕が指した先にあるダンジョンの入口を見て、ソルド・レンジャーが難しい顔で考え込んでいる。
彼もまた、ある種の求道者と言えるだろう。
魔法至上主義のこの世界で、魔法の才を持たないにも拘わらず、剣一本で貴族の責務を果たさんとする変わり者。
ライクのお気に入りで、懐刀で……魔人さえもその剣で仕留めたという実力者。
(正直、そんなことが可能なのか半信半疑だけど……もし本当なら、面白い)
剣で魔人を倒そうなんて、僕じゃあ考えもつかないし、自分に出来るとも思えない。
それを実行してみせたというソルドの力は、今回の件がなくとも一度見てみたいと思っていた。
(その力がもし本物なら、
タイタンズは、貴族社会にも深く根を張っている。
表向きはどの貴族もその存在を糾弾し、排除のために全力を尽くすとしているが……裏で手を結び、協力関係にあるなど珍しくもない。
それほどまでに、タイタンズは強大な力を持ち、政争で他貴族を出し抜くのに都合が良い存在だということだ。
(バカな話だ。一時の権力のために、未来の全てをロクでもない悪人どもに委ねるなど)
故に……“本気で”タイタンズの排除のために動いてくれると信用出来る人間は、少ない。
ライクと、もう一人の幼馴染。他にも、騎士の中に何人か信用出来る者がいるが……タイタンズの殲滅のために動くには、あまりにも手が足りないだろう。
だから……ソルドには、期待している。
(頼むから、僕を失望させないでくれよ?)
試すような僕の眼差しに、気付いているのかいないのか。ソルドは、どこか呑気にも見える気軽さで口を開いた。
「このダンジョンも、これまで通り小規模な奴みたいですね。サクッと潰すだけなら出来ますけど……問題ないですか?」
「ああ。“本命”への道は、崩壊寸前のダンジョンだからこそ繋ぐことが出来るわけだしね」
ソルドも、そしてライクもまだ知らなかったようだが……無理もない。
つい最近、国内で発見され始めた、新たなタイプのダンジョン──
これまでは、異界とこの世界とを直接繋ぐ“道”兼“巣穴”としてダンジョンを作り、出口を徐々に拡張することでこの世界へと溢れ出していた魔獣達が、新たな動きを見せている。
それが、自分の作った巣穴から直接この世界へと通じる出口を開くのではなく、
こうすることで、出口から逆流する形でやって来た僕ら人間から殺されることなく、安全にこの世界への道を作り続けることが出来る。
出口を一つに絞らないことで、一つあたりの拡張効率は落ちるが……発見されにくい場所へ繋がる可能性が高くなる分、結果としてむしろより大きな“門”が開く公算が大きくなるんだ。
魔獣が知恵を使い、僕ら人間の目を欺こうとしている。
ただでさえ、基礎能力で大きく遅れを取っているというのに、頭まで使われてはたまったものじゃないよ。
そして……こうした魔獣達の行動の変化には、タイタンズが関わっているんじゃないかと僕は睨んでいる。
(このトリックに早期に気付けたのは幸運だった。問題は、この手の階層式でボスを務めるような魔獣は、どれも強力なものばかりという点だが……だからこそ、ソルドの実力を測るにはちょうどいい)
タイタンズが、魔獣達を使って何を企んでいるかは分からない。
だが、もし僕の考えている通りなら、連中は魔人クラスの魔獣を意のままに操る術を持っているということ。
それに対抗する戦力を期待するなら、ソルドにもその程度は一人で打ち倒して貰わなければ──
「ダンジョン内、掃討終わりました。次はどうするんですか?」
「……えっ、もう?」
そんなことを考えている僕に、ソルドからあっさりとそう告げられる。
あまりにも予想外だったために、僕は思わず素の態度でそう問い返してしまった。
いや、一階層目は小規模ダンジョンだから、対処が楽なのは分かる。けれどソルドは今、一歩中に入ってほんの数秒で出てきたんだが……??
「師匠、戦ってるところを見るためについてきたのに、そんなに一瞬で終わったら見学出来ないじゃないですか!」
「ああ、悪い悪い。次はちゃんと見れるような相手だろうから……ですよね、殿下?」
「あ、ああ、そうだね……多分」
そんな風に答えながら、僕はソルドとその弟子……スフィアだったか? の三人と、クヴァトという騎士の四人でダンジョンへ足を踏み入れた。
一階層目とはいえ、既にボスを倒され崩壊寸前の場所だ。あまり長居するべきではない。
けれど……どう見ても、たったひと振りで纏めて斬り捨てられたとしか思えないゴブリンの群れが気になって仕方なかった。
……これをソルドがやったんだよね?
「殿下?」
「ああ、待っててくれ……今、“開く”から」
階層式ダンジョンの深奥へと繋がる門は、巧妙に隠されているが……空間に干渉する闇魔法であれば、それを見付けられる。
戦闘に使えるレベルではない僕の闇魔法でも、これくらいは可能だ。
「《
僕の魔力が崩れかけたダンジョン内を満たし、隠されていた門を暴き出す。
それを見て、ソルドは溜息を吐いた。
「盲点だったな……そうだよ、一階層で終わるダンジョンばっかりだったから、ここではそれが普通なのかと思ってたけど、ゲームでは……はあ……」
……何の話をしているんだ?
「殿下、行きましょうか。スフィア、クヴァトさんから離れるなよ」
「はい!」
スフィアという少女の元気な返事を合図に、僕らはダンジョンの奥……第二階層へと足を踏み入れる。
そこは……災害発生直前らしい、圧倒的な物量のゴブリンと上位種のホブゴブリン達。少ないけど、コボルトもいる。
そして……そんなゴブリン達を従えるように立つ、大きな人型の魔獣、
『マサカ、ココマデクルニンゲンガイルトハナ……』
「喋った……!?」
スフィアが、喋る魔獣……オーガに驚いている。
やはり、高い知能を持った強力な魔獣がいたか。
それに加えて、この数……せめて露払いくらいは請け負わなければ、ソルドも戦えないか。
そう思い、僕が魔法の準備を始める一方で……なぜか、ソルドは自らの剣をスフィアに手渡していた。
「えっ、師匠? あの、これは……?」
「ああいや、
「えぇ!?」
その発言には渡されたスフィアも、クヴァトも、そして僕も驚いた。
剣を使わない? 剣士が? しかも、魔人級の魔獣を相手に?
それで、どうやって勝つつもりなんだ……?
『ナメラレタモノダ……オマエラ、ヤッテシマエ!!』
侮辱されたと感じたらしいオーガが、まずは配下をけしかける。
一斉に向かって来るゴブリン達。それに対して、ソルドは無手のまま……まるでその手に剣を持っているかのような構えで、突撃していく。
「はあっ!!」
『グギャ!?』
ソルドが両腕を振るうと、ゴブリンの一体が血飛沫を上げて倒れた。
何もないはずなのに、まるで剣でも握っているかのような現象に、誰もが目を丸くする。
「まだ浅い……! はあぁ!!」
その勢いのまま、ソルドはまるで竜巻のように駆け回り、ゴブリン達を“斬り”伏せていく。
魔法ではない。本来魔法発動時にあるはずの魔力の燐光が、欠片ほどもないのだから。
仮に魔法だったとして、これを再現出来る物に心当たりがない。
不可視の刃というなら風属性に《
なんだ……なんなんだ、あれは!?
「もっと……まだ、足りない!!」
しかも……よく見れば、ソルドがゴブリンを斬る度に、その傷口がより深くなっていっていることに気が付いた。
最初は体の表面を斬り裂く程度だったのが、気付けば手足が千切れ飛び、いつの間にか真っ二つに両断している。
まさか、成長しているというのか?
このたった一回の戦闘の間に……その腕をひと振りするだけの間に、凄まじい勢いで!!
「もっと、もっと!!」
ソルドが腕を振るう度、見えない剣によってゴブリンが次々と両断されていく。
ひと振りで一匹だったのが、ひと振りで二匹、三匹と増え、一度に十匹以上が切断されるようになる頃には、あれほど大量にいたゴブリン達は一匹もいなくなっていた。
ものの数分、あまりにも常識外れの出来事を前に、下手に知能が高かったが故に何も出来なかったオーガは……その身に宿った恐怖心を誤魔化すように、吼えた。
『ナンナノダ……ナンナノダ、オマエハァァァ!?』
近くの壁に立てかけてあった石の棍棒を構え、ソルドへと振り下ろす。
その一撃は、決して軽くなどない。
重武装の騎士数人がかりで防壁を張ったとて、一撃で叩き潰されてしまうだろうと容易に想像出来る凄まじい一撃だ。
だというのに……ソルドは、退かなかった。
「魔神流剣術、五の型──」
ソルドが構えを取り、跳び上がる。
その瞬間、僕は頭がおかしくなったのかと思った。
ソルドの手に……剣が、握られている。
まるで、最初からそこにあったかのように。ただ、今まで僕に見えていなかっただけであると言わんばかりに、そこに在る。
見れば、スフィアとクヴァトの目にもそれが見えたのか、目玉が零れそうなほどに驚いていた。
「《幽剣乱舞》!!」
『ギャァァァァ!?』
その剣のひと振りによって、オーガは石の棍棒ごと真っ二つになって絶命した。
役目を終えたかのように、幻の剣は消えていく。
その光景を、ただ呆然と見つめることしか出来ない僕達の前で……ボソリと。
ソルドは、とんでもないことを口にする。
「出せたのは剣一本だけ、それも他の技と併用する余裕はまだなしか……父さんには遠く及ばないな。まだまだ修行不足だ」
「…………」
魔人レベルの存在を、まだ未完成の技でこれほど一方的に打ち倒しておきながら、出てくる言葉がそれか? 一体君は何を目指している?
というか、この訳の分からない存在が、まだまだ遠く及ばないと評するレンジャー家の当主は、本当に何者だ? どうしてそれほどの人間がこれまで全くの無名だったんだ!?
「ライク……君の手駒に手を出す気は全くなかったんだけど……うん、まさかこれほどとは思わなかったよ」
こんな存在を独り占めしようとしていたなんて、ライクは相変わらず、人が悪いにも程がある。
僕にも共有しろ。というか、絶対して貰おう。
人知れず、僕は心の中でそう固く誓うのだった。
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