第50話 王子来訪

「《氷狼一閃》!!」


『グオォォ……』


 ダンジョンボスのコボルトを倒し、周囲に他の気配がないことを改めて確認した俺は、大きく息を吐き出す。


 正直、疲れたな。


「お疲れ様、ソルド。大丈夫?」


「大丈夫ではあるけど……キリがないな」


 シルリアがダンジョンを探し出し、俺が潰す。

 そんなやり方でルルト村の安全を確保する作業を始めて、既に二週間。潰したダンジョンの数は十を超えた。


 だというのに……未だに、本命となる災害ハザード直前のダンジョンが見つからない。


「何というか、ダンジョンにいいように振り回されてるっていうか、手のひらの上で踊らされてる感じがする」


「ソルドは……この状況がダンジョンの作戦だと思ってる?」


「まあ、そんな感じ」


 スフィアの村がどうして滅ぶに至ったのか、その詳しい経緯まではゲーム内で語られていなかった。


 だから……俺も今何が起こっているのか、正確なところは分からないんだよなぁ。


「うーん……」


 なんか見落としてる気がするけど、それが何なのか思い出せない。


 奥歯に何か挟まったみたいな、何とも座り心地の悪い感覚を覚えたまま、俺とシルリアは村に戻る。


 すると、いつものように父さんは力仕事で復興支援を手伝っていた。


「父さん、ただいま」


「おうソルド、帰ったか。首尾はどうだった……って聞くまでもないよなお前なら……」


「うん、ダンジョンは一つ潰して来たよ。ただ、やっぱり本丸って感じじゃないね」


 これ証拠、と差し出したのは、仕留めたコボルトから獲れた毛の一部だ。


 父さんからのアドバイスで、魔獣を仕留めたらその体の一部を持ち帰れって言われたんだよね。


 その理由は、俺が間違いなく魔獣を仕留め、この村周辺の安全確保に一役買ってるんだっていう証明になるから。

 証明があれば信用もされるし、それだけの人が村にいるって分かるだけでみんなも安心できるから、と。


 流石は父さん、剣だけじゃなくて、領民の気持ちにまでちゃんと寄り添えるなんてすごい、って褒めたら……「実は、ミラウの奴に言われたんだ、成果は目に見える形で出せ、見えない成果をありがたがるのはやってる本人だけだって……」と返された。


 うん、今回ばかりは、流石なのは母さんだったと思ったよ。


 実際、俺がこうして連日魔獣の素材を持ち帰るお陰で、初日に披露した技と合わせて随分とルルト村の人達に受け入れられた気がするし。


「なあソルドの兄ちゃん、俺にも剣を教えてくれよ!! 俺も姉ちゃんを守るんだ!!」


 帰って早々、こうして村の少年……スフィアの弟であるコルスから、剣の修行をせがまれるくらいには。


「いや、もう教えただろ? 剣の声に耳を傾けて、心と剣とを一つにするんだって」


「だから、意味わかんねーんだよ!? なんだよ剣の声って、剣は喋らねーよ!! 俺はもっと、兄ちゃんがやってるみたいなすげー技のやり方を知りたいんだって!!」


「地道に修行していけば、出来るようになるさ」


「ただ素振りしてるだけであんなわけのわかんない技が使えるわけないだろ!?」


 いやでも、俺がしてきた修行って、大体そういう感じなんだよな。

 素振りして、目隠しで日常生活送って、あとは筋トレとか瞑想とか。

 そういうのをひたすら突き詰めながら、剣と自分を一体化していくんだ。


 それに……。


「お前の姉ちゃんは出来てるぞ、それで」


「それだよ!! それが一番意味わかんねーんだよ!! 姉ちゃんだけ何か特別な修行してるんじゃねーの!?」


 むきーっ!! とコルスが憤慨しているが、これは本当に言葉通りなのだ。


 スフィアは……この二週間で、《氷狼一閃》の前段階、神速の居合を習得している。


 たった二週間でそこまで行くのか、って正直びびったよ。これがヒロインの力か。


「分かる、分かるぞ……意味わからないよな、うんうん」


 そして、父さんも俺と同じ気持ちなのか、コルスの言葉に何度も頷いていた。


 父さんから見ても、スフィアの成長ぶりはかなり凄まじいみたいだ。


 ……ヒロインだから仕方ない、って言ってしまえれば楽だけど、やっぱりこのまま剣で負けるようなことになったら悔しいな。

 俺も、追いつかれないように《幽剣乱舞》を早く習得しないと。


「…………」


「ん? どうした、シルリア」


「ん……本当に、何もしてない?」


 じとー、とシルリアに睨まれ、俺ははてと首を傾げる。

 本当に何もやってないんだけどなぁ。いや、スフィアがおかしいのは分かるけど。


「何もしてないって、スフィアの才能と努力の結果だよ。それより、今はダンジョンのことだよ。何か対策を考えないと、このままじゃジリ貧だ」


 スフィアのことは横に置いて、俺はダンジョンの話題を持ってくる。


 コルスは若干不満そうだけど、ダンジョンの件が片付かないことにはいつまで経っても村が安全にならないことは分かってるんだろう、文句を口にすることはなかった。


「ん……まるで何かに隠されてるみたい。私の魔法でも見つけられないから、多分"この世界"にはないと思う」


「うーん……」


 この世界にないなら、どこにあるのか?

 ティルティみたいな闇魔法で異空間に隠されてるっていうのが一つの候補だけど、それじゃあ大量に出没している小さなダンジョン群の説明がつかない。


 でも、ゲームでも似たような状況はあったはずなんだよな……例えば、そう……。


、とか。そんな感じかい?」


「そうだ、それ!! ……って、え?」


 ずっと引っかかっていた記憶が蘇ったことに喜ぶも、聞き覚えのないその声にハッとなる。


 村の中に入ってさほど警戒していなかったとはいえ、気配を感じさせずに近寄られるなんて、一体誰が……。


「やあ、驚かせちゃったようだね。僕の自己紹介はいるかな?」


「……不要ですよ、王子殿下」


 振り向いた先にいたのは、黒髪黒目のイケメン王子。


 俺の知るゲームの攻略対象筆頭とも言える、この世界でヒロインに次ぐ最強のチートキャラ。


 第一王子……クロウ・デア・アルバートその人だったのだ。


「それは良かった。初めまして、ソルド・レンジャー。会えて嬉しいよ」


「こちらこそ。……それで、王子殿下はこんなところへ、一体何をしに?」


「決まっているだろう?」


 そんな……いずれは王位を継承する、誰よりも貴く守られるべき存在は、にこにこ笑顔でこう言った。


「僕も一緒に、ダンジョン討滅に参加するよ。大丈夫、役に立つから」

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