第49話 剣の弟子
どうもこの村周辺に、ダンジョンが複数あるらしいと分かった……はいいが、どこにあるのかは分からない。
間違いなく、魔獣災害発生間近の危険なダンジョンがあるはずだけど、見付からないことにはどうしようもないのだ。
というわけで、捜索に秀でた魔法を持つシルリアが頑張ってくれている間、俺は村で待機することになったんだが……その間、何もしないっていうのも落ち着かない。
そこで、自分自身の復習も兼ねて、ヒロイン──スフィアに剣を教えることにした。
一子相伝の魔神流をレンジャー家でもない人間に教えちゃダメだろう、と思ったんだけど、父さんがあっさり許したんだ、俺から習ってもいいって。
父さんも、スフィアの秘めたる才能を見抜いたんだろうか?
「いいか、ひと振りひと振り、丁寧に振れ。剣の声に耳を傾けるんだ」
「はい、
木剣を手に、真剣な眼差しで修行に打ち込むスフィアを見ながら、内心ではちょっと複雑な気分になる俺。
この子には何の非もないとはいえ、いずれティルティを破滅させるかもしれない相手を強くする手伝いなんて、ティルティの破滅の運命を呼び寄せるだけじゃないのか?
放っておいても作中最強の魔法使いになる存在に剣まで教えて、余計手が付けられなくなるんじゃ……。
「師匠、どうしましたか? 私の素振り、どこか間違ってるでしょうか」
「いや、何でもない。むしろ、筋がいいなと思って」
「ありがとうございます、頑張ります!」
嬉しそうに笑顔の花を咲かせるスフィアを見ていると、細かな悩みが洗い流され、自然と笑みが溢れてくる。
これがヒロインの魅了パワーか、と自分の変化を客観的に評しながら、俺は話題を変えるように自分から話を振った。
「それにしても、なんで急に剣を習得したいなんて言い出したんだ? 強くなりたい気持ちは分かるけど、剣が時代遅れって言われてることくらい知ってるだろ?」
村が魔獣に襲われ、多大な被害が出た。
スフィアの性格がゲーム通りなら、たとえ全滅まで行かずとも強くなりたいと願うのは自然なことだ。
けど、たとえ素質の有無が分からない段階だろうと、普通は魔法使いを夢見るもんだと思うんだけど。
「……理由はいくつかあります。まず、魔法を習得するなら専門の先生が必要ですが……私にも、この村にも、そんなお金はありません」
「あー……」
確かに、この村じゃあ……たとえ今回の襲撃がなかったとしても、魔法の先生なんて雇う余裕はないだろうな。
魔法の先生って、ほぼ貴族だし。貴族を雇うのは安くない。
「それに……私には、弟がいますから。この村を離れるわけにも行かなくて……だから、一時的にしろ、この村に滞在することになった師匠にお願いしようと思ったんです」
もしタダじゃ教えられないと言われたら潔く諦めるつもりだったと、スフィアは言う。
あーそっか、ゲームだと素質が判明してすぐ、攻略対象である王子の誘いに乗って学園へ向かうことになるんだけど……あれは、故郷が弟を含めて全滅していたからこその即決だったんだな。
だとしたら、この村を守りきることさえ出来れば、スフィアが学園に入学することもなく、ティルティと関わる未来を阻止出来るかもしれない。
そんな風に、どこまでも打算的な思考でいる俺に、スフィアは「それから」と笑みを浮かべた。
「師匠が見せてくれた技が、あまりにも綺麗だったので……この人はきっと、大切な何かを守るために、必死に頑張って来たんだろうなって、そう思ったんです。だから……私もこうなりたいって、気付いたら声をかけていました」
「…………」
ヤバい……めちゃくちゃ嬉しいんだけど。
こんな風に真っ直ぐ褒められて、俺の思いも努力も肯定されて、憧れられて……嫌いになんてなれるはずがない。
ううむ、これがヒロインの力……ゲームで事実上の逆ハーレム状態になるのも頷ける。気を引き締めねば。
「師匠……?」
「何でもない、ありがとな。それより、ちゃんと素振りを続けな、何事も基礎が一番大切だぞ」
「はい!!」
元気な返事と共に、素振りを再開するスフィア。
その一生懸命な姿を微笑ましいなと思いつつ、時々細かい部分を指摘して……と、それなりに師匠らしいことをしていると、後ろから知っている気配がなぜかこそこそと近付いてくるのを感じた。
「シルリア、戻ったのか」
「あっ」
振り返ると、ちょうどシルリアが俺に飛び掛ってくるところだった。
後ろから悪戯でもしようとしてたんだろうけど、俺が気付いて振り返ったせいで、なんだかシルリアが抱き着いてきたみたいな感じになってる。
思わぬ距離感に驚いたのは俺だけじゃなかったようで、シルリアは慌てて距離を取った。
「……ん、戻った。私、頑張ってたのに、ソルドはなんか楽しそうだったから……大人しくお仕置きされて」
「お、おう、なんかごめんな」
悪戯が失敗して恥ずかしかったのか、ほんのりと顔を赤くするシルリア。
遊んでたわけじゃないんだけど、人に指導するのも悪くないと感じてたのは事実なので素直に謝ると、シルリアは気を取り直すように一度頭を振る。
「とにかく、ダンジョン見付けたよ」
「そうか……やっぱりあったんだな」
「ん。でも小さくて、本命じゃない感じ」
シルリアが新たに見付けたダンジョンも、これまでと同様にとても魔獣が溢れ出すようなサイズじゃなかったらしい。
本当に、どうにも不自然な状況だな、こんなイベントゲームにあったか……?
ただ、それより今は。
「シルリア……“小さいダンジョンだ”って分かるってことは、まさか中まで入ったのか?」
シルリアの魔法は、距離を無視して離れた場所を視ることが出来る……が、空間ごと隔絶されたダンジョン内部を覗き視るなら、ティルティのような闇魔法の適性がいる。
案の定、シルリアから返ってきたのは肯定の返事だった。
「ん。入って確認してきた」
「危ないだろ!! シルリアの身に何かあったらどうするんだ!!」
俺の剣幕に、シルリアは驚いて目を丸くしてる。
そんな彼女へ、俺は感情のままに言葉をぶつけた。
「そのダンジョンが小さかったからまだしも、もし本命だったら内部は相当危険な状態だ。お前の実力を信用してないわけじゃないけど、一人で入るなんて危険すぎる」
「でも、確認しておいた方が、ソルドの負担も減るし……」
「俺の負担なんかより、シルリアの命の方が大事に決まってるだろ! お前は単にライクの妹ってだけじゃない、俺にとってももう、家族同然の大切な存在なんだ!!」
シルリアとの付き合いも、もう三年だ。
俺が主に関わるのはライクだったけど、シルリアだってティルティの一番の友達としてよく一緒にいるし、そうなれば必然と会話の機会も増える。
もしシルリアが危険に見舞われたら、命懸けで守りたいと思うくらいには大切な存在だし、無茶はして欲しくない。
とはいえ、こんなのは俺のエゴで、過保護過ぎるってことくらいは分かってる。
もしティルティに同じことを言ったら、「私にとっても兄さんは大切な存在ですが!? 少しくらい私にも背負わせてください!!」とか何とか言い返されるだろうし。
だから、きっと怒ってるだろうな……と思いきや、なぜかシルリアはさっきまでより更に顔を赤くして、俯いていた。
「大切……家族、同然……」
「ええと……シルリア、どうした?」
「な、なんでもないっ」
更に一歩距離を取られ、俺は戸惑う。
そんな俺に、シルリアは捨て台詞のように早口でまくし立てた。
「一時間後にダンジョンまで案内するから休んでて。また後で」
「お、おう……」
風のように走り去っていくシルリアを見て、俺はどういう事だと首を傾げる。
そんな俺を見て、スフィアはくすりと笑みを溢した。
「愛されてますね、師匠」
「はあ……そう、なのか?」
いまいち意味が分からず、大量の疑問符で埋め尽くされる俺に対し、スフィアはただ意味深に笑い続けるのだった。
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