第48話 新たな攻略対象

「珍しいですね、貴方がここに来るなんて。……何かあったんですか?」


 ライク・ハルトマンは、侯爵家に来客を迎えていた。


 まるで夜空の如く見る者の視線を釘付けにする、漆黒の髪。

 柔らかな光を湛える黒曜石の瞳は、向けられただけで老若男女問わず惹き込まれてしまう不思議な魅力を放っていた。


 ライクも大概美少年と呼ばれる部類だが、それでも彼には敵わないだろうと素直に思える。とても同年代の、まだ十三歳の少年とは思えない色香だ。


 このアルバート王国の第一王子、クロウ・デア・アルバート。ライクの幼馴染である。


「何かあったというより、何か起こるかもしれないと言った方が正しいかな? ハルトマン侯爵領で、闇組織タイタンズに動きがあると王家の“影”が掴んだらしい。それで、こうして自分の足で調査に来たんだよ」


「王子自ら? 流石に護衛くらいはいますよね……?」


「必要ないさ、僕の実力は君も知っているだろう?」


「実力の問題ではないのですが」


 はあ、と溜息を溢すライクに、クロウはすっとぼけた表情を返す。


 昔からこいつは、自由過ぎる……と頭を抱えながら、それでも気を取り直して問い掛けた。


「……ここしばらく侯爵領は荒れていましたから、タイタンズが根を張っていることは予想通りです。今現在、主要都市から順に掃討を行っているところですが……王子は、それでは不十分と考えたわけですね」


「ああ、連中はしぶとい、侯爵家の動きは予想しているだろうし、君の部隊が潰しているのも単なる下部組織……切り捨てて終わりだろう」


 タイタンズは、独自の製法で呪具を作り出して裏社会に流し、暗躍を続ける謎の組織だ。


 奴隷売買から密輸、暗殺にテロ、時には武器商人として戦争にまで関わることで、多くの顔と人脈を持ち、長きに渡ってこの王国を苦しめる癌のような存在。


 表向きは真っ当でも、裏でタイタンズと繋がりがある貴族も決して少なくないだろうとさえ言われている。


「だからこそ、僕が来たのさ。騎士の部隊を動かせばどうしても察知されるが、普段から一人でフラ着いている王子の動向までは、連中だって完璧に掴めないだろう?」


「だからって、王子が無断外出する言い訳にはなりませんよ?」


「全く、ライクは相変わらず固いなぁ。少しはルイスを見習いなよ」


「あんな脳筋野郎に見習う点などありません」


 クロウの挙げたもう一人の幼馴染の名に、ライクは口をへの字に曲げて抗議する。


 そんなライクの反応にからからと笑い……すぐに、クロウはスッと表情を引き締めた。


「僕が心から信用できる人間は、決して多くない。今頼れるのは君だけなんだ、協力してくれ」


「それにつきましては、言われるまでもない、と返させて頂きますよ」


「それでこそだ。感謝するよ、親友」


「領内に虫がいると言われては、対処しないわけにもいかないでしょう」


 クロウからの信頼の眼差しに、ライクはわざと素っ気ない返事で答える。


 素直じゃないなぁ、と内心で思いながら、クロウは早速本題に入った。


「僕が掴んだ情報によれば、タイタンズは侯爵領で何か大きな“実験”をしているようだ。記録を残すための映写魔道具や紙、それに奇妙な素材の流通量がここ三年で僅かに、しかし確実に増えている」


「……表向きの需要と噛み合わない数字の変化は、そのまま裏に……タイタンズに流れているということですね?」


「その通り。ここまで言えば、君なら“どこ”が連中の実験場になるか、予想がつくんじゃないかい?」


「ええ。少しお待ちを」


 一旦席を外したライクが持ってきたのは、侯爵家が把握している商人達による物資の流れを記録した書類だ。


 裏には裏のルートがあるが、いくら巨大な闇組織とはいえ、その巨体が活動するために必要な物資全てを非合法な裏ルートに頼ることは出来ない。特に、表でも流通を禁じられていない品は、必ずこうした“善良な”商人の足で運ばせる。


 クロウからもたらされた情報を下に、ライクが見出した答えは──


「……辺境の村、ルルト。ここに、タイタンズはいる」


 資料の横に並べた地図を指し、ライクは深い溜息を溢した。


 自らの無力を嘆くようなその仕草に、クロウは苦笑を浮かべる。


「気付かなかったのも無理はないさ。君はまだ、侯爵家を掌握して一年だろう? いくらお膝元とはいえ、王家の一員である僕の方が情報を持っていても仕方ない」


「いえ、そんなのはただの言い訳でしょう。実際、父上はこれに気付いていたようですし」


「……ふむ?」


 ライクの父親といえば、つい先日まで病に倒れていた侯爵家の前当主だ。


 いくらなんでも、目覚めて数日でタイタンズの動きを掴むことなど出来るはずがないとクロウは考えるのだが、ライクはそう思わなかった。


「父上は……ルルト村に、僕の従者とその師であるレンジャー家当主を送り込みました。村一つの復興支援に使うには、あまりにも過剰戦力かつ駒の無駄遣いだと疑問に思っていましたが……父上は、この状況を分かった上で采配していたのでしょうね。僕に何も言わなかったのは、自力で気付くまで様子を見るためだった……」


 実際は、ライクの父クラークはソルドとガランドのことを単なる手品師だと思っているため、本当にただの復興支援要員として送り込んだだけである。


 しかし、ソルドだけでなくガランドもまた優れた剣士だと考えるライクの目には、現在の状況はそのように見えていた。


「その従者というのは……例の?」


「はい。“タイタン”を、剣術だけで打ち倒した化け物です」


 ソルドについて、ライクはクロウに何も教えていない。


 教えていないが、ライクはクロウがそれを当然把握しているものと分かっていたし、クロウもまたライクがそれを察していると知っている。


 幼馴染故の……そして、同じように人を導く立場として生まれた者同士としての信頼関係を覗かせながら、二人の少年は視線だけで通じ合う。


「分かった、ならば僕は現地に行こう。手配を頼むよ」


「はい。信用出来る者を使って、ルートを選定します。ただ……」


「うん? どうした?」


 クロウが動き、ライクがバックアップ。

 一人足りないが、今よりもずっと幼き頃に、子供達だけで大人相手に数々のイタズラを仕掛けた懐かしい記憶を思い出すクロウだったが……そんな彼に、ライクが一つだけ釘を刺した。


「あいつは俺の従者なので、盗ろうなんて考えないでくださいよ?」


 予想外の言葉に、クロウは目を丸くする。

 そして、その意味をゆっくりと咀嚼した後……思い切り、笑い出した。


「はははは! 君がそこまで気に入るなんて、よっぽど面白い男なんだね」


「今の侯爵家が立て直すには、この上なく重要な駒なので。それに、妹も個人的に彼を好いていますし」


「分かった、そういうことにしておいてあげるよ」


 十分君も“個人的”に気に入ってるだろう、という言葉は、口にせずともライクに伝わり、これまた苦虫を噛み潰したような表情が返ってくる。


 そんな幼馴染の反応を面白がりながら、クロウは呟いた。


「果たして、どんな男なんだろうね、ソルドは……今から、会うのが楽しみだよ」


 こうして、どこぞの男爵家当主の願いとは裏腹に、ルルト村を中心とした大きな騒動の幕が、人知れず静かに開くのだった。

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