第47話 ガランドの息子観察日記4
俺の名前はガランド・レンジャー。そろそろ木っ端貴族だと言い張るのも難しくなってきた、ただの男爵だ。誰か助けて。
いやまあ、レンジャー家単体で見ればまだまだ木っ端なんだが、ソルドのヤツがすっかりライク様の従者として定着しちまったから、男爵位を持つ貴族の中じゃあ頭一つ抜けた存在に……。
別に、それ自体はいいんだ。昔馴染みに思いっきり自慢して威張れるネタが出来るわけだし、悪くない。
問題は、こうして侯爵家の厄介事を持ち込まれてしまうことだろう。 いつ俺も戦地に送り込まれることになるかと気が気じゃない。
それでも、今回はまだ気楽な仕事だと思っていたんだ。
依頼主はライク様じゃなく、俺が単なる手品師だと知るクラーク様。
依頼内容も、既に魔獣が打ち倒された村の復興支援だから、沈んだ気持ちにある村人達を元気づければいい。それなら俺の得意分野だ。
そう、得意分野なんだ。だから油断した。
まさか、出かけたと思っていたソルドに、芸を披露しているところを見られるなんて……。
「…………」
ソルドは今、剣を膝の上に置いた状態で座禅を組み、瞑想に耽っていた。
ついさっき、村の女の子に剣を教えてくれと頼まれていたが……既に日が傾きかけていたし、教えるとしても明日からだと一旦解散になったんだ。
そして、一人になったソルドは俺と一緒に寝泊まりする部屋で、ずっとこうしてる。
……いや、流石に今回は無理だよな?
俺が披露した宴会芸は、単に服の中に上手いこと隠し持った剣を取り出し、あたかも虚空から生み出したみたいに見せかける手品だ。
ソルドには、《幽剣乱舞》なんてそれっぽい名前で言ったけど……いくらなんでも、何も無いところから剣を生み出す剣術なんてあるわけがない。
これまで常識外れなところを散々見せてきたソルドだが、こればっかりは……。
「──魔神流剣術、五の型……《幽剣乱舞》!!」
カッ、と目を開いたソルドが、剣を脇に置いて立ち上がり……剣を持たないままの手を、全力で振るう。
その先にあるのは、テーブルに立てられた一本のロウソクだ。
室内に突風が吹き、ロウソクの火が消える。
剣で火の根元を断ったというよりは、振り抜いた勢いで生じた風圧で吹き消したって感じだな。それくらいは俺でも分かる。
「……ダメか……」
落胆した様子で、ソルドはその場に座り込んだ。
額には汗が滲んでいて、いやこんな荒唐無稽な技のために、どんだけ本気で集中してたんだよってツッコミを入れたくなったが……元を辿れば焚き付けたのは俺だし、それは流石に言えない。
「まあそう落ち込むな、ソルド。剣の道は一日にしてならずと──」
「──ロウソクは斬れるけど、剣として実体化させるのがどうしても出来ないな」
「言うし……って、は?」
代わりに励まそうと思った俺の前で、ソルドがとんでもない発言をした。
えっ、ロウソクは斬れる? でもさっき火が消えたのは……。
そう思ってもう一度ロウソクの方を見たら、斜めに線の入ったロウソクの上半分が、ゆっくりと滑り落ち……テーブルの上を転がるのを目撃してしまった。
……は?? いや、え? 斬れたの? 剣も使わずに? 魔法も使わずに? 腕を振っただけでロウソクを??
「これじゃあ今までの技の劣化にしかならないよな……もう少し別のアプローチを考えて……っと、すみません師匠、何か言いましたか?」
「…………いや、何も?」
うちの息子、怖い。
これまでも大概意味が分からん技を剣だけで実現させてきたけど、剣を持たせなくても出来るとは思わなかった。
思考がフリーズし、完全に固まっている俺を見て何を思ったのか。ソルドは不甲斐ない自分を恥じ入るかのように頭を振り、再度口を開く。
「師匠、一度は卒業を言い渡された身で、こんなことを聞くのは間違っているのかもしれませんが……何か、この技を成功させるコツはありませんか? どうにも俺は、何か根本的な思い違いをしているような気がしてならないのですが……」
コツなんてあるなら俺が知りたいし、根本的な思い違いというならそもそも、そんな技がこの世に存在すると思い込んでいること自体がそうだよ!! 気付けこのバカ息子!!
「……それは、俺ではなく剣に聞け。全ての答えはそこにある」
いや俺も何を言っているんだ、剣は神託を授ける女神か何かか? 何でもかんでも剣に聞けば答えが返ってくるなら誰も苦労しないっての。
「……!! なるほど、確かに俺は、少しばかり強くなったからと魔神流の基礎を失念していたようです。もっと深く、剣の声に耳を傾けてみます」
いや納得するんかーーい!!
本当に、俺が言うのもなんだが、うちの息子はちょっと純粋過ぎやしないか? そのうち本物の詐欺師にホイホイ騙されやしないかと心配だよ。
「ソルド、いる? 今、平気?」
「シルリアか。ああ、大丈夫だぞ」
そんな風に、全く噛み合わない親子のやり取りをしていると、シルリア様が部屋にやって来た。
中の様子を見て、修行中だったと気付いたんだろう。少し申し訳なさそうな声色で口を開く。
「明日の相談に来たけど……邪魔?」
「いや、平気だよ。俺の修行なんかより、今はこの村の問題を解決することの方が大切だからな」
そういえば、ソルドの常識外れっぷりに驚かされたせいですっかり忘れかけてたけど……既に魔獣は掃討されたって聞かされてたこの村の周囲には、まだ未発見のダンジョンがあるんじゃないかって言ってたな。
それで、ソルドがダンジョン討滅のために出払っている間、万が一魔獣が来たら俺に村を守って欲しいとかなんとか。
……いや、無理だからな?
「とりあえず、明日も目標は一つ発見、一つ討滅だ。それが本丸だったらありがたいんだけど……」
「探すのは私とクヴァトでする。それまで、ソルドは村で休んでて。ソルドは切り札、余計な体力を使うのはダメ」
「そうか? ありがとな。じゃあその間、俺はスフィアに頼まれてた剣の修行でも付けてやるか……」
「ちゃんと、休んで」
「わ、分かってるよ……だから自分の修行はしないって言ってるんじゃないか……」
シルリア様から睨まれて、たじたじになるソルドを見ながら、俺は心から願う。
頼む……村に魔獣が来るなら、ソルドがいる時にしてくれ。
俺は剣聖でもなんでもない、ただの宴会芸人なんだ。頼むから何事もなく、平穏無事に終わってくれえ!!
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