第45話 隠されたダンジョン

「魔獣やダンジョンの様子について知りたい……? まあいいですけど」


 俺とシルリアの二人で、常駐している騎士……クヴァトさんに話を聞きに来た。


 昼間から酒でも飲んでたのか、ちょっと臭うんだけど……今それを指摘してたら話が進まないので黙っていよう。


「別に変わったことはありませんでしたよ、よくある獣型の魔獣で、強さも小規模ダンジョンなら妥当な範囲でした。ダンジョン自体も……ああでも……」


「何かありました?」


「ああいえ、いくら小規模ダンジョンとはいえ、そういえば随分と魔獣が少なかったなぁと」


 ダンジョンというのは、魔獣達が棲む“異界”とこの世界とを繋ぐ門のようなものだ。


 偶発的に、あるいは強大な力を持つ魔獣が自身の能力で以てこじ開けられた門には、多くの魔獣が寄ってくる。


 寄り集まり、力を合わせることで、より大きな門に拡張して、こっちの世界へ雪崩こもうとするんだ。


 だからこそ……いくら弱い魔獣しか集まらない小さなダンジョンでも、“数”が少ないというのは珍しい。


「出来たてのダンジョンであればそういうこともありますが、多少なりと外に魔獣が溢れる段階なら、もっと多くてもおかしくないのになぁと……そんな風に思いましたね」


 ダンジョンボスも非常に弱く、まだまだ外に魔獣が出てくるようには見えなかったという。


 そう聞くと……やっぱりまだ何かあるように思えて来るな。


「それがどうかしたんですか?」


「ん……ダンジョンが、まだ他にあるかも」


「えぇ!?」


 俺と同じ結論に達したらしいシルリアがそう言うと、クヴァトさんは目を丸くする。


 もしそうなら一大事だ。今この時も、見過ごしたダンジョンは成長を続け、この世界に魔獣を放ってるってことになるからな。


「ですが、少なくともこの周辺にそれらしいダンジョンはなかったはずです。頭数が少ないので、見落としが絶対にないとは言いませんが……規模の大きなダンジョンを見逃すことは有り得ないかと……」


「人のやることに、絶対はない」


 だからもう一度調べてみようというシルリアに、クヴァトさんは「……分かりました」と神妙な顔で頷く。


 昼間から酒浸りのダメ騎士かと思ったけど、案外ちゃんとしてるな。


 それとも、こんな田舎だと酒に強くなきゃやっていけないんだろうか。他に娯楽もなさそうだし。


「行こ、ソルド」


「ああ」


 まあ、この騎士の素行や実力に関しては、俺がとやかく言うことじゃない。まずは俺の中にある懸念を払拭しないと。


 というわけで、シルリアの《千里眼クレアボヤンス》の力を借りて、村の周辺を探索することに。


 常駐している騎士は彼一人で、後は村の有志を募っての探索という、何とも不安になるやり方だけど、騎士の人手が足りないのでこうするしかないんだと。


 ただ……そのお陰というべきか、成果はすぐについてきた。


「見つけた、ダンジョン」


「ば、馬鹿な……!?」


 ルルト村にほど近い山の中腹で、小さなダンジョンが見付かった。


 規模としては……これもちょっと小さいかな?


「この辺りは一度探したはず……なのにどうして……」


「見落としくらい誰にでもある。次が大事」


 言葉通り、被害が出る前に見付かったこともあってさほど気にしていない様子のシルリアだけど……村で暮らすクヴァトさんとしては、そう簡単に切り替えられることでもないんだろう、かなり悔しそうだ。


「隣町に救援要請を出して、また討滅部隊を組んで貰わなければ……」


「必要ない、ソルドがいるから」


 ね? と、シルリアから期待の眼差しを向けられる。


 ……まあ、初ダンジョンの時みたいに、入ってみたら黒竜が待ち構えてました、みたいなことがない限り、よっぽど大丈夫だけども。


「分かった、俺がこのダンジョンを“閉じる”よ」


「大丈夫なんですか……?」


 不安そうなクヴァトを引き連れ、三人でダンジョンへ足を踏み入れる。


 中は、特に変わったところもない草原だった。


 獣タイプの魔獣がボスだと、よくある光景だな。この三年間で俺が潜ったダンジョンも、大抵はこういう感じだった。


 そして……中にいる魔獣も予想通り、黒い狼が群れをなし、少し大きなボスが最後尾から咆哮を上げている。


「シルリア、下がってろ。クヴァトさん、シルリアのこと頼みます」


「えっ、ちょ、君!?」


 シルリアのことをクヴァトさんに任せ、俺は剣を抜いて魔獣の群れに突っ込んでいく。


 狼らしい連携を見せ、俺を取り囲むそいつらへ向かって──俺は、フレイから受け取ったばかりの剣を抜く。


「魔神流剣術、一の型……《氷狼一閃》!!」


 抜いた瞬間、世界が上下に断ち切れたような気がした。


 俺に向けて飛びかかってきた下っ端の狼達も、離れた位置で余裕そうに俺を睥睨していたボス狼も、全て纏めて一刀のもとに両断。

 凍り付いて、粉々に砕け散る。


「ははは……これは凄いな。俺自身が強くなったって勘違いしそうだ」


 今までとは文字通り格が違う、とんでもない剣だ。


 侯爵家でも少し振ったけど……こうして実戦で使ってみると、本当にヤバいもの貰っちゃったなって興奮と畏れが同時にやって来る。


 ただ……いまいち喜んでばかりもいられないんだよな。


「いくらなんでも……手応えが無さすぎる」


 武器が良かった、それはもちろんそうだろう。


 でも、魔獣が溢れ、災害発生寸前のダンジョンとしては魔獣の量が少なすぎる。


「……うーん」


 まるで霧の中を歩いているような、なんとも言い難い気持ち悪さを覚えながら……この日はひとまず、村に戻ることになった。

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