第44話 ソルドの懸念
「いやあ、まさかこんなことになるとはな……」
ルルト村で、俺達三人が宿泊することになった宿で、俺は一人呟く。
父さんと俺の二人部屋なんだけど、今は父さんが挨拶回りのために出払ってるんだ。
こういう田舎では、最初にしっかり好印象を与えておかないと村八分になるからな──なんて、自分も村を統治する領主ならではの言葉を溢していたし、実際俺もその通りだと思う。こんなところにいないで、俺も挨拶くらいするべきだろう。
でも、今はそれどころじゃない。一回落ち着いて、情報を整理しないと。
「スフィア、この世界の
だからこそ、スフィアは二年後、その能力を見込まれて貴族達の通う魔法学園へ入学することになり、それが物語開始の合図となる。
でも……平民であるスフィアが、聖属性の魔法に覚醒するには、一つの切っ掛けが必要だった。
それが、生まれ故郷の壊滅。
スフィアはとある事件で故郷を失い、家族も仲間も全ていなくなってしまう。
その時の悲しみと怒りを胸に秘め、それでも人に対する優しさを失わない心の強さが、プレイヤーと攻略対象達に好かれる一因になるんだ。
でも……そう考えると、今の状況は少しおかしい。
「この村は魔獣の襲撃こそ受けたし、被害もあった……でも、
ゲームの展開では、スフィアただ一人しか生き残ることが出来ず、死ぬ間際に覚醒したその力を、最初から使えていれば──という後悔を抱きながら学園へ向かう展開だった。
でも、村はまだある。
魔獣は倒され、ダンジョンも閉じられ、こうして復興支援が始まっている状態だ。普通に考えて、危険は去ったと見るべきだろう。
だからこその、復興支援なわけだし。
「侯爵家の状況が変わったことで、イベントにも変化が起きた……? それとも……」
まだ誰も気付いていないだけで、この村を滅ぼす"本当の元凶"は、まだすぐ近くに潜んでいるのか。
「うーん……」
「どうしたの、ソルド?」
「うわっ、シルリア!? いつの間に」
突然の声に驚いて目を開ければ、ベッドでゴロゴロしている俺の顔を覗き込むような恰好で、すぐ傍にシルリアが立っていた。
びっくりして転げ落ちそうになる俺に首を傾げながら、シルリアは呟く。
「ノックはした。……ソルドが気付かないなんて、変。何かあるの?」
「あー……いや、なんて言ったらいいかな……」
こんな近くで声をかけられるまで気付かないなんて剣士失格だな、と思いながら、どう説明したものかと頭を掻く。
俺の懸念事項は、ハッキリ言って妄想に近い。
もしかしたら、仕留め損なった魔獣がまだ潜んでいるんじゃないか、なんて……何の証拠もなしに軽々しく発言していいことじゃないし。
けど、そんな俺の躊躇いを吹き飛ばすように、シルリアは更にずいっと顔を寄せて来た。
「ソルドの言ったことなら、どんなことだって信じる。だから、言って」
「……ありがとな、シルリア」
ここまで言って貰ったら、俺も正直に伝えないと不誠実だろう。
というわけで、俺はこの村がもう一度魔獣に襲われる可能性があるんじゃないかってことを、シルリアに伝えた。
「……報告では、魔獣が出て来たダンジョンはもう討滅されてるって聞いた。ソルドは、それじゃあ不十分だと思ってる?」
「特に証拠があるわけじゃないんだけどな……嫌な予感がするんだ」
そう、今回の襲撃がゲームにおけるイベントで、騎士によって滅びを迎えることなくやり過ごせたというならそれでいい。
でも……どうしても俺は、そうは思えなかった。
イベントは、まだ終わっていない。そんな気がする。
「そっか……良かった」
「良かったって、何が?」
「ん……ソルドが、あのスフィアって子に惚れたのかと思ったから」
「ぶっ!?」
シルリアが抱えていた予想外過ぎる懸念に、俺は思わずむせ返る。
いやいや、俺がヒロインに恋心を抱くとか、いくらなんでも分不相応過ぎるだろ。
「ないない、そんなのあるわけない」
「そっか。……ならいい。ソルドは、その……お兄のだから」
そう言って、シルリアは俺の隣に腰を下ろした。
ぴたりと体を寄せられ、肩越しにシルリアの体温が伝わって来る。
まだまだ子供……なんだけど、体の発育が良いせいで年下とは思えないシルリアがこうも間近にいると、流石にちょっと緊張してしまう。
そんな俺の気を知ってか知らずか、シルリアはいつも通り感情の読みにくい表情で口を開いた。
「それなら、調べてみよ」
「調べるって、魔獣が近くにいるかどうかをか? どうやって?」
「地道に。魔獣を仕留めた騎士の話を聞くところから」
そう言って、シルリアは立ち上がる。
まるで羽のようにふわりと浮かび、くるりと俺の方へ振り向くさり気ない仕草を見るだけで、この子も大概美少女だよな、と何となしに思う。
流石、チュートリアルだけの登場で終わらせるなんてもったいないと言われた美少女だ。
「どんな魔獣で、どんな様子だったのか。討滅したダンジョンがどんなところだったのか……そうすれば、ソルドの心配事もなくなるかも」
「そうだな。行ってみるか」
そんなシルリアと並んで、騎士の話を聞くために部屋を出る。
……なぜかそこでティルティの顔が頭に浮かび、背筋にちょっと冷たいものを感じたんだけど、それは流石に気のせいだったと思いたい。
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