第43話 辺境の村ルルト
すっかり元気になった……というにはまだまだ肉付きが悪いけど、パッと見では元気そうなおじいちゃん、って感じだったクラーク元侯爵様。
そんな侯爵様からの依頼で、俺と父さんはルルト村という場所へ旅立つことになった。
案内役にシルリアを付けられ、馬車に揺られること一週間ほど。ついに辿り着いたその場所は、確かに辺境と呼ぶに相応しい山奥の村だった。
「ここは土地柄、これ以上大きくは出来ない。代わりに、雨が多くて作物を育てるのには向いているから、大事な場所。ただ……あまりたくさん騎士を常駐させられるほどじゃない」
「そこを魔獣に襲撃されたわけか……」
「ん。山の中にあったダンジョンを見逃したみたい。反省」
見逃したのはここを守る騎士であって、シルリアじゃないんだが、それでも領主家の一員として責任を感じているみたいだ。
まだ十二歳なのにしっかりしてるな、と思いながら村に入れば、崩れた家から瓦礫を撤去する作業員の姿が目に映った。
他にも、藁の覆いがかけられた“何か”の前で泣き崩れている人達もいて……犠牲者の埋葬もまだ済んでいないんだなと、少し暗い気持ちになる。
「ここの復興を手伝うのが、俺たちの仕事なわけだな」
「ん。ソルドにとっては、あまり気の進まない仕事かもしれないけど……」
「そんなことないよ。これも大事な役目だ」
前世の記憶を思い出してこの方、ティルティただ一人のためにって剣に邁進してきた自覚はあるけど……だからって他の事に興味が無いわけじゃないし。
こういう地味な作業も、誰かのためになると思えば頑張れる。
「ん……それじゃあ、まずは村長に顔合わせするね」
というわけで、俺達はシルリアに案内され、村長がいるという屋敷に向かう。
その間も、村の様子をなるべく観察してみたんだけど……正直、あまり好意的な視線は向けられてないな。
ただ、その理由は正直よく分からない。
支援に来たのがたった二人なのが不満なんだろうか?
そんなことを考えながら、俺達は村長さんと顔合わせし、しばらく滞在して復興を支援する旨を伝える。
それを聞いた村長さんは、表面上喜んではいたけど……やっぱり、どこか余所余所しいというか、あまり期待してないように見えた。
「なあシルリア、こんなこと聞くのもなんだけど……侯爵家って、ここの人から嫌われてる?」
「……父様の件で、ずっと領内が荒れてたから」
「あー、なるほど……」
元侯爵……クラーク様が病に倒れたことで、侯爵家のお膝元であるガストの町でさえ治安が悪化するほどガタガタになってたんだ。こんな辺境の村となれば、その影響がもっと強く出てもおかしくないだろう。
これから信頼を取り戻して行かなきゃいけないって時に、騎士のミスで甚大な被害が出た上、救援に来たのがこんな子供じゃあ、文句の一つ二つあっても仕方ないか。
「──だからって、こういうのは感心しないけど、な!」
「えっ……」
シルリアの肩を抱き寄せて、その先から飛んできた石を鞘に入ったままの剣で打ち払う。
目を向ければ……その先では、一人の幼い少年がこちらを睨み、石を掴んで威嚇していた。
「てめえら!! 今更ノコノコやって来たかと思えば、なんだよたった三人って!! しかも子供とヒョロイ男だけ……舐めてんのか!!」
「別に舐めてるわけじゃないんだが……」
さて、こういう時はどうしたらいいんだろうか?
俺の立場で言えば、主である侯爵家の令嬢に危害を加えられそうになったんだ、今すぐコイツを斬るなり捕らえるなりするのが正しいのかもしれない。
けど、感情面だけで言うなら……こいつの言い分に賛同したいと思う俺もいる。
俺だって、自分の故郷が大変な時に、支援だとか言って領主家が送り込んだのがただの子供だったら、ブチ切れるだろうし。
「やめて、コルス……!! すみません、お嬢様方。私が代わりにどんな罰でも受けますので、どうかこの子は……!!」
「な、何言ってんだよ、姉ちゃん!! 俺は何も間違ったこと言ってないだろ!?」
少年の暴挙を止めたのは、俺と同い年くらいの女の子だった。
輝くような黄金の髪を持つ、絶世の美少女。
シルリアほど発育がいいってわけじゃないけど、少女から女性へと至る途上のそれは同年代の少年の心を掴んで離さないだろうと、そう思わせる。
そんな美少女でありながら、サファイアの瞳に宿しているのは誰にも負けないほど強い鋼の意思。
血が繋がっているのかいないのか、大して似ていないその少年を絶対に守るんだというその眼差しに、俺は気圧され……同時に、強く惹かれるものを感じた。
そして……初めて会った気がしない、奇妙な既視感も。
なんだろう、思い出せそうで思い出せない。モヤモヤするなぁ。
「…………」
何も言わずに睨み合う格好になった俺達に、父さんは何も言わない。いつも通りの済ました表情で、じっと見ているだけだ。
こういう時こそ、大人が間に立って欲しいんだけど……俺達だけで解決させるつもりなんだろうか?
となると、この場を収められるのはシルリアだけなんだけど……。
「……私は何も見てない、から。許すも許さないも、ないよ」
「ありがとうございます!! ……ほら、行くわよ!」
「離せよ姉ちゃん!! 俺はあいつらに一発くれてやらなきゃ気がすまねえ!!」
「ダメだって言ってるでしょう!? もう!!」
姉弟が、離れていく。
後に残された気まずい沈黙に、ひとまず俺達も離れようかと思っていると……ふと。
周囲で見ていた村人達の呟きが、俺の耳に入った。
「正直、コルスの気持ちは分かるが……危ないところだったな」
「ああ。止めてくれたスフィアちゃんには、俺達も感謝しなきゃな」
「……え?」
ふと足を止め、今喋っていた村人達へ目を向ける。
なんで自分たちが見られているのか分からず、彼らが困惑してるけど……俺としては、それどころじゃなかった。
「今……スフィアって言ったよな……?」
スフィア。その名前は、ノブファンプレイヤーなら誰もが一度は目にし、人によってはすぐに忘れ去られる名前。
でも……
黄金の髪とサファイアブルーの瞳、そして何より、誰もよりも強い正義の心を持つ、プレイヤーの分身。
俺の知るゲームの主人公にしてヒロイン。
ティルティと幾度となく対決し、最後はその手で葬ることになる全ての元凶が、目の前に現れたのだ。
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