第42話 ガランドの息子観察日記3

 俺の名前はガランド・レンジャー。しがない木っ端貴族だ。誰がなんと言おうと木っ端貴族なんだ。


 そんな俺だけど、ここ数年は激動の日々を送っている。


 全ては、うちの常軌を逸した天才児、ソルドが原因だ。


 三年前、コイツはたった十歳でダンジョン攻略に参加し、ボスを撃破。しかもその足で、突如出現した魔人まで倒してしまった。


 それだけでも、俺としてはその場で卒倒するくらい驚いたっていうのに……それから数日と経たないうちに、見上げるほどに巨大な魔人を倒したらしい。


 千を越す騎士の軍団を撃滅するために開発された、対軍儀式魔法。その直撃を受けても耐えるとかいう、もはや人間が個人で挑んでいい次元じゃない化け物を、魔法ですらない剣で倒した。


 なんかもう、凄すぎて逆に驚かなくなってきた。何なのコイツ。


 そして……そんなソルドの力を求めてか、ハルトマン侯爵家は以前とは比べ物にならないくらい我が家と親密になり、レンジャー領の発展に尽力してくれた。


 インフラは整備され、背の高い建物は増え、行き交う商人が増えたことで金も入ってくるようになった。


 金が増えれば人も増え、増えた人が新たな金を呼び込む好景気。降って湧いた幸運に、俺はこの三年間思考停止して喜んだ。喜ばないとやってられなかったんだ。


 しかし、しかしだ。……ついに、現実と向き合う日がやって来てしまったらしい。


 ハルトマン侯爵家前当主、クラーク・ハルトマン。俺の“宴会芸”を評価し、爵位を与えてくれた張本人が、ついに目を覚ましたらしいのだ。


 つまり……俺が本当は何の力もないポンコツだと、ライク様に知られてしまう!!


「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……!!」


「父さん、そんなに頭抱えてどうしたの? あ、お見舞いの品を忘れたとか?」


「あ……」


 確かに忘れた。ヤバい。

 いやいや、今はお見舞いよりも、俺のことだ。


 ソルドの力は本物だが、俺は偽物。それがライク様に知られた時、どうなるか分からない。


 これまでの三年間、散々侯爵家の金でウハウハやって来た。

 去年なんて、お忍びで出掛けた酒場で綺麗な女の人をナンパしたところを妻に見付かって、半殺しにされたりもしたしな。我ながら何やってんだ。


 そんな風に現状をエンジョイしていた俺に、実は何の力もないと分かったら……ライク様がどんな反応をするか分からなくて怖い。


 いや、これまでも何とかなったんだし、きっと何とかなるよな? な?


 そんな不安を抱えたまま、俺とソルドを乗せた馬車は侯爵領に到着した。


 まずは侯爵家に挨拶に行くべきだと思うんだが、シルリア様の気遣いもあって、先にソルドの剣を受け取りに行くことになったみたいだ。


 ……ちょっとホッとしたのは内緒だぞ。

 いや、問題の先送りにしかならないのは分かってるんだが。


「来たわね、ソルド!! 待ってたわよ!!」


 鍛冶屋に着くと、真っ先に出迎えたのは赤髪の女の子だった。


 鍛冶屋の娘らしいんだが、ソルドはかなり気に入られているようで、いきなり抱き締められている。


 おうおう、お熱いねえ。ソルドはただのスキンシップくらいにしか思っていなさそうだが。


 お前、いつか刺されるぞ。


「早速だけど、これが新しい剣よ。今度こそ、ソルドのことを守ってくれるわ! 絶対!」


「ありがとう、フレイ」


 これまたお熱いセリフと共にソルドが渡されたのは、真っ黒な刃を持つ一風変わった剣だった。


 とにかく頑丈に、それでいてソルドの剣術を邪魔しないようにと試行錯誤した結果、片刃でやや反りのある……“刀”とかいう異国の剣を参考に、完成させる運びとなったらしい。


 俺は量産品の……ほぼ鉄の棒と変わらない安物しか使ったことはないから、剣の善し悪しなんてほとんど分からないんだが……そんな俺でも、一目で業物だと分かる。


 そんな代物を渡されて、俺と違い剣の天才であるソルドが喜ばないはずはなかった。

 瞳を輝かせ、フレイとかいうその子にお礼を言っている。


「これなら、またあの巨人が現れても真っ二つに出来そうだ……!! ありがとうフレイ、最高の剣だよ!!」


「どういたしまして!」


 いやいや、あれを真っ二つは流石に無理だろう。

 ……無理だよな? 無理だって言ってくれ。


 でも、俺以外はみんなソルドなら出来ると思っているのか、誰もツッコミを入れない。


 あれ? 俺がおかしいの?


「ソルド、そろそろ行こう」


「あ、そうだな。フレイ、俺はこれから侯爵様に会いに行かなきゃだから、またな! 今度しっかりお礼するよ!」


「ええ、分かったわ。これまで以上に凄いとびっきりの武勇伝、待ってるわよ!」


「任せとけ!」


 シルリア様に手を引かれるような形で、ソルドが店を後にする。


 なあ、ソルドってもう、町を滅ぼすような巨人を斬ってるんだよな? それを超える武勇伝って何? ていうかソルドもなんで当たり前みたいに請け負ってるんだ? 出来ると思ってるのか?


 ……本気で思ってそうだし、実際ソルドならやってのけそうなのが怖い。


 というわけで、実の息子が本当に人間なのだろうかと、割と真剣に悩んでいたら、いつの間にか侯爵家の屋敷に辿り着いてしまった。


 ああヤバい、ついにこの時が来てしまった。なんて言い訳するか考えておかなきゃいけなかったのに、ソルドと鍛冶屋の娘とのやり取りに気を取られてすっかり忘れてたぞ。


 どうしようどうしようと、再び焦り始めるも、今更悩んだところで妙案が浮かぶはずもなく。


 ついに、侯爵様が待つ応接室に通されてしまった。


「おお、よく来たな、ガランド! 元気そうで何よりだ!!」


 そこには、病から復帰したばかりとは思えないほど快活に笑う、クラーク侯爵の姿があった。


 いや、記憶にある彼の姿より随分と痩せこけ、よく見れば腕なども老人のように肉が削げ、皮が骨に張り付いたような状態になっている。


 けれど、その元気そうな笑顔と身に纏う覇気が、病弱な見た目を吹き飛ばすほどの活力となって滲み出ていた。


「はい、ガランド・レンジャー、招集に従い参上致しました。クラーク侯爵におかれましては、病に打ち勝ったこと誠に……」


「いい、いい。お前と私の仲だろう、堅苦しい挨拶は抜きにして飲もうではないか!!」


「父上。酒はまだダメだと医者に止められているでしょう? お止めください」


「う、うむ……すまん……」


 クラーク侯爵の隣に座るのは、彼が眠っている間ずっと侯爵家を回していた才児、ライク様だ。


 一応、去年あたりに正式な当主として国王陛下から認められていたはずだが……クラーク侯爵が“元”になるのか、一旦ライク様が爵位を返上するのか、どちらだろう。


 俺としては、クラーク様が当主でいてくれた方が気が楽なんだが。


「ああそれと、俺を侯爵と呼ぶのはやめろ、ガランド。病からは復帰したが、こうも弱った体では侯爵家を引っ張っていくのは当分無理だろう。もう数年もしたらライクも成人だ、既に陛下からも認められているようだし、俺はさっさと楽隠居に入るとするさ」


「そ、そうですか……」


 もう少し頑張ってくださいクラーク様、そして俺を渦巻く勘違いの糸をいい感じに解いて、俺にも楽隠居させてください!!


 いやでも、俺がクラーク様から爵位を授かった時に一緒に戦った騎士達は、そのほとんどが俺のように爵位を授かって準貴族となり、ガストの町を離れている。


 クラーク様が隠居するなら、このまま俺の無能ぶりが露見することなく逃げ切れる可能性も……。


「ところで……俺としては、またお前の剣技を見てみたいのだが。久しぶりに披露してくれないか?」


 ダメだった逃げきれない!!


「クラーク様、自分は既に剣を置いた身です、披露するほどのものはありませんよ」


 ここで俺が単なる手品を披露して、万が一にもライク様に疑われるようなことがあってはならない。


 頼むからこの話はここまでにしてくれ!!


「む、そうか? それは残念だ……お前は俺と違ってまだ若いというのに」


「父上、でしたら彼……ソルドに披露して貰うというのはどうでしょう?」


「む? ソルドというと、そこの小僧か」


「ご紹介に与りました、ソルド・レンジャーです。レンジャー家の長男で、父さん……父上の唯一の弟子でもあります」


「ほほう! それはいいな、是非その腕前を見せてくれ」


 あ、ヤバい。俺の代わりにソルドが披露することになってしまった。


 いやでも、これはどうなるんだ?

 俺の剣は単なる手品で、クラーク様も手品だと知っている。


 だが、ソルドは本物の剣術なんだ。それをクラーク様が目にしてどんな反応が帰ってくるのか……全く想像出来ない。


「そうだな、これを斬ってみせよ。何か準備はいるか?」


 そう言ってクラーク様は、自らの魔法によって氷の塊を生み出した。


 それを見て、ソルドは問題ないと首を横に振る。


「大丈夫です。この場で斬ってみせますので、抜剣の許可を頂けますか?」


「ほほう! 構わんぞ。それ、やってみろ」


 クラーク様が、氷の塊を宙に放る。


 それに目を向けたソルドは、剣の柄に手をかけて──


 キンッ、と。


 鍔鳴りが響いたかと思った次の瞬間、氷が真っ二つになって床を転がった。


 ……以前、ソルドの剣を見た時は、まだ“剣を振っている”のがギリギリ見えていた。


 だが今は、本当に音が鳴っただけで何も見えなかったぞ。えっ、今剣抜いたの? 抜いてなくない? でも斬れてる。怖い。


 そんな俺の驚愕を他所に、クラーク様はパチパチと大きな拍手をしていた。


「素晴らしい!! ははっ、見事な剣術だ。うむ、流石はお前の弟子だな、ガランド。よもやその歳で、お前と変わらぬ技を披露出来るとは、将来有望ではないか」


 あ、これあれだ、ソルドの剣が凄すぎて、俺の手品と区別がつかなくなってるぞこの人!!


 ソルドの剣を手品だと勘違いして褒め称えるクラーク様に、ライク様はジト目を向けていた。


「父上……彼の剣術がこれほどのものだと知っていたのでしたら、もっと早くから重用するべきだったのでは?」


 ソルドの剣を本物だと知るライク様が、俺に男爵位を与えて田舎へ押し込めたことへ不満を露わにしている。


 やめてくれ、それですら俺には過ぎた褒賞だったんだ、俺は何も不満などない!!


「む? いや、確かにガランドの剣はとても有用だった。彼のお陰で、俺のダンジョン攻略は成功したと言っていい。だが……平民をいきなり重用するのは、周囲がうるさいだろう? それはお前もよく分かっているはずだ」


「……確かに」


「だから、まずは男爵位を与えて実績を積ませ、その上で侯爵家に招こうと考えていたのだ。まあ、俺の病でその話も有耶無耶になってしまったがな」


 確かにそんなようなこと言ってましたね、侯爵家専属の芸者となって、騎士達を慰撫して欲しいとかなんとか!!


 でも、今その話をするのはやめて貰えませんかね!? ライク様、絶対勘違いしてるよ!! 俺の剣術の腕をとっくの昔にクラーク様が把握してたみたいな解釈してるよこれ絶対!!


「彼やソルドの剣術が、この目で実際に見るまで無名だった理由がようやく分かりました。父上が情報統制し、他家から隠しておられたのですね? 引き抜かれないために」


「うむ、その通りだ」


 違う、その通りだけどそうじゃない!! 言ってることは正しいけど、本物の剣士と単なる手品師との間には途方もなく大きな違いがあるよ!? 気づいて!?


 いや、気付かれたらそれはそれで、俺の平穏が終わるから、気付かれない方がいいのか?

 けど、このままでもやっぱり平穏じゃないし……うおぉ……!!


「しかし、ライクの言い草からして、既に実績は十分に積んでいるようだな。ならば、俺から一つ依頼をしてもいいか? 目を覚ました後に見かけた仕事なのだが」


「父上、もしかしてあの件を彼らに任せるつもりですか? 宝の持ち腐れでは……」


「おかしなことを言うな? ライク。彼ら以上に適した人材もいないだろう」


 なんだ、また厄介事の匂いがするんだが。何をやらせるつもりなんだ? ソルドに任せたら何とかなるだろうか。


「ハルトマン侯爵領の辺境……ルルト村という場所が、魔獣の被害を受けて壊滅状態になった。既に魔獣は討伐され、復興支援の真っ最中なのだが……レンジャー家には、それを手伝って貰いたいのだ」


 内心ビクビクしながら、その依頼内容を聞き届けた俺は……ちょっとホッとした。


 復興支援なら、剣術はいらない。何なら、手品師としてやれることもあるだろう。クラーク様もそれを期待しているんだ。


「謹んでお受け致します」


 これなら命の危険もないし、簡単簡単──


 そんな風に安請け合いしたことを、後に凄まじく後悔することになるなんて、この時の俺は想像もしていなかった。


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