第41話 成長した少女と不変の朴念仁
「こんにちは。……どうしたの?」
「おお、シルリア!」
母さんから兄妹揃って盛大な説教を食らっていると、シルリアがレンジャー家にやって来た。
変化に乏しい表情と、森林を思わせる翠緑の髪は以前と変わらず。
でも、この三年間で身長はティルティと変わらないままなのに、なぜかやたらと大きく育った胸が視線を集める、れっきとした美少女へと成長していた。
そんな美少女シルリアが、幼い頃と変わらない無防備な格好で窓を乗り越えて入ってくるもんだから、ちょっと目のやり場に困ってしまう。
主に、窓枠に引っかかって揺れる胸元とか、やたら短いスカートとかのせいで。
「…………」
「いでっ」
俺の視線に気付いたのか、ティルティに脇腹を抓られてしまった。ごめんて。いや、俺が謝るべきはシルリアかもしれないけど。
ただ、当のシルリアはそんな俺たちのやり取りに気付いているのかいないのか、改めて父さんにぺこりと頭を下げている。
「お邪魔します」
「あ、ああ……以前にも言いました通り、我が家はいつでも歓迎しますよ。ハルトマン家にはお世話になっておりますので」
父さんの言う通り、俺たちは侯爵家にめちゃくちゃお世話になっている。
ティルティみたいな子供が、曲がりなりにも魔道具の試作品を作り上げられるほどに研究を続けられているのも、侯爵家の支援あってのものだし、領内のインフラ整備やガストの町へ続く街道の敷設なども進んだことで、三年前とは比べ物にならないくらい大きな町へと発展した。
それでも、ガストの町にはまだまだ遠く及ばないんだが、それはまあ仕方ない。
ここまでして貰えただけで破格の待遇だし、その恩に報いるためにライクの依頼で剣を振るったのも一度や二度じゃないからな。
俺個人としても、実戦経験が積めてありがたかったから、むしろ恩が積み上がっているような気もするんだけど。
しかし……。
「久しぶりだな、シルリア。二ヶ月ぶりくらいか?」
侯爵家と蜜月の関係になって以来、ほぼ毎週のように遊びに来ていたシルリアだが、ここ二ヶ月はパタッと音沙汰がなかったのだ。
そのことを少し不思議に思いながら話しかけると、シルリアは「ん」と少し機嫌が良さそうに答えた。
「パパが目を覚ましたから、忙しくて」
「えっ……本当か!?」
こくりと頷くシルリアに、俺は目を丸くした。
シルリアの父……ハルトマン侯爵家前当主、クラーク・ハルトマンは、重い病のせいでずっと寝たきりだったはずだ。
ゲームにおいても、その姿はおろか名前さえ一度も出てくることはなく、既に亡くなっているとだけライクの口から語られる。
だから、助からないんだろうと思ってたんだけど……そうか、元気になったのか!
「良かったな、シルリア!」
「っ……う、うん」
「あ、ごめん、つい」
感極まって手を握ると、シルリアは顔を真っ赤にして距離を取る。
そうだよな、もう年頃なんだし、異性の俺が軽率に触れるのは良くないよな……ううん、怒らせてしまったな……。
「兄さん……?」
「いや、その、えーと……とにかく、レンジャー家からも何か快復のお祝いとかしないとね、父さん!!」
「あ、ああ、そうだな……」
ティルティから注がれる絶対零度の眼差しを誤魔化すように、父さんへと話を振れば、なぜかこちらも歯切れが悪い。
どうしたのかと顔を覗き込むと、「やばい、先代様は俺のことを知ってる……」とか、「バレたら打ち首か? 打ち首なのか?」とかなんかよく分からないことをブツブツ呟いていた。
父さん、先代侯爵様に何か失礼なことでもしたの……??
「それで……パパも、会いたがってるから。ソルド、一緒に来て」
「俺と?」
「ん……あ、ガランド様も」
「だよな」
どう考えても、会ったこともない俺より、自ら男爵の地位を与えた父さんの方が元侯爵様も会いたいだろう。
あれ? でも、ライクの父親が目を覚ましたなら、ライクが無理に侯爵家を率いる必要はなくなるし、どうなるんだ?
まあ、その辺りは行ってみれば分かるか。
「フレイからも、ソルドの新しい剣が出来たって連絡があったから……ついででもいいから、挨拶に来て」
「ほんとか!? ついに出来たんだな、新しい剣!!」
シルリアからの思わぬ報告に、俺のテンションは上限を振り切って上がっていく。
三年前の激闘で、俺がへし折った剣は百本近く。フレイの店には、ちょっと洒落にならない損害を与えてしまった。
ただでさえ、地上げ屋からの突き上げを喰らい閉店寸前だったところにそのダメージ、正直ちゃんと鍛冶屋を続けられるのか気が気じゃなかったよ。
しかしそこは、流石はライク様というべきか。タイタン討伐に多大な貢献を果たしたってことで勲章と男爵位を授け、侯爵家の名の下に店の立て直しを全面バックアップしてくれたみたいだ。
この国の仕組みとして、伯爵位までは王家が授ける“正式な”貴族で、それより下は貴族達が自分の部下として授ける“準貴族”とでもいうべき爵位なんだけど……それにしたって、そう簡単に得られるもんじゃない。
フレイのお父さんは驚き過ぎて泡を噴きながら失神したって聞いたけど、そこは職人というべきか、与えられた爵位に見合う仕事をすると、フレイ共々奮起してくれた。
そうして製作が始まったのが、魔人を斬ることを前提とした、俺専用の剣。
戦いの中で飛び散ったタイタンの体の一部や、この三年間で仕留めた魔獣の素材を使って作る、この世でたった一本しかない剣だ。
それが、ついに完成したというのだ。
興奮するなという方が無理がある。
「じゃあ、早速行こう!!」
「っ〜〜!」
シルリアは風の魔法を得意としていて、タイタンとの戦いの時も俺の体にしがみつくようにして空を飛んでくれたし、その後も何度か似たような経験をした。
だから、今回も……というノリでまたしてもうっかり手を繋いでしまい、シルリアは益々顔を赤くしながら叫んだ。
「きょ、今日は……!! ソルド一人じゃ、ないから……馬車……!!」
「あ、そうか。それもそうだな」
父さんも一緒に行くなら、シルリア一人で抱えて飛ぶわけにもいかない。
興奮し過ぎてそんな簡単なことも失念していたと反省する俺に、またしても突き刺さるティルティの眼差し。
やばいどう言い訳しよう、と思っていると、ティルティは可愛らしく頬を膨らませながら、俺の体に抱き着いた。
「私だって、成長期ですから……負けませんから!!」
「へ? ええと……そうだな??」
親友であるシルリアへのセクハラ(?)について怒られるかと思いきや、予想外の言葉が飛び出してきて、俺は戸惑う。
そんな俺に、母さんはにこりと笑いながら、一言。
「ソルド。……女の子を泣かせたらダメよ?」
「ええと……は、はい」
な、何なんだろう、一体……。
疑問に思いながらも、俺は父さんと一緒にガストの町へと出発するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます