第40話 ティルティの大失敗

 タイタンとの激戦から、三年が経った。


 俺は十三歳、ティルティも十二歳となり、学園入学まで残すところあと二年というところ。


 ぶっちゃけ、この三年間はとても平和だった。


 魔獣災害を起こしそうなダンジョンが発見されて死闘を繰り広げたり、闇の奴隷商タイタンズの下部組織が見つかったので叩きのめしに向かったりと、俺個人で見れば波乱万丈ではあったけど……ティルティはずっと平和だったので、トータル平和な三年間である。


「見てください、兄さん! 試作品がついに出来ました!」


 そんなティルティが、ある日の朝、俺の部屋に飛び込んできた。


 ちょうど早朝の修行を終えて着替え中だった俺は、上半身裸のまま答える。


「おお、悪いティルティ、もう少し待ってくれるか?」


「あ、えと、その……し、失礼しましたっ!!」


 顔を真っ赤にして飛び出していくティルティを見ながら、もうそんな歳かーと感慨深い気持ちになる。


 ちょっと前までは、夜が寂しいからと同じ布団に潜り込んできたりしたもんだが……いい加減、兄妹でベタベタするのは恥ずかしいと感じるようになってしまったようだ。


 成長が嬉しいような、寂しいような、そんな気持ちになりながら着替えを終えた俺は、改めてティルティを部屋に招き入れる。


「待たせてごめんな、ティルティ」


「い、いえ……急に飛び込んですみませんでした……」


 ぷしゅう、と湯気が出そうなくらい真っ赤になったままのティルティが可愛くて、ついつい頭を撫でてしまう。


 この三年でティルティは精神面だけでなく体も成長し、少しづつ女の子らしい曲線が現れ始めてはいるんだが……それを込みにしてもまだまだ子供体型、可愛い天使だ。つい甘やかしたくなる。


 そんな俺の変わらない扱いに、少し不服そうにしながらも、それはそれとしてまだまだ撫でられるのは好き……という複雑な心境を覗かせたティルティは、そんな自分を誤魔化すように首を振って、その胸に抱いていた道具を俺に見せた。


「そ、それより、ついに出来たんです!」


「出来たって、何がだ?」


「魔力がなくても、魔法を使えるようにする道具です!」


「おお、ついに!」


 ティルティが作り上げた新発明に、俺は瞳を輝かせる。


 三年前、大きく発展したガストの町を見て以来、ティルティはずっと魔力がなくとも日常の中で魔法を使えるようになる道具の開発に勤しんでいた。


 もう少しで出来そう、ってここ最近はずっと部屋に籠りがちだったから少し心配してたんだけど、ついに出来たのか。


「いいですか? これはですね……!」


 出来上がったそれを説明したくて仕方ないのか、ティルティは早口オタクと化して俺にその仕様を説明してくれる。


 ぶっちゃけ、専門用語と魔法使いにしか分からない感覚の話がメインだったので、内容はほとんど理解出来なかったんだが……要するに、魔力を溜め込むことが出来る“魔石”って石から、自動で魔力を吸い上げて、魔法陣へ供給する仕組みの開発が一番大変だったんだと。


 こういうプレゼンでは、まず実践してから説明するもんだぞ……とアドバイスしてやりたいが、正直一生懸命説明するティルティがあまりにも可愛くて、このままずっと見ていたい気持ちが強い。


 ただ、そんな俺の気持ちはバッチリ見透かされてしまったようで、ティルティはぷくっと頬を膨らませて不満を露わにした。可愛い。


「もう、兄さん、聞いてますか?」


「ちゃんと聞いてるよ。ティルティは喋ってるだけで可愛いな」


「っ〜〜! い、今それは関係ないじゃないですか! やっぱり聞いてませんね!?」


 もーっ、とポカポカ叩くティルティを、悪い悪いと撫でて宥める。

 やがて落ち着いて来ると、ティルティ自身も説明に夢中になり過ぎた自覚が芽生えて来たのか、恥ずかしそうに咳払いをして出来たばかりの魔道具を差し出す。


「それでは、実際に兄さんが使ってみてください!」


「ああ、分かった」


 差し出されたそれは、パッと見は音楽を聞くレコードに似てる。

 円盤部分に魔法陣が刻まれていて、台座部分には魔石を嵌め込むための穴が一つ。ここに嵌めれば魔法が発動するんだろう。


 ドキドキしながら、ティルティに促されるまま魔石を嵌めると……魔法陣が輝き始め、次第に魔道具を中心に風が巻き起こり始めた。


「おお……!! すげえ、魔法だ!!」


 まさか本当に魔法が発動するなんて……ティルティを疑ってたわけじゃないけど、こうして目の当たりにすると感動する。


 そんな俺を見てくすりと微笑みながら、ティルティは口を開いた。


「えへへ、上手くいって良かったです。けど兄さん、室内でこの風は少し強すぎますから、ちょっと抑えましょう」


「ああ、そうだな」


 魔法が発動したことへの感動で忘れかけていたけど、ここは俺の部屋の中だ。段々風が強くなってきて、色んなものが吹っ飛びそうになってる。そろそろ止めないとマズイだろう。


 ただ……。


「抑えるって、どうやるんだ?」


「どうって、魔力の流入を抑え……あっ」


 繰り返しになるが、ティルティは魔法使いだ。小さい頃から、魔力は制御出来て当たり前の世界に生きている。


 故に、失念していたらしい。


 魔法の発動だけでなく、制御も自動化しなければ、俺のような人間に魔法は扱えないことに。


 つまり……この魔道具、一度起動したら、魔力を使い切るまで止まらない。


「きゃあぁぁぁ!?」


「うおぉぉぉぉ!?」


 やがて、強くなりすぎた風によって俺たち兄妹仲良く吹き飛ばされ、部屋がぐちゃぐちゃになり……やがて風が収まった後も、母さんから盛大に説教を食らうことになったりと、踏んだり蹴ったりの時間を過ごすことになるのだった。

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