第39話 ガランドとライクの勘違い対談

「──というわけで、うちのシルリアとレンジャー家のソルドで婚約をと思っているのだが、どうだろうか?」


「…………」


 もはや頻繁に訪れ過ぎて通い慣れてきた、ハルトマン侯爵家の屋敷にて。

 ガランド・レンジャーは、ライクから唐突にぶち込まれた婚約話を前に、思考が真っ白になっていた。


(えっ、婚約? うちは男爵家なんですけど? 男爵家に侯爵家の娘を嫁がせるなんて聞いた事ないんですけど!?)


 貴族は体裁を重んじ、爵位に応じた家格というものを常に考えて行動するものだ。


 結婚相手などその最たるもので、家格が釣り合わない相手と結ばれたとて百害あって一利なし、本人達がいくら愛し合っていても結ばれないのが普通である。


 もちろん、多少家格に差があれど、その“差”を埋めるだけの価値が相手にあれば成立することはあるが……レンジャー家は単なる貧乏貴族、侯爵家と釣り合う要素など一つもない。


 唯一、ソルドの常軌を逸した強さを除けば。


(うちの息子が天才過ぎて怖い。いやもう、あれは天才なんて次元じゃない、もはや化け物だ化け物)


 実の息子を化け物呼ばわりするのはどうかと思うが、それが偽らざるガランドの本音だった。


 なんでも、今回は侯爵領が丸ごと滅びかねない巨大な魔人が出現し、それをソルドが斬り刻んで倒したという。


 それを聞いた時、理解が追いつかな過ぎて思考を放棄したのは、言うまでもない。


「本人達も互いを憎からず想っているようだし、両家にとってもこれは悪くない話だと思うのだが」


 ちなみに、ライクはこう言っているが、本人達はどちらかというと反対の立場を取っていた。


 具体的には、ソルドとシルリアにその話をした瞬間、シルリアが羞恥のあまりライクを腹パンで沈めてしまい……それを見たソルドが、いつものド天然で「シルリアもこんなに嫌がってるし、一回落ち着いて考え直せ」などと言い放ったことで、その場は有耶無耶になってしまったのだ。


 しかし、それで諦めるライクではない。彼はこう考えた。


 別にハッキリ嫌だと言われたわけじゃないし、ちょこっと脚色してガランドから言質を取ってしまえば、なし崩し的に婚約させられるのでは? と。


(シルリアがソルドに惚れているのは間違いないんだし、怒られはしても嫌がられはしないだろう。それに、事ここに至っては、何がなんでもソルドを逃げられないように繋いでおきたい)


 ソルドの力を異常だと考えているのは、ガランドだけではない。


 むしろ、ガランドと違い実際に闇巨人タイタンが……対軍儀式魔法ですら仕留めきれない化け物が、ソルドの剣に打ち倒される光景を目撃したライクの方が、その認識は強かった。


(ソルドを他家に奪われるのは、ハルトマン家史上最悪の損失になる。特に、マジェスター公爵家に奪われれば最悪だ、あの家は腹の内で何を考えているかさっぱり分からないからな)


 あれほどの大事件、いくら情報統制をしようと、噂が広まるのは時間の問題だろう。


 当然、ソルドの力も王国中に広く知れ渡り、様々な勢力がその力を手に入れようと動き始める。


 その時、“婚約”という繋がりで先んじてリードすることが出来れば、ハルトマン家としてこれ以上の一手はない。


(当主が一度頷きさえすれば、本人達が何を言おうが関係ない、勝負だ、ガランド・レンジャー!!)


 腹黒メガネの異名は伊達ではないと言わんばかりの、最低過ぎる決意を固めるライクの眼差しが、ガランドを射抜く。


 一方のガランドは、そんなライクの思惑などただの一ミリも察していなかった。


 その頭の中にあるのはただ一つ……ソルドが婚約するということは、ハルトマン家の令嬢が家に来て、共に暮らすという事実。


 ソルドのようなアンポンタンならまだしも、聡明で知られるハルトマン家の令嬢と一つ屋根の下で暮らせば……ほぼ確実に、自分が本当は何の力もない無能な存在だとバレてしまうだろうということだ。


(単にバレるだけならまだいい、だが……もし万が一、ライク様がソルドだけでなく、俺の剣術もアテにして婚約話を持ち込んできたのだとしたら……俺は、詐欺罪で打ち首になるのでは!?)


 ライクの脳裏にあるのは、何よりもまずソルドとの繋がりであり、ガランドの力は“出来れば欲しいな”程度に留まっている。


 が、なまじ一度はそれを打診されているため、そこも含めて期待されているのではないかとガランドは誤解していた。


(この話は罠だ。受けたら俺が死ぬ!!)


 誤解したまま、何とか断る方向に話を持っていこうとガランドは精一杯の虚勢を顔に貼り付け、口を開く。


 幸か不幸か、彼の本職が大道芸人のようなものだったために、その取り繕った表情はさしものライクでさえ内心を見透かすことの出来ない、完璧なポーカーフェイスになってしまっていた。


「なるほど、確かにレンジャー家としても、ハルトマン家との繋がりを得られるのは望外の幸運でしょう。しかし、あまりにも結論を急ぎすぎではないでしょうか?」


「というと?」


「知っての通り、我が家は男爵家……お世辞にも、このガストの町とは比べ物にならないほどの田舎です。我が家でシルリア様が暮らすというのは、些か酷な日々になってしまうのではないかと」


 だから考え直してくれと、ガランドはそれらしい屁理屈を並べる。


 咄嗟に思い付いた言い訳でしかないため、ガランドの言葉に裏の意図はない。

 しかし、なまじガランドを評価していたライクは、その言葉を額面通りに受け取らなかった。


(なるほど、ソルドという切り札を求めるなら、領内発展のために相応の支援を受け取らなければ釣り合わないということか)


 男爵領と侯爵領の差を引き合いに出し、それを帳消しにするほどの支援を寄越せと言っているのだと、ライクは理解してしまった。


 そのような高額の支援、たとえ王家であってもそう簡単にはポンと支払えないだろう。面と向かって要求すれば、失礼などという次元ではない。


 しかし直球で強請るのではなく、あくまでシルリアを慮っての提案という体裁を保っているため、ライクとしても頭ごなしに否定出来なかった。


(小鳥が竜を産んだわけではなく、子が竜ならば親も竜、ということか。これは一筋縄ではいかないな)


 ガランドは単なる剣士ではなく、政治にも明るい本物の才人なのだと、ライクの中で急速に評価が上昇していく。


 まさかそんな事態になっているとは全く想像もつかないまま、ガランドは言葉を重ねてしまう。


「既にソルドはライク様の従者です。ハルトマン家とレンジャー家の良好な関係を思えば、今すぐ答えを出す必要はないかと思われますよ」


(ふふ……本人への承諾だけで半ば強引に従者としたことを引き合いに出して、この場で本人達不在のまま決めるのは筋が通らない、と主張するわけか。本当に、素晴らしい交渉手腕だ。こんな男がこれまで軽視され続けて来たとは、とても信じ難い)


 留まることを知らないガランド株の急上昇。それによって、ガランドの願いとは裏腹に、ライクの中で欲が生まれてしまった。


 やはり、この男もソルドと共に、しっかりと味方に引き入れたいと。


「確かにあなたの言う通り、少々急ぎ過ぎていたようだ。此度の件も含めて、我がハルトマン家はレンジャー家への恩を忘れない、婚約話とは関係なくお礼に向かわせて貰う。今後とも、良い関係を築いて行こうではないか」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 何とか逃げ切ったと安堵するガランドと、ソルドに続く新たな獲物を見付けたことで舌舐りするライク。


 後日、本当にライク自身がレンジャー領を訪れ、有り得ないほど破格の条件で領内発展のための資金や人材を融通して貰えることになるのだが……どうしてそうなったのか全く理解出来ないガランドは、ポーカーフェイスの裏で盛大に頭を抱えるのだった。

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