第38話 事件の後の一幕
気が付いた時、俺は侯爵家の医務室で寝かされていた。
どうやらあの後、ティルティとシルリアが俺を屋敷まで運んで介抱してくれたらしい。
それで、事件についてだけど……ワルガーは死亡。タイタンも消滅し、ひとまずの終幕を経た。
でも……ワルガーが変貌したあの化け物は、ゲームにおけるティルティの切り札の一つ。闇組織タイタンズが生み出した魔法兵器なんだ。
そいつらを潰さないことには、間違いなくこことは別のどこかで同じような事件がまた起こるだろう。ゲームのように、ティルティに接触してこないとも限らない。
何とかして叩き潰したいところだけど、剣とゲーム知識しか取り柄がない俺に、それを暴き出して追い詰めるなんて器用な真似は出来ないし、ライクを頼るしかないだろうな。
それについて、歯痒い気持ちがないと言えば嘘になる。
でも、今はそれを気にしていられる状況じゃない。なぜなら。
「兄さん、はい、あーん」
「ソルド、あーん」
ティルティとシルリアの二人にベッドの両端を抑えられた上で、お見舞いの品だとライクが用意してくれたリンゴを口元に押し付けられているからだ。
……ええと。
「二人とも、看病してくれるのは嬉しいんだけど……特に大怪我してたってわけでもないし、そろそろ解放してくれるとありがたいなー、なんて……」
タイタンとの激闘後、疲労のあまり失神したものの、怪我らしい怪我は負っていない。
あいつの攻撃は、俺にとってどれも即死級の威力を持っていたんだから、こうして生き残った以上当たり前といえば当たり前の結果だ。
ただ、ティルティやシルリアとしては、目に見える怪我がないからもう万全だ、なんて俺の言い分を聞くつもりはないらしい。二人仲良く拒否の姿勢を取る。
「ダメです! 兄さんは、逃げましょうっていう私の意見も無視して無茶を押し通したんですから、今日一日くらいは絶対安静じゃないと許しません!」
「ソルドの体は限界。休むべき」
「そ、そうか……」
どうやら、逃げられそうにないみたいだ。
可愛い女の子にリンゴを食べさせて貰うという……本来なら役得のはずなのに、なぜか背筋が凍るような視線にグサグサと全身を刺され続ける時間を過ごすことになった俺は、せめてこの空気を少しでも変えようと話題を変えることにした。
「そ、そういえば、フレイは? あいつも力になってくれたし、出来ればお礼を言いたいんだけど……」
「フレイなら、兄さんを屋敷に運び込む途中で父親に見付かって、そのまま連れていかれていました。そもそも、勝手に避難の列から抜けて来たようなものですし」
「えぇ……」
いや、考えてみれば当たり前か。フレイだってまだまだ幼い子供なのに、あんな巨人が暴れ回ってる町に戻るような真似を、親が許可するはずもない。
今頃、めちゃくちゃ怒られてるんだろうな……と、フレイに祈りを捧げていると、シルリアが補足するように言った。
「『次は絶対、あの巨人を真っ二つにしてもへっちゃらな剣を作ってみせるから』、だって」
「そりゃあ頼もしいな。どんな剣になるか楽しみだ」
今回は山ほど剣をダメにしながら何とか倒したけど、普通はあんな戦い方出来るわけがない。
剣の性能に頼りきってばかりでは父さんの領域に辿り着けないけど、それはそれ。
やっぱり、優れた剣を持てるのは剣士の喜びだからな。
そんなわけで、新しい剣のことを考えて今からウキウキしていると……なぜか、ティルティとシルリアの二人から睨まれてしまった。
なんで?
「兄さん、やっぱりああいう子が好きなんですか? 剣の話を一緒に出来るような……!」
「へ? いや待って、何の話だ?」
「分かってます、兄さんは剣が大好きですし、共通の話題があった方が楽しいですもんね」
ぷくーっと頬を膨らませるティルティは非常に可愛いが、どうにも勘違いしているな。
俺はその誤解を解いて落ち着かせるため、ティルティの頭をポンポンと撫でる。
「俺は別に、誰かと付き合おうなんて考えてないよ。俺にとっては今、ティルティが何より一番大切なんだからさ」
「兄さん……!」
思っていることを素直に口にすると、ティルティは嬉しそうに顔を綻ばせる。
相変わらず、ティルティは寂しがり屋だな。
まあでも、デートの途中でこんなことになっちゃったわけだし、安心させるためにも今度もう一度一緒にお出かけしないと。
そう思っていると、シルリアが俺の裾をちょいちょいと引っ張った。
「どうした、シルリア?」
「ティルティが大切なら、提案がある」
「うん? 提案ってどんな?」
「ティルティを守るには力が必要」
「うん、そうだな?」
そのために強くなったんだし。
「ソルドは強い。でも権力はない」
「うん、そうだな」
「だから、私と……」
私と、の後、なぜか言葉が詰まるシルリア。
俯いた顔を覗き込むと、頬がほんのり赤くなっていたけど……体調でも悪いのかな?
「……お兄と、仲良くなると、いいと思う」
「まあ、そうだな」
というか、それを狙って従者になったんだし、今更言われるまでもない。
いまいちシルリアの真意を測りかねて首を傾げていると、そんな医務室にライクが入って来た。
「やあ、みんな。……これは、どういう状況なのかな?」
「あ、ライク」
俺を中心とした謎の空気に、ライクは少しばかり首を傾げて……すぐに何かを察したのか、俺に向かって口を開く。
「ソルド、君はこの町を救ってくれた英雄だ、侯爵家を代表して礼を言わせてくれ」
「えーと、気にしないでくれ。一応俺も身内みたいなものだし」
「そうだね、君は僕の従者だから、そういうことになる」
だけど、と。
なぜか圧を感じる笑顔で、ライクは言葉を重ねていく。
「君は男爵家の長男だ、ハッキリ言って、立場が強いとはいえない」
「……シルリアからも言われたよ」
流石兄妹、考えることは同じだな。
なんて呑気に呟く俺に、ライクは「なら話は早い」ととんでもないことを口にした。
「ソルド、シルリアと婚約する気はない?」
「はいぃぃ!?」
予想外過ぎて叫ぶ俺の横で、シルリアが今まで見たこともないくらい顔を真っ赤にしていたみたいなんだけど……この時の俺は、流石にそこまで気が回らなかった。
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