第37話 暗躍する者

「ふむ……タイタンが負けたか。いやはや、まだ試作品だし、制圧はされるだろうと思っていたけど、まさかほぼ個人の力で成し遂げられるとは、予想外だね」


 ソルドがタイタンを撃破する光景を、町から離れた場所から魔法によって眺めていた少年が、一人そう呟く。


 期待と共に多大な資金を投じて開発した魔法兵器の敗北という結果に、不満がないと言えば嘘になるだろう。

 しかし、彼の表情にはそうした感情が一切浮かんでおらず、むしろ嬉しそうにすら見えた。


「欲しいなぁ、あれ」


 ぼそりと、そんな言葉を口にする。

 相手が持つ、自分よりも優れた"何か"に羨望を抱き、無邪気に手を伸ばす様は、まさに幼い子供の仕草だ。


 しかし、その瞳に宿る狂気は、とても子供のそれと比較できるようなものではなかった。


 自分が目を付けたものは、何がなんでも手に入れる。

 そんな底知れない欲望を感じさせる眼差しに、傍で控えていた執事は背筋が凍る思いがした。


「ねえ、"彼"……なんて名前だっけ?」


「ソルド・レンジャー……レンジャー男爵家の長男です」


「そうそう、ソルド・レンジャー。彼、父上に頼んだら手に入れられるかな?」


「少なくとも、現時点では難しいかと存じます。あれほどの力、間違いなくハルトマン侯爵家が抱え込もうとするでしょうし……いくらといえど、侯爵相手にそこまで強権は振るえません」


「そっかぁ、残念だなぁ」


 予想していたのか、少年はさして気にする様子もなくそう答える。


 しかし、目の前の少年がその程度の理由で一度欲したものを諦める性格ではないと、誰よりも深く執事は理解していた。


 案の定、少年はソルドだけでなく、彼に寄り添う二人の少女……特に、ティルティへと"眼"を向ける。


「ねえ、あの女の子……片方はハルトマン家の令嬢だって知ってるけど、もう一人は誰だっけ?」


「ティルティ・レンジャー。レンジャー家の養子だと、情報が入っております」


「養子、ねえ……養子に入るまでの情報は?」


「母親と死に別れ、奴隷商に売られていたところを、ハルトマン家主導の奴隷商摘発についていったレンジャー家当主が見つけて、保護したそうです」


「へぇ~、どこの誰かも分からない子を保護するだなんて、随分とお人好しなんだねぇ、レンジャー家は」


 ニヤニヤと笑う少年の顔を見れば、何かロクでもないことを考え付いたのだとすぐに分かる。


 自分は一体どんな無茶振りをさせられるのかと戦々恐々とする執事だったが……今回は、少しばかりいつもと違う質問が飛んできた。


「ねえ、あのティルティって子さ……?」


「は? ……そう、ですね。言われてみれば確かに……?」


 性別が違うこともあり、指摘されるまであまり意識してこなかったが……言われてみれば確かに、似ている部分もある。


 特に、あの煌めく銀色の髪は、貴族でさえあまり見ない珍しい色だ。

 宝石のように輝く翡翠色の瞳も、少年が持つそれとよく似ていて──


 そこで、執事の脳裏に古い記憶が蘇る。


 十年ほど前、当主の隠し子を産んだことで家を追い出されたメイドがいたような……と。


「まさか、坊ちゃん……」


「そう、そのまさかだよ。いやはや、これはもう運命としか言いようがないよね。僕が欲しいと思った"物"が、何よりも大切に大切に守ろうとしている"物"……それが、他の誰でもない僕の所有物だったなんてさぁ」


 楽しくて仕方ないとばかりに、少年はその場で両手を広げてくるくると回る。


 まるで舞台役者のような……自分自身こそが主役だと信じて疑わないその少年は、ちょっとした悪戯を思い付いた少年のような顔で告げた。


「しばらくは僕もタイタンの改良で忙しくなるだろうし、それが終わるまでに調べといて。……あのティルティ・レンジャーが、


「かしこまりました」


 調べておけと言っているが、この少年がそう口にするときは、既にほぼ間違いないと確信を得ている。

 故に、ここで求められているのは、ティルティが彼の妹であるというだろう。


 ティルティを保護すべきなのはレンジャー家ではなく自分達なのだと、誰の目にも明らかな証拠を。


(貴族社会において、血の繋がりは何よりも重い。証拠が見つかれば、いくらこれまで長年彼女を育てて来た実績があろうと、侯爵家の後ろ盾があろうと、ティルティ・レンジャーを引き渡す以外の選択肢はなくなるでしょう。そして……ティルティ・レンジャーを"人質"として、ソルド・レンジャーをも引き抜くという算段ですか)


 えげつないな、と率直に思う。


 だが、そんな倫理観でなければ、この歳で闇組織タイタンズのリーダーなどというふざけた役を父から譲り受けたりはしないだろう。


 そして何より──"世界征服"などというふざけた野望を、本気で叶えるために動くこともなかったはずだ。


「さてさて、今から楽しみだよ。魔法すらなく、剣だけでタイタンを下す力を玩具に出来る日が。この僕……テラード・マジェスターの野望のために、精々役に立ってくれ」

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