第36話 決着の双剣

 シルリアが俺を抱えて空を飛んでくれてるお陰で、タイタンの攻撃に対処しやすくなった。


 剣を失って困り果てていた分は、ティルティとフレイが剣をどこかから調達して次々と送り込んでくれている。


 みんなのお陰で、俺は何とか戦闘を継続出来ているけど……それでも、タイタンを倒し切るには至らない。


「くそっ……いくらなんでもデカすぎるだろ、こいつ!!」


 《天姫空閃》でも一刀両断とはいかない頑丈さに対抗するため、《氷狼一閃》と《黒竜炎斬》のコンボで体を削っていくっていう戦法を編み出したはいいけど……削っても削っても、なかなか魔核まで辿り着けない。


 このまま延々と続ければいつかは届くかもしれないけど……こいつが硬すぎるのか、はたまた疲労のせいで俺の剣筋が荒くなっているのか、二、三回振っただけで剣が折れてしまう。


 剣の数だって有限だろうし、これを運んでくれてるティルティの魔力も有限だ。

 《空間転移テレポート》は消耗の激しい魔法だったはずだから、いくら魔力量が膨大なティルティでもあまり長くは続けられない。


 シルリアだって……顔には出ていないが、タイタン相手にこんな至近距離で俺を飛ばし続けるのは、相当に神経を擦り減らすはず。


 みんな、限界が近付く中で精一杯頑張ってくれているんだ。

 後は俺が、それに応えて斬るだけだっていうのに……!!


『ウオォォォォ!! シネェェェェ!!』


「くそっ……!!」


 歯痒い思いを噛みしめながら、突破口を探して必死に思考を巡らせる。


 もっと一気に、素早く、こいつの体を削り切るための技を……!!


「わっ、と……!!」


 俺が悩んでいる間に、無意識に攻撃ペースを落としてしまっていたのか、剣が折れるよりも早く次の剣が送り込まれて来る。


 それを、俺の代わりにシルリアが慌ててキャッチして……ようやく、一つの突破口が見えた。


「シルリア、その剣も俺に!」


「えっ……ん、分かった」


 シルリアから剣を受け取り、既に持っていた物と合わせて両手に構える。いわゆる、二刀流スタイルだ。


 これまで俺は、剣を常に両手で振るって来た。

 父さんからは二刀流もあるって聞かされてたけど、今やってる剣一本のスタイルと違い、基本的な構えすら習っていない。


 でも……今、この膠着した状況を突破するにはこれしかない!!


「はあぁぁぁぁ!!」


 雄叫びと共に、右の剣で《氷狼一閃》を放つ。

 やはり慣れない構えのせいか、いつものような精度で剣が振れていない。技の威力も半分以下だ。


 仕方ないので、左の剣も同じように《氷狼一閃》を放ち、タイタンの傷口を凍結させるけど……ダメだ、これじゃあ総合的にみると一本の時より効率が落ちてる。


 やっぱり一本に戻すべきか? と自問し、即座にその考えを打ち払った。


 最初から上手く行くことなんてあるわけがない。だから、この戦いの中で成長しろ。


 俺が、ティルティが、シルリアが力尽きる前に……今この場で、二刀流をモノにしろ!!


「負けるかぁぁぁぁ!!」


 右を振るう。左を振るう。シルリアの動きに連動し、全身の筋肉をバネのようにしならせて、次から次へと斬撃を見舞う。


 呼吸すらも忘れるほどに二つの剣へと意識を集中させ、どう振れば一本の時と変わらない威力を生み出せるのかと試行錯誤する。


 剣が砕け、破片が宙を舞う。

 新しい剣を受け取り、また砕けるまで振り続ける。

 極限の集中力が疲労を忘れさせ、体中あちこちから上がる限界の悲鳴を押し流す。


 そうしていると、俺の中で少しずつ、二刀流の動きに体が馴染んでいくのを感じた。


 技の威力も向上し、一本の時との差がほとんど誤差にまで近付いてる。


 これならいける──と、本気で決めに行こうとした瞬間。


 タイタンの動きが、また変わった。


『エエイ、ウットウシイワ!!』


「っ!?」


 タイタンの全身から漆黒の魔力が滲み出たかと思えば、それが無数の針となって宙を漂い、空の全てを埋め尽くす勢いで解き放たれる。


 こんなの、回避するなんて不可能だ。防ぐしかない。


「このぉぉぉぉ!!」


 扱いに慣れて来た二刀流で、飛来する漆黒の針を次から次へと斬り払う。


 無傷で凌げてはいるけど、こうなってしまうと攻撃する余裕が全くない。


 そして……俺からの攻撃が止んだタイタンは、これまで必死に積み上げて来たダメージを急速に回復させ始めた。


『フハハハハハ、ムダダムダダムダダァ!! コノワタシニハダレモカナワヌ、ワレコソガ、オレコソガ、コウシャクケヲスベルモノ!! グミンドモ、ヒレフセェ!!』


「くっそ……!!」


 タイタンになったことで意識が混濁しているのか、一人称すら安定していない。


 距離を取った俺達に届くわけもないのに腕を振り回し、それに合わせて漆黒の針が町へも降り注ぐ。


 幸い、ティルティやフレイがいる場所からは逸れているけど、これ以上の交戦は二人も危ない。


 でも、ここで無理やり突っ込めば、今ここにいるシルリアを守ることが出来なくなる。


 どうすば、と悩んでいると──

 侯爵家の屋敷がある方向から、空へと光の魔法が打ち上げられた。


 それを見て、シルリアが大急ぎで距離を取る。


『避難完了だ。やれ』


 そんな、聞こえるはずもないライクの声が聞こえたような気がした瞬間。町の各所で、巨大な魔法陣が浮かび上がった。


 侯爵家が誇る騎士達。その全軍を上げて構成された、戦術級儀式魔法だ。


『《終末ノ嵐カタストロフストーム》』


 雷を纏う破滅の嵐が、町の四方からタイタンに向けて放たれる。


 そのあまりにも強大な威力によって、タイタンのすぐ近くにあった建物は一瞬で粉々になっていた。


 そんなとんでもない威力の魔法を前にしては、距離を取っている俺達も何の影響もなしとはいかず、大きく吹き飛ばされる。


 何とかシルリアが体勢を立て直してくれたところで、改めてタイタンの姿を見ると……その体を大きく削り取られ、崩壊寸前になっていた。


『グオ、オォォ……?』


 動きを止め、無防備な状態になりながら、それでもなお元に戻ろうと再生を始めるタイタン。


 本当に、とんでもない化け物だ。

 俺一人じゃ、到底勝てなかったろうし……ルート次第じゃ、これをきっちり仕留めてみせる攻略対象達の力は、どんだけ規格外なんだと呆れて声も出ない。


 でも……。


「今回は、"俺達"の勝ちだ……!!」


 残された剣を全て持っていけとばかりに、俺の周りに大量の剣が"転移"されて来た。


 それを全て、シルリアに頼んでタイタンの方へ纏めて投げ飛ばして貰いながら……俺自身も、剣の雨に紛れて突っ込んでいく。


「魔神流剣術、四の型──」


 両手の剣に、冷気と炎をそれぞれ宿す。


 限界を超えた集中力が、周囲の時間全てをスローに見せる中、俺自身の体だけがいつもと変わらない速度で動き──全力で、剣を振るう。


 右の冷気を叩き付け、左の炎で破壊する。

 右、左、右、左と繰り返すうちに剣が砕け、周囲の剣と持ち替えて振るい続ける。


 砕けた剣の破片が、冷気と炎を纏ったまま花びらのようにキラキラと輝く中、タイタンの体はみるみるうちに削れていき──ついに、その命を繋ぐ魔核、もはや魔人とも呼べない異形へと変わり果てたワルガーの姿が露わとなった。


「《氷炎万華ひょうえんばんか》!!」


 両手の剣でワルガー"だったもの"を両断し、その命を終わらせる。


 最後の剣も砕け、まるで今回の件で死んでいった人達への手向けの華であるかのように散っていく中……ワルガーは、最期の最期まで理解できないという表情を浮かべていた。


『私は……どこで、間違ったのだ……』


「……お前が、どんな理由で侯爵家を支配しようとしていたのかは知らないけど……何が間違いかというなら、ライクやシルリアを、この町の無関係な人達さえも傷付けようとしたことは、絶対に間違っていたよ。それに……」


 最初から、侯爵家の中で孤立して、たった一人で戦うライクに手を差し伸べて、味方になっていれば……こんな結果にはならなかったろう。


 でも……正直それらは、全部建前だ。

 俺個人の、そして何よりもこいつを許せなかった理由は、一つだけ。


「お前は、俺の大切ティルティに手を出した。それだけは、何があっても……死んでも許さない」


 もはや声も届かないだろう、塵となって消えていくワルガーの残滓へとそう告げる。


 それを見届けて……俺は、ぐらりと視界が揺れるのを感じた。


「ともあれ……今回は、流石に……疲れ、た……」


 集中の糸が切れたことで、今まで意識の奥底に封じ込めていた疲労感や全身の痛みがぶり返し、意識が遠ざかる。


 更に言えば、ワルガーを仕留めたことでタイタンの体は徐々に崩壊して消滅していき……その上に乗っていた俺は、重力に引かれて自由落下を始めた。


「兄さん!!」


「ソルド!!」


 落ちていく俺の下と上から、それぞれ俺を呼ぶ悲痛な叫び声が聞こえたのを最後に……俺の意識もまた、そこで途絶えた。

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