第35話 少女たちの想い
ソルドがシルリアの魔法によって空に舞い上がるのを見届けると、ティルティは自分もまた転移魔法を用いて場所を移した。
移動先は、フレイの家──大量の剣がある、鍛冶屋だ。
「フレイ、どの剣を送ればいいですか?」
「えと……これ!! これはパパが、腕を鈍らせないためにって定期的に作ってる実戦向きのやつだから、ちゃんと使えるはずよ!」
到着するや否や、フレイに頼んで持って来させたのは、ソルドに渡すための代わりの剣だ。
剣ならなんでもいい、というのであればティルティ一人でも出来ることだが、今時存在する剣は、実戦で使うことなど想定していない単なる"飾り"であることがほとんどだ。
そんな、ただ煌びやかな鉄の棒の中から、ちゃんとした"剣"を見繕うのがフレイの役目。
そして、フレイが選んだ剣をソルドの手元まで届けるのがティルティの役目だ。
「《
少し離れた位置で、町を破壊し暴れ回る漆黒の巨人。
その周囲を、シルリアの魔法に運ばれる形でソルドが飛行している。
そんな彼の手元へ、ピンポイントで剣を転移するのだ。
かなりの集中力が必要であり、覚えたての魔法で実行するには困難が伴う。
だが、やるしかない。
やれなければ……ソルドが、最愛の兄が死ぬのだから。
(兄さん……!!)
本音を言えば、ソルドには戦って欲しくない。
貴族の責務も、ティルティの身の安全も気にしなくていいから、ただ平穏無事に過ごして欲しい。
だが、それは叶わぬ願いであると、三年間を共に過ごしたティルティは良く分かっていた。
あの頑固で優しい兄は……たとえ自分のことがなくとも、貴族の責務などなかったとしても、きっと誰かのために剣を取って戦う道を選んでいただろうから。
「よし、上手く行きました……!!」
転移は成功し、空を飛ぶソルドの手に剣がしっかりと握られた。
シルリアの援助を受けて
剣が振るわれる度に舞い散る氷華、噴き上がる炎。
到底、剣術のみで引き起こされたとは思えない超常現象が、ガストの町の空を染め上げていく。
人から伝え聞いただけでは、誰も信じないだろう。
魔法を使えてこそ強者と信じられているこの世界で、魔法もなしに化け物に立ち向かう少年がいることなど。
「ティルティ、次!!」
そうしていると、フレイが新たな剣を持ってティルティの下へやって来た。
どういうことかと戸惑う彼女に、フレイは遠慮なく現実を突き付ける。
「あんな化け物を斬ることを想定した剣なんて、この世に一本もないわ! 絶対に遠くないうちにあの剣も折れちゃうから、次を送らないと!」
「っ……分かりました」
フレイの言葉で、改めてソルドがどれほど無謀な戦いに身を投じているのか理解させられる。
手渡された剣は、当然のように鋼で作られ、同じように鋼と打ちあうことを想定して鍛え上げられているのだ。
どう考えても、人の体よりよほど丈夫なそれでさえ、あの戦いにはついていけない。
ならば……あの戦いの中心にいるソルドの体には、どれほどの負担がのしかかっているのだろうか。
「《
新たな剣を送り、自分に出来る最大限の支援をしながら……ティルティは、歯噛みする。
もっと、すぐ傍で……ソルドの抱えているものを、一緒に背負って立てるようになりたいと。
「お願いします、兄さん……どうか、無事で……!!」
これまで以上にハッキリと、強い力への渇望を胸に秘め、ティルティは全力で魔法を発動し続けるのだった。
「ねえ、ティルティ! あなた、すっごい汗が出てるけど、大丈夫なの!?」
「平気です。それより、早く次をお願いします」
ティルティが自分の無力さを噛みしめる中、フレイもまた同じような想いを抱いていた。
最低限、実戦向きに鍛えられた剣を選び、手渡す。
これもまた必要な役割だと理解はしているが……鍛冶屋としてのプライドなど、とうの昔に粉々だ。
剣士の矛となり盾となり、剣士の相棒として寄り添う最高の剣を鍛えてこその鍛冶屋だというのに、今送り込んでいる剣は全て、ほんの数回振っただけであっさりとへし折れている。
自分が目標としていた、父親の剣でさえこの有様なのだ。
自分が鍛えた剣など、論外過ぎて選ぶ気にもなれない。
(何が剣は実戦でこそ輝くよ、全然役に立ててないじゃない……!!)
ソルドは、間違いなく最高の剣士だ。
だが、そんなソルドの技量についていける剣が、自分には打てない。
その事実が、悔しくて悔しくて仕方なかった。
(絶対に……絶対に、ソルドに相応しい剣を打てるようになる!! パパよりも凄い鍛冶師になって、絶対に作り上げてみせるから……!! だから、お願い……!!)
空の上で、剣を次々と使い捨てながら化け物と戦い続ける少年を見上げ、フレイは祈った。
生まれて初めて胸に灯ったこの想いが、今日ここで途絶えてしまわないようにと。
「死なないで……絶対に勝ってよ、ソルド!!」
「うおぉぉぉ!! 《氷狼一閃》!!」
ソルドが剣を振るうのに合わせ、漆黒の巨人が凍り付く。
そんな光景を目の当たりにしながら、シルリアは改めてソルドの異常さを再認識していた。
(こんな化け物と、ついさっきまで魔法もなしに一人で戦ってたの? ……ちょっと、意味が分からない)
シルリアが扱える魔法は、遥か彼方まで見通す《
一応は、風を押し固めて放つ《
それほどまでに、タイタンは異常な力を持っている。
ソルドと一緒に、すぐ間近で相対しているからこそ、シルリアにはそれがよく分かった。
そして……これまで、黒竜や魔人との戦いを難なく制して来たように見えて、ソルドにも余裕などほとんどなかったことも。
「《黒竜炎斬》!!」
凍り付いたタイタンの体表に、炎の斬撃が叩き込まれる。
切り口が爆発するかのようなその技によって生じた熱波は、容赦なく周囲にまき散らされ……当然、ソルドやシルリアの体にも襲い掛かった。
今は、シルリアが飛行のために纏わせている風でそれを防ぐことが出来る。
防いでいてなお、肌がじりじりと焼けるような熱を感じるのだ。
普段、当たり前のように技を放つソルドには、身を守る魔法などない。
一体、彼がどれほどの負荷をその身に受けながら戦ってきたのか……考えるだけで、胸が締め付けられるような思いがした。
(何だろ、この気持ち……)
誘拐され、追い詰められ、自害しようとしたところを助けられた。
あの一件以来、ソルドの顔をまともに見れなくなっていたのだが、それは今も変わっていない。
むしろ、その想いは強くなるばかりだ。
「シルリア、大丈夫か!?」
「……大丈夫」
自分の胸の内に生じた、シルリアにとって未知の感覚。それに戸惑っていることを、戦いながらでもソルドには察せられたらしい。
それだけ気にかけて貰えているということに、なぜか自分でも驚くほどに喜びを感じながら……そんな気持ちを誤魔化すように、シルリアは言った。
「私のことは大丈夫だから、ソルドは前を見て、あいつを倒して。でも……なるべく、無茶はしないで」
「ええと……ごめん、なるべくシルリアは巻き込まないように努力する」
「そういうことじゃないんだけど……」
無茶に巻き込まれることを嫌がられたと勘違いしたソルドの発言に不満を覚えながら、シルリアは飛ぶ。
せめて、ソルドにかかる負担が少しでも軽くなるようにと、そう願いながら。
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