第32話 とある家臣の最期

「くそっ、なぜ思い通りに事が進まないのだ……!?」


 ガストの町の外れ、既に使われていない廃教会にて。一人の男が苛立ち混じりに呟いた。


 彼の名はワルガー。とある少年の甘言に乗って呪具をばら撒き、此度の騒乱を引き起こした元凶である。


 この騒乱によってガストの町を適度に荒らし、侯爵家が……ライクが手に負えずに困り果てているところへ、満を持して子飼いの者を対処に当たらせ、 魔人を操る呪具──“支配の呪具”の力で英雄に仕立て上げる算段だった。


 しかし、魔人が計十五体解き放たれたガストの町は、当初の予定ほど被害を広げられていない。


 出現直後こそ大きな混乱をもたらすことが出来たが、騎士による時間稼ぎ、衛兵隊による避難誘導と明確な役割分担による迅速な対応が功を奏し、ワルガーが想定していたような地獄絵図は生まれなかったのだ。


 ライク・ハルトマンの、指導者としての器、判断力。それを見誤った結果と言える。


 だが……彼にとって何よりも誤算だったのは、ライクの能力だけではない。

 ソルド・レンジャーの異常な強さ、それが何よりも大きな誤算だった。


「何なのだあのガキは、あれは、本当に人間なのか!?」


 たった一体出現しただけで、騎士団の総力を挙げて対処しなければならない化け物、それが魔人だ。


 にも拘わらず、ソルドはたった一人で十体以上の魔人を相手取り、圧倒してみせている。


 "支配の呪具"の影響下にある魔人の魔核が、全て支配者たるワルガーの手の内で生成されており、多少の弱体化と引き換えに不死の再生力を獲得していなければ……とっくに全滅していただろう。


 あんな化け物がいると知っていれば、こんな作戦を実行に移すことなどなかったというのに。


「くそっ……!! とにかく、早くこれを放棄して身を隠さなければ」


 "支配の呪具"と魔人達の魔核、その二つを持っているところを見られれば、流石に言い逃れなど出来ない。


 既に作戦は破綻している、今は何よりも身の安全の確保が最優先だと、ワルガーはさっさと見切りをつけようとして──


 腕輪型のその呪具が、腕から外れなくなっていることに焦りを覚えた。


「あ、あれ……? なぜ、なぜ外れないのだ?」


 何とか外そうと四苦八苦するも、呪具はビクともしない。

 不気味な紫の輝きを放ち続けるその様は、まるで「今更逃げられると思うな」とワルガーに告げているかのようで……ヒッ、と喉が引き攣った。


「ま、まだだ……まだ終わらん……!!」


 既に逃げ場はないことを悟り、ワルガーは逆に覚悟を固めた。


 今まさに、魔人を次々と斬り捨てながらこちらへ向かって迫りくるソルドとシルリアの存在は、呪具を通じて流れ込む魔人達の視界から感知している。


 これを倒してしまえば、今からでも計画のやり直しは効くだろう。

 それに、切り札であるソルドを失えば、ライクも今の立場を堅持するのは難しくなるはず。


「そうだ、私は、私は侯爵家を統べるに足る器……こんなところで終わる人間ではない……!!」


「何の事情も分かってなさそうな連中を魔人に変えて、命も意識も全て奪って暴れさせる奴の器が、なんだって?」


「っ!!」


 ワルガーが顔を上げると、廃教会の入り口を斬り飛ばして、ソルドとシルリアが突入してくるところだった。


 剣を構えたソルドの瞳には明確な怒りの感情が漲り、今すぐにでも人を殺しそうな表情を浮かべていた。


 その対象が、間違いなく自分であろうことも。


「な、何のことだ? 私はただ、魔人から逃れるためにここへやって来ただけで……」


「あんなバカでかい独り言呟いといて、今更言い逃れなんて出来ると思うな。大体、その腕にある呪具と魔核を見れば、お前が元凶だってことはすぐ分かる。ついさっき、それを外して逃げようとしていたみたいだけど……仮に外せていても、それをシルリアがしっかり見てたんだ、どっちにしたってお前は終わりだよ」


「ぐうぅ……!!」


 シルリアの魔法、《千里眼クレヤボヤンス》は、離れた位置にいる対象を壁さえも透過して"視る"ことが出来る魔法だ。

 これが単なる一般人であればともかく、侯爵家の血を引く令嬢の証言となれば、その信憑性は保証されているも同然。ソルドの言う通り、言い逃れをする余地などない。


 そんなワルガーへ、ソルドは一歩ずつ歩を進めていく。


「……俺の目の前で魔人に変わっちまった奴らはさ、人の話もロクに聞かない地上げ屋だった。他人の商売を見下して、俺を単なる子供だって侮って、その癖しっかり初手から魔法を使って痛めつけようとしてきた……人のクズみたいな奴。でも……いきなり魔人に変えられて、自分が何をしたのかも分からない内に死んでいいほどの極悪人じゃなかったよ」


 一度魔人に変貌した者は、決して助からない。それは、ソルドの知るゲームに出て来る聖なる魔法を以てしても変わらない、絶対の理だ。


 そんなことは、目の前の男とて分かっていたはず。

 分かっていて、呪具をばら撒いた。


 ただ、自分の出世欲のために。消えてもいい存在だと、勝手に見下して。


「シルリアから聞いたけど、他の魔人も似たようなもんだったらしい。毎日喧嘩三昧で人に迷惑かけてばかりのチンピラとか、商売敵を蹴落とすためなら暴力だって厭わないクズ商人の護衛とか、新人いびりの酷い衛兵とか……まあ、お世辞にも善人とは言えない奴ら。消えて喜ぶ奴はいても、悲しむ奴はほとんどいないんじゃないかな……」


「っ……今だ!!」


 ソルドがある程度近付いて来たタイミングで、ワルガーは叫ぶ。

 その瞬間、廃教会のあちこちで息を潜めていた全ての魔人達が、一斉にソルドへ飛び掛かった。


 これほどの数の攻撃であれば、いくらなんでも──と期待するワルガーの前で、ソルドはただ腰の剣に手をかけ、抜き放つ。


 次の瞬間、魔人達は全て凍り付き、身動きを封じられた。


「なっ……ば、バカな……!!」


「……だから、これは……誰にも悼まれることすらないこいつらへの、せめてもの手向けだ。しっかり受け取れ、クズ野郎!!」


「ヒッ!? や、やめぇ……!?」


 ソルドの剣が一閃し、鮮血が舞う。


 ワルガーの腕……呪具が装着され、何をしても外れなくなっていたその腕が、肩で切断され宙へと飛んだ。


 激しい痛みに、悲鳴を上げてのたうち回るワルガー。

 しかし、一方で疑問もあった。確実に殺されると思ったのに、なぜ生かされているのだろうかと。


 それに答えるように、剣を納めたソルドは拳を振り上げた。


「お前にはまだ、呪具の出所とか、聞かなきゃいけないことがたくさんあるらしいからな。楽に死ねると思うな!!」


「ぐぎゃ……!?」


 顔面にめり込んだ拳によって派手に吹っ飛んだワルガーは、そのまま地面をボールのように転がって気を失う。


 それを確認したソルドは、地面に落ちたワルガーの腕から、魔人達の魔核を回収し……握り潰した。


「……じゃあな」


 氷漬けになっていた魔人達の体が、氷の中で崩れ落ちていく。


 今度こそ、確実に死んだと分かるその光景に、ソルドは静かに目を閉じた。

 そんなソルドへ、シルリアが声をかける。


「……ソルド、優しい」


「んー……? そんなことないと思うけど」


 完全に魔人へ堕ちた人間を助ける術はない。

 だが、あくまでそれはゲームの設定であり、研究を重ねれば何か治療法が見つかった可能性はある。それを捨て、トドメを刺したのは自分だ。


 そう告げるソルドへ、シルリアは首を振って否定した。


「優しい。絶対」


「……そっか。ありがとな、シルリア」


「ん……」


 悲し気な表情を浮かべるソルドに寄り添うように、シルリアが傍へ向かう。


 そのまま、二人は気絶したワルガーを連れて侯爵家へ戻ろうとして──異変に気付いた。


「……なんだ?」


 氷の中で崩れ落ちた魔人達の体が、漆黒の渦となっていつまでもそこに滞留している。


 そこに言い知れぬ不気味な気配を感じたソルドは、素早く周囲を見渡して──自分の足元に投げ捨てた"支配の呪具"が一段と強い紫の輝きを放つのを見て、素早くその場から飛びのいた。


「シルリア、逃げるぞ!!」


「えっ……!?」


 シルリアの体を抱きかかえ、すぐさま廃教会から脱出する。


 その直後、周囲の氷が砕け散り、漆黒の渦が"支配の呪具"を中心として更に大きな闇を生み出す。


 悍ましい気配を漂わせるその闇は、呪具が嵌められた腕を本来の持ち主──ワルガーへと戻して再生させ、腕から全身へその闇を侵食させていく。


「あガッ……カッ、けフッ……!?」


 闇が、ワルガーを中心に爆発するように広がり、廃教会を吹き飛ばす。


 それが収まった時──ただの瓦礫の山となった廃教会の上には、体長二十メートルを優に超す、漆黒の巨人が聳え立っていた。


『グオォォォォォ!!』


 巨人の放つ咆哮が、ガストの町を覆うように青空さえも漆黒に染め上げていく。


 その光景を、町から離れた場所で眺めながら──一人の少年が、不気味な笑みを浮かべた。


「悪いね、"実験"はこれからが本番なんだ。さあ、見せてくれ、"闇巨人タイタン"……その力が、僕らの野望を叶えるに足るものだと」

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