第30話 魔人との死闘

「ライク様!! 町中で複数の魔人が突如として出現したとの報告が!!」


「何……!?」


 いつものように当主代理として政務を執り行っていたライクの下へ、突然の報告が舞い込んだ。


 つい先日出現したばかりだというのに、この短期間で再び、それも複数の魔人が現れるとなると、尋常ではない。


 魔人以外の魔獣もいるのであれば、町のすぐ近くにあったダンジョンを見逃したのかもしれないと考えることも出来たのだが、人が魔人に変貌したという前回の報告を鑑みれば──


(人為的な事件であることは、明らかか)


 席を立ち、窓から町を見渡してみれば、遠く離れた場所で噴煙がいくつも立ち昇っているのが目に入る。


 町の衛兵隊が対応はしているだろうが、相手は生半可なダンジョンボスすら凌駕する力を持った化け物だ、衛兵では勝負にもならないだろう。


「すぐに騎士達を全員出動させろ。衛兵には市民の避難誘導を優先させ、儀式魔法の飽和攻撃で魔人を撃滅する」


「しかしライク様、儀式魔法では町もろとも吹き飛びます!」


「町の全てが滅ぼされるよりは遥かにマシだ。急げ!!」


「はっ!!」


 儀式魔法とは、複数の魔法使いが協力して一つの魔法を放つ、騎士ならではの切り札だ。


 対軍想定の破壊力を持つため、本来は町中で放つなど正気の沙汰ではないのだが……魔人が町中に出現するという異常事態を前にしては、やむを得ないとライクは判断した。


「くそっ、よりによってソルドがいないこの時に……!! いや、あいつもまだ町にはいるはず、上手く協調出来ればいいのだが……」


「お兄!」


 こういう時頼りになる従者の顔を思い浮かべていたライクの下に、シルリアが飛び込んできた。


 気持ちの整理が付かず部屋でふて寝していたはずの妹の登場に、ライクは少々面食らう。


「シルリア、どうした? ……なんて、聞くまでもないか」


「ん。私役に立つ、使って」


 相変わらず端的だが、言いたいことは十分に伝わった。


 伝わったからこそ、ライクはそれを受け入れるべきか迷う。


 シルリアの得意とする魔法は、こういった場面で間違いなく便利だ。しかし、騎士と比べても戦う力のないシルリアに、あまり危険な役割は……。


「お兄。使わないなら、勝手に行く」


「……それは困るな」


 単独行動してでも、町の危機に力を尽くすと宣言されてしまい、ライクは溜め息を溢す。


 妹には、出来る限り危険なことはさせたくなかった。本音を言えば、今も一番安全な場所へ隔離してしまいたいとさえ思う。


 しかし、兄妹だからこそ、シルリアがそれを望まないことも……もし実行しようとすれば、力付くで抜け出すことも察せられてしまった。


 それならば、まだ自分で手綱を握っていた方がいい。ライクは瞬時にそう判断した。


「シルリア、お前はソルドを探して傍にいるんだ。僕は信号魔法でここから指示を出す、ソルドにその内容を伝えつつ、戦いをサポートしてやってくれ。……出来るな?」


「ん!」


 頷くや否や、シルリアは風を纏い窓から飛び出していく。


 それを見送りながら、ライクは改めて騎士の用意した地図を睨みつける。


 次々と舞い込んでくる情報から察するに、いかに侯爵家自慢の騎士達といえど、この状況を乗り切るのは難しそうだ。


「このままではまずい、か……頼んだぞ、ソルド」


 自身の頼れる右腕の顔を思い浮かべながら、ライクは最善手を模索し頭を悩ませるのだった。







 ライクの指示で、町中にはすぐさま衛兵と騎士が展開し、事態の収拾に動き出した。


 しかし、魔人の力は想定以上で、騎士達は苦戦を強いられている。


「グオォォォ!!」


「くっ……!! 《岩壁ガイアウォール》!!」


 盾に仕込まれた魔法陣に魔力を流し込み、即座に防御の魔法を展開する。


 地面が盛り上がり、強固な岩となって身を守る魔法。しかしそれは、獣の如き俊敏さで飛び掛ってきた魔人の拳で、いとも容易く打ち砕かれてしまう。


「ぐあぁぁぁ!?」


「アイン!? くそっ、ドライ、カバーしろ!!」


「…………!!」


 アインと同じ魔法を使い、追撃しようとしていた魔人の攻撃を防ぎ止めるドライ。


 アインよりも土属性の魔法を得意としていることもあって、何とか魔人の攻撃を受け止めることに成功するが……その一撃で、腕が痺れるほどの衝撃が走る。


 状況は、絶望的といって差し支えなかった。


「助かった。……ドライ、あと何回受け止められそうだ?」


「……精々二回だ」


「流石だな。俺やツヴァイじゃあ一度が限度だ」


「つまり、全員束になれば後三分程度は足止めできるってことだな」


 目の前にいる魔人は一人。その一人さえ、三人がかりでも時間稼ぎがやっとだった。


 周辺被害を無視して、三人で儀式魔法を放てば、あるいは魔人を倒せるかもしれない。事実、ライクからは“最終的に”それを狙うという指示が出ていた。


 だが、今はその時ではない。


 周辺被害は無視するとしても、人的被害まで無視していいという指示は出ていないし、元よりそのつもりだったからだ。


 衛兵隊による避難誘導が終わるまでは、この身を盾に民を守る。騎士は全員、その覚悟で戦場に立っていた。


「それに……何も耐えるばかりじゃなく、倒しちまっても構わんのでしょう?」


「ああ。儀式魔法なんぞなしでも、やれるだけやってみせよう」


「…………」


 三人で視線を交わし合い、目の前の魔人を取り囲むように散開する。


 そして、正面に立つアインが、まずはご挨拶だとばかりに魔法を放った。


「うおぉぉぉ!! 《爆炎フレアバースト》!!」


 紅蓮の炎が渦を巻き、石畳を吹き飛ばす火力を伴って魔人の肉体を焼き焦がす。


 しかし、炎に巻かれた魔人は咆哮一つでそれを吹き飛ばし、異形の腕から鉤爪を伸ばしてアインへと飛び掛った。


「ツヴァイ!!」


「ああ、《風砲弾エアロカノン》!!」


「ウギャウ!?」


 アインを狙って突撃する魔人の無防備な横っ腹を、ツヴァイの風魔法が強襲する。


 大したダメージは通っていないが、魔人を苛立たせるくらいの効果はあったらしい。足を止め、ギロリとツヴァイを睨んで来る。


「《風砲弾エアロカノン》、《風砲弾エアロカノン》、《風砲弾エアロカノン》ーー!!」


 ダメージはないことを承知で、次から次へと同じ魔法を連発する。


 みるみるうちに魔力が失われ、ツヴァイの顔から生気が失われていくのとは対照的に、魔人はただただ煩わしいとばかりに腕を振るい、風の砲弾を弾き飛ばす。


 弾かれた砲弾が近くに建っていた家を打ち砕き、瓦礫の山に変えていくのを見て、「俺の魔法が弱いわけじゃないんだよなぁ……!!」とツヴァイは苦笑した。


「時間稼ぎは、もう、限界だ……決めてやれ、二人とも……!!」


「ああ、任せろ!!」


 がくりと膝を突くツヴァイだったが、その間にアインとドライの二人は、協力して一つの魔法を編み上げていた。


 簡易的な、儀式魔法。本来なら十数人で協力して放つものを、二人だけの力で編み上げたのは素晴らしい技量と言えるだろう。


 もちろん、人数が減った分威力が下がり、町を吹き飛ばすような火力はなくなっているが……避難がまだ終わっていない現状では、これ以上の魔法など危険すぎて使えない。


 その意味では、紛れもなく現在放てる最強の魔法である。


「これで終わりだ!! 《炎岩落下メテオストライク》ーー!!」


 空の上に出現した燃え盛る岩の塊が、魔人目掛けて降ってくる。


 それは狙い通り魔人の体を押し潰し、爆炎と共にその生命活動に終止符を打った。


「よし、これで……!!」


 勝った、とアインは気が緩む。


 アインだけでなく、ツヴァイとドライの二人もまた、同じように肩の力を抜き……次の瞬間。


 全員が、爆心地から生じた衝撃によって吹き飛ばされる。


「「「ぐわぁぁぁぁ!?」」」


 全員が地に伏せ、何とか顔を上げると、そこには焼き潰された破片から徐々に再生していく魔人の姿があった。


 あまりにも生物の根源から外れた光景に、アインは「有り得ない」と呟く。


(確実に“魔核”ごと潰したはずだ。いくら魔人だからって、魔獣と同じく魔核さえ潰せば死ぬはずだってのに……どういうことだ……!?)


 だが、その理由を考察する余力ももはや残されていない。


 アイン達の魔力は底を尽き、魔人は健在。そもそも、魔人はこの一体だけでなく、確認されているだけで十体以上いるはずだ。


 無念……と、諦めの中で目を閉じようとして──


 その瞬間、一筋の剣閃が戦場を駆け抜け、魔人の首を斬り落とした。


 すぐに再生を始めるが、流石に首を失って立っていることは出来ないのか、その場に倒れのたうち回っている。


 そんな魔人を見やり、ドン引きした様子で少年は叫ぶ。


「くそっ、こいつも死なないのかよ!! 本当に厄介だな……」


 戦場には到底似つかわしくない、避難民に混じっていた方がよほど自然な少年。しかしその登場が、アイン達にとってはこの上なく頼もしかった。


「ソルド! 来てくれたんだな!」


「はい! アインさん達も、無事で良かったです」


 少年──ソルドは、剣を構えて魔人と相対する。


 気付けば目の前の魔人だけでなく、次から次へと周囲を取り囲むように魔人が現れていたが……それでも、先程までのような絶望感はアイン達にはない。


 彼なら、何とかしてくれるのではないか。

 そんな期待を背負ったソルドは、それに応えるように宣言する。


「後は、俺に任せてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る