第29話 地上げ屋の悲劇

「よく分からないけどさ、一回落ち着きなって」


「あ? なんだこのガキ」


 この鍛冶屋を潰して、新しく魔法屋……魔法発動のための杖や媒体、素材なんかを取り扱う店を開くと宣言した男の前に、俺は立ち塞がった。


 事情もよく分からないのに出しゃばっていいのか微妙なところだけど、この店がなくなったら俺も困るんだ、何とかしたい。


「俺はソルド・レンジャー。ライク・ハルトマン侯爵令息様の従者だ。この店はライク様から紹介された、言わば侯爵家の御用達でもある。詳しい話を聞かせてくれないか?」


 ライクの名前を出せば、向こうも話を聞いてくれる気になるだろう。


 そう思ったんだが、こいつらはそれを聞いて怯むどころか、腹を抱えて笑い出した。


「はははは!! ガキ、嘘を吐くにしてももう少しマシな内容を考えな、よりによって侯爵令息の従者? そのナリでそれは無理があるってバカでも分かるぞ」


「むむ……」


 まあ確かに、ティルティのように着飾っていればまだしも、俺はレンジャー家で暮らしていた時から服装が変わってないからなぁ。貴族には見えないか。


 けれど逆に言えば、ティルティは一端の貴族に見える格好をしている。

 それを理解してか、今度はティルティが一歩前に出た。


「兄さんは嘘なんて吐いてません!! あなた達こそ、本当に正当な理由で立ち退きを要求しているのですか? 違ったら衛兵に訴え出ますよ!」


「ふん、正当も何も、俺達こそ侯爵家の後ろ盾を持って動いてるんだ、ガストの町ではこれ以上ないほどの正当性だろう?」


 ほらよ、と男達が取り出したのは、この店の立ち退きを要求する契約書だった。


 まだ店主さんのサインはないみたいだが……仲介者のところに、“ワルガー”って名前がある。


 まだあんまり侯爵家の内情に詳しいわけじゃないんだけど、この名前はライクも雑談の中で口にしていた覚えがあるし、本物っぽい。


 そして……領主が病に倒れている今、その直下にある家臣団の名を使われたら、それは事実上の強制退去命令だ。ただの平民に否定なんか出来ない。


「分かったら、さっさとサインして立ち退いてくれ、こっちも急いでるんだ」


「昨日も言いましたが、あまりにも急な話でこちらも混乱しているんです。せめてこちらも確認を取る時間を……」


「うるせえ!! 今どき剣なんて時代錯誤なもの作る店なんて、誰も求めてねえんだよ!!」


 あまりの暴言に、流石の俺もカチンと来た。


 店主さんも口には出さないが必死に感情を抑え、抑える気が欠片もないフレイは店主さんに口を塞がれ腰を抱き上げられ手足をジタバタと暴れさせている。


 もう、フレイを解き放ってもいいんじゃないかな。


「いいか、時代は魔法だ。戦いの場で魔法が使えない奴に価値は無いし、戦いの場で使えない武器に価値は無い。分かったら大人しく……」


「そこまで言うなら、見せてみろよ。お前の言う“魔法”の価値を」


 そう言って、俺は鞘に入ったままの剣を男に突き付けた。


 明らかな宣戦布告に、男達が臨戦態勢を取り、店主さんも慌て始める。


「ソルド様!? 何をなさっているので!?」


「すみません、剣の道を生きる者として、流石に黙っていられませんでした。……お前ら、そこまで言うなら俺の剣と戦ってみろ。俺が負けたら、素直にサインしてやるから……逆に俺が勝ったら、この場は素直に帰ってくれ」


 勝手にサインすることを賭けのテーブルに載せるのは、我ながら褒められた行為じゃないと思うけど……こうでもしないと、こいつらは退いてくれないだろう。


 これでもレンジャー男爵家の息子で、正真正銘ライクの従者だ。

 いくら家臣団の後ろ盾があるにせよ、正当な決闘として認めざるを得ないはず。


 当然、その結果も。


「ははっ、いいぜ、剣じゃあどうやっても魔法には勝てないってことを教えてやらぁ!!」


 思った通り、こいつ自身が戦うつもりなのか、パキポキと指を鳴らして威嚇し始めた。


 代理人として“地上げ”に来たなら、店の中で暴れて暴力に訴える……なんてことも視野に入れた人選なんじゃないかと思ったけど、案の定か。


「流石に店の中で戦うわけにも行かないから、外に出ろ」


「いいぜ、どこでも一緒だからな」


 というわけで、侯爵家の権力を(勝手に)使い、近くにあった広場を一時占拠する形で決闘を行うことになった。


 後でライクに怒られるかな……と思ったけど、集まった野次馬達は案外、面白い見世物が始まるぞって感じで盛り上がってるので、そんなに怒られないかもしれない。


「はは、それじゃあ決闘ルールは貴族式でいいな? どっちかが倒れて動けなくなるか、負けを認めるまでだ……!!」


 めちゃくちゃシンプルで禁止事項の説明もないけど……事実、何の禁則事項もないらしい。何なら、決闘で相手を殺しても、両者合意の上なら犯罪にならないんだとか。


 物騒過ぎない? いや、俺は殺すつもりなんてないからいいんだけどさ。


「行くぞ!! 《炎球ファイアボール》!!」


 早速とばかり、地上げ屋の男(仮)が炎の魔法を放ってきた。


 以前、ドゴラ率いる奴隷商の手下と戦った時は、避けるので精一杯だったけど……。


 黒竜や魔人との戦闘を経た今の俺からすれば、こんなの避けるどころか、技を使う必要すらない。


 短い呼吸でリズムを作り、軽く抜剣。ひと振りで炎の球を斬り払った。


「……は?」


「もう終わりか?」


 呆然とする地上げ屋に、俺は軽く挑発を入れる。


 すると、あっさりそれに乗せられた男は、額に青筋を浮かべながら魔法を連発し始めた。


「この野郎、舐めやがって!!」


 こいつは炎の魔法が得意……なんだと思うけど、使ってくる魔法は《炎球ファイアボール》一辺倒で変わり映えしない。


 魔人になる前のドゴラでさえ、複数の炎を同時に放つとかの工夫を入れていたんだが、こいつはそんなことも出来ないみたいなので、到底俺の敵じゃなかった。


 何度も何度も飛んでくる炎の球を、俺は剣一本で全て両断する。


 剣が魔法を圧倒する珍しい光景に、集まった民衆は大盛り上がり。一方で、地上げ屋は魔力が枯渇し始めたのか、早くも息が上がっていた。


「くそっ!! 一体どんな手品をその剣に仕込んでやがる……!?」


「手品じゃなくて、剣術だよ。ていうか、そろそろ降参しないか? 正直、弱いものイジメは趣味じゃない」


 アニメなんかだと、よく峰打ちとかで器用に相手を気絶させたりするけど……俺はそんな訓練積んでないし、ドゴラ達を殺さず捕獲出来たのはたまたま偶然だ。


 大した修行にもならない、こんなくだらない戦いで血を流したくない俺としては、もう降参して貰いたい。


「くそっ……ガキだと思って手加減してやりゃあいい気になりやがって、もう容赦しねえからな!!」


 だが、地上げ屋はそこで諦めるつもりはないようで、すぐに立ち上がった。


 勘弁してくれ、と思いながら、さりとて油断は大敵だろうと気を引き締める俺の前で──地上げ屋は、あまりにも予想外の行動に出る。


「こいつの力で……てめえも終わりだ!!」


「っ、それは……呪具!? なんでそんなものを……!!」


 地上げ屋が取り出したのは、ドゴラも使用していた不気味な腕輪、呪具だった。


 使用者へ絶大な力を与える代わり、その身を魔獣へと堕とす禁忌の力。

 そんな代物を、地上げ屋は躊躇無く腕に装着する。


「やめろ!! それは……!!」


「はははは!! 今更謝っても遅──」


 地上げ屋の言葉は、そこで途切れた。

 男の体が紫の光に包まれ、一瞬にして異形の姿へと変貌し始めたのだ。


 予想外の事態に、集まっていた人達も悲鳴を上げ、逃げ惑う。


「兄さん!!」


「ティルティ、下がってろ!!」


 心配そうな声を上げるティルティを制し、俺は剣を構え直す。


 大丈夫だ、地上げ屋の男はドゴラよりもずっと弱かった。こいつが魔人になったからって、そこまで強くはならないはず──


「ぎゃあああ!?」


「な、なんだ、急に……ぐおおお!?」


「なっ……」


 そんな俺の考えを嘲笑うかのように、それまで周囲で見物していた地上げ屋の仲間達までもが懐から紫の光を溢れさせ、魔人へと変貌した。


 これで、魔人が三人。一気にキツくなったな。


 でも、事態はそれだけで終わらない。


 ガストの町のあちこちで、同じような紫の光が空に向かって何本も伸びているのが見えたのだ。


「何が、起きてるんだ……!?」


 こんなイベント……ゲームにはなかったぞ!!

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