第28話 新しい剣
ティルティと二人でお出かけしたら、途中からやたらと引っ付いて歩くようになった。
いや、普段からスキンシップは多い方なんだけど、今日はいつにも増して多いというか……やっぱり、心細かったのかな。
これからは、もっと兄としてしっかりしなければ、と決意を新たにしながら、俺はティルティと二人で鍛冶屋へやって来た。
今使ってる俺の剣を打ってくれた……行きつけっていうのもまだ変だけど、いずれ行きつけになる予定のその店に入ると、今回は鍛冶屋の娘……フレイが出迎えてくれた。
「いらっしゃ……あ、ソルド!! また来てくれたのね!!」
「うおっと!?」
俺の姿を目にするや否や、勢いよく抱き着いてくるフレイ。
驚きつつ、その体を受け止めると……なぜか、俺の隣から極寒の冷気が叩き付けられた気がした。
「今日は何しに来たの? 私の剣が欲しくなっちゃった?」
「ええと、そうじゃな……いや、ある意味そうなのか? 今使ってる剣が刃こぼれしちゃってるから、研ぎ直して貰いたくて」
「えっ、もう!?」
俺に抱き着いたまま、すぐ目の前に顔がある状態で喋り続けるフレイ。なんというかこう、すごく近い。
そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、我慢出来ないとばかりに隣のティルティが声を上げた。
「ちょっとあなた! 兄さんはこう見えて貴族なんですよ、ちゃんと節度ある応対をしてください!」
「こう見えて……」
いやまあ、確かに俺……というかレンジャー家は貴族らしい暮らしなんてしてないし、ティルティと違ってこの町で新しい服を買ってすらいないので、その表現は間違ってないんだが……。
こう……ティルティに言われるとグサッとくる……。
「あ、そういえばそうだったわね。ごめんなさい、ソルド様って呼んだ方がいい?」
「いや、今まで通りでいいよ。俺もあまり自分を貴族だと思ってないし。……ああでも、もし侯爵家の人と来る機会があったら、その時はキチッとしてくれた方がいいかな? 俺、一応今は侯爵家の従者だからさ」
「そうなの!?」
従者だという話がよっぽど驚いたのか、フレイは目を丸くする。
一方で、そんな俺達のやり取りが不満なのか、ティルティはほっぺを膨らませていた。
やばい可愛い。人前じゃなかったら抱き締めたいくらい。
「あなたは様って付けた方がいい……ですか? ええっと……」
「兄さんがいらないと言っているのに、私だけ呼ばせるなんて有り得ません。ティルティって呼んでください」
「分かったわ、ティルティ。私はフレイ、よろしくね!」
「うぅ〜」
不満そうな態度などまるで意に介さず、フレイはティルティの手を取って嬉しそうにぶんぶんと振っている。
ティルティも、そうやってぐいぐい来るフレイの勢いと友好的な笑顔に押されて、敵意を維持出来ないみたい。
うん、なんだかんだ仲良くなれそうで良かったよ。
「いらっしゃいませ、ソルド様。遅れて申し訳ありませんでした。……その、娘が何か失礼をしてませんでしょうか……?」
「ちょっとパパ! 失礼なんてしてないわよ! ちゃんと呼び捨てでいいって言って貰えたし!」
「いやそれを失礼というんだけどね本当は!?」
すみませんすみませんと、店主さんが何度も頭を下げている。
何もないですから、と何とか宥めつつ、俺は早速今回の来店理由……剣のメンテナンスを頼むことにした。
「これは……ええと、一体何を斬ったのですか……?」
鞘ごと渡した剣を引き抜いた店主さんは、その刃を一目見た瞬間に顔を引き攣らせていた。
特に隠すことでもないので、正直に白状する。
「黒竜と魔人です」
「こっ……まっ……!? うーん……」
「えっ、ちょっ、大丈夫ですか!?」
聞いた瞬間に目を回して卒倒しそうになる店主さんの体を、慌てて支える。
そして、何とか落ち着いたところで、改めて向き合った。
「ええと……本当に竜や魔人を斬ったのですか? この剣で?」
「はい。黒竜はさすがに硬かったですね、めちゃくちゃ弾かれました。修行不足です」
ひと振りで両断出来ていれば、ここまで剣が刃こぼれすることもなかったろうし、続く魔人との戦闘ももう少し楽になっていたかもしれない。
そんな俺の反省に、店主さんは天を振り仰いだ。
「ええと……魔法は、使ってない……んですか……?」
「はい、剣術だけです」
「……僕の知っている剣術と違う」
どうやら、この道数十年(予想)の鍛冶屋でも、魔神流は規格外の流派だったらしい。
以前ここで技を披露した時よりも更に上達してるから、そこまでは流石に予想外だったという。
「ええと、そんなに凄まじい剣術なら、もっと丈夫な剣でないと耐えられないと思います。研ぎ直しも出来なくはないですが、一から作り直した方がいいかもしれません」
「そうですか……」
一応、ライクからダンジョン攻略や魔人討伐の報奨金、それに従者としての給料まで貰ったから、剣を作り直して貰う資金はある。
けど、問題はそれが終わるまで丸腰になってしまうことだな、短い期間とはいえ、武器がない状態は不安だ。
「そうですね……間に合わせでよろしければ、完成するまではフレイが打った剣を使っていただくという手もございます」
「フレイの?」
「あの剣のこと!? パパ、いいの!?」
興奮するフレイを宥め、詳しい話を聞いてみる。
何でも、前回の来店でフレイのやる気に火がついたようで、最近自力で剣を一つ作り上げたらしい。
まだまだ拙い出来ではあるけど、丈夫さだけならかなり優れた剣になったから、間に合わせとしては十分なんじゃないかということ。
「娘の習作ですので、代金は必要ありません。使ってみた感想を頂けたなら、これから鍛える剣の代金も割引しましょう。どうですか?」
「ソルド……!!」
フレイから、これ以上ないくらいの「使って!!」という期待の眼差しを送られる。
まあ、使える剣がなくなるのは困るし、丈夫だというなら代用品としては十分だろう。
「では、それでお願いします。フレイ、その剣を見せて貰えるか?」
「もちろんよ!!」
やったー!! と跳ねるように店の奥に駆けていくフレイを見て、店主さんは深い溜息を溢す。
俺としては、元気な子だなーって微笑ましい気持ちになるけど、他の客相手でもあれだったら困るだろうし、父親としての苦労が忍ばれる。
ちょっと店主さんに同情の気持ちを芽生えさせていると、またしてもドタバタと騒がしい足音を響かせながら、フレイが戻ってきた。
「この剣よ! 持ってみて!」
「ああ、ありがとう」
フレイから差し出されたのは、なるほど習作というだけあって余計な装飾など一切ない、無骨なデザインの剣だった。
刃は分厚く、ズシリと手にかかる重量感。
これまでとは少し違う感覚に、慣れるまでは少しかかるかもしれないけど……軽く振ってみると、確かに丈夫で多少無理をしても耐えられるんじゃないかっていう頼もしさを感じる。
思っていた以上に、良い剣だな。
「うん、良いね。ありがたく使わせてもらうよ、フレイ」
「やったぁ!! ソルド、感想待ってるからね!!」
「ああ」
嬉しそうなフレイとそんな約束を交わし、今日のところは帰ろうかと、ティルティと手を繋いで踵を返したところで──店の扉が、乱暴に蹴り開けられた。
一体何事かと驚く俺とティルティの前で、押し入ってきた男達は店主さんへ無遠慮に声をかける。
「おいおい、この店に客がいるところなんて初めて見たぜ。けどまあ、こんなガキじゃあ大して金も持ってなさそうだし、妥当なお客様ってところかね?」
「……誰だあんたら?」
ガキなのは事実だから別にどうでもいいけど、俺の剣を鍛えてくれる店を“こんなところ”呼ばわりされるのは正直気に入らない。
そんな俺の質問に、男達の先頭に立つそいつは、何が可笑しいのかバカにしたように笑いながら言った。
「誰だって? 決まってんだろ、今日からここで店を構える魔法屋の店主……の代理人だよ。いつまでも立ち退かないコイツらを退けるために、こうしてわざわざ出向いて来たってわけよ!!」
「は? 店を構える……?」
一体どういうことかと首を傾げる俺の後ろで、店主さんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、今にも物理的に噛みつきに行きそうなフレイを必死に押さえている。
どうやら俺達……厄介な場面に巻き込まれちゃったみたいだな。
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